第10話 特訓

 ──ざわざわと草木の揺れる音が耳を抜け、鳥が飛び立つ音が木霊する。

 俺は月夜に相対しながら右手に水の入った紙コップを握っている。


 「……何故こんな所に……?」

 「ここなら、どんだけ暴れても問題ないだろ?」

 「……暴れるつもりなの?」

 「俺がじゃないぞ? 暴れるのはお前だ。」


 俺はそう言うと、月夜に水の入った紙コップを手渡す。

 とはいえ、ただの水ではないのだが。


 キョトンとした顔で俺を見つめてくる月夜から少し距離をとると、月夜に向き直る。

 そうして、俺はコップを指さしながら、これから行う事の説明を始める。


 「これから、お前にはその水を動かしてもらう。」

 「……どうやって?」

 「簡単だ。その水に魔力を通してその魔力を操るだけだ。」


 そう、先ほども言った通りこの紙コップに入っている水はただの水などではない。

 この中に入っているのは、【魔鉱水】と呼ばれるものだ。

 【魔鉱水】とは、高位の魔鉱石にごく少量含まれる水であり、とても魔力伝達がいいため俺が転生した先で魔石の代わりに【魔鉱水】の入った小さなガラスをはめている魔道具が結構あったりした。

 ただ、1000gの高位魔鉱石に雀の涙一滴程度しか含まれない希少な水だ。

 それがなぜこんな場所にあるのか?

 理由は意外と単純だったりする。

 高位の魔鉱石は、所かまわず周囲の魔力を吸い取り、上質な魔力に変換して放出する。

 そして、それが内部で圧縮に圧縮をされ続けた結果できるのが魔石なのだが、その際に魔石と言う個体になり切れなかった上質な魔力が液体化したものが【魔鉱水】なのだ。

 だから何だと思うかもしれないが、つまるところ、この現象を自らの手で行えばいいという事だ。

 俺が今さっきそれをやりまくって溜めたのが、月夜の持つコップに入った水、【魔鉱水】なのだ。

 【魔鉱水】の中に魔力を流してそれを操ってやると、その魔力の動きの通りに【魔鉱水】も動くのだ。

 魔力伝達速度は、世に存在する中でも指5本の内に収まる程。

 つまり、この魔力伝達速度に慣れていれば、体内で魔力を動かすのが少し楽になる。

 そして、この次に行う特訓は更に魔力の操作を上達させる事が出来る。


 「……魔力を流し込む……そんな事をして何の意味があるの?」

 「流し込むだけじゃない、その魔力を中で動かすんだよ。」


 魔力を中で動かす事で、繊細な魔力操作を補える。

 ただ、そこに辿り着くまでにどれ程の時間が必要になるかは分からないが。


 「とりあえず、魔力を中に入れてみろ。」

 「……わかった。」


 未だ訝しむ様な目で手に持ったコップを見つめる月夜。

 意を決したのか、コップに両手を添えると一息おいて魔力を流し込む。


 ──パアアァアアアアアアアン!!!!!!


 次の瞬間、破裂音が周囲に響いた。


 「……え……?」


 月夜の口から素っ頓狂な声が漏れる。

 固まったまま動かない月夜の手元からは紙コップの影も形も消え去り、只々月夜の赤らんで濡れた手があるだけだった。

 そんな自分の手のひらを見つめて呆け立ったまま、何が起こったのか理解しきれていない月夜に近づき、状況の説明をしてやる。


 「【魔力暴走】だ。」


 【魔力暴走】、行き場を失った魔力が暴走し、【魔力膨張】、【魔力暴発】と呼ばれる現象を起こす起源現象だ。

 【魔力膨張】とは、暴走した魔力同士がぶつかり合い、魔力が膨れ上がる現象だ。

 そして【魔力暴発】とは、【魔力膨張】により膨れ上がった魔力が限界を迎えて暴発する事だ。


 そのすべてを含めた総称が、起源現象である【魔力暴走】なのだ。


 月夜は、【魔鉱水】に魔力を入れすぎたために【魔力暴走】を起こし、【魔鉱水】を破裂させたのだろう。

 【魔力暴走】によって引き起こされた【魔力暴発】は、暴発の際に魔力が熱を帯びる。

 その理由は【魔力膨張】の際に魔力がぶつかり合って起こった【魔力摩擦】だ。


 【魔力摩擦】によって帯びた熱は火傷をする程ではないが、少し痛みを感じる程の威力はある。

 そのため、そんな【魔力暴走】で破裂した【魔鉱水】基魔力の塊を諸に浴びた月夜の手は赤らみ、少し腫れているのだろう。


 「【魔力暴走】……何故?」

 「お前に渡した水は結構特殊でな、魔力伝達速度が異様に早いんだ。その所為でお前の魔力の量に耐えきれなくなって中で魔力が暴走したんだろう。」


 まあいい、【魔鉱水】はまだある。

 これから失敗しなくなるまでやればいい話だ。


 「さて、次の水だ。さっきと同じ事を繰り返せ。」


 月夜にそういうと、次のコップを手渡す。

 コップを受け取った月夜はあまりやる気はなさそうだが、やめる気もない様子だ。


 「負けず嫌いってなところか?」


 俺の声に振り向くと、少し間を開けて口を開く。


 「……少し、興味がわいただけ。」


 こうして、月夜の魔力操作の特訓が始まったのだった。

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顔がセクハラだと言われ続けて本当にセクハラをしたら異世界に転生したので最強になったら異世界のようになった出身地(地球)に召喚されたんだが!? @100700313

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