第9話 魔法
──放課後、そよぐ風を受けて、今日も平和を感じる。
走りながらではそんな感情もなくなってしまうかもしれないが、俺は別段、変わった心情はない。
ただ、横を顔を青くし乍ら全力疾走する少女──月夜の絶叫を聞いてしまえば、その平和的ムードも崩れてしまう。
「な、何故魔物に追われているの……私たちは……!!!」
なんて悲鳴をあげながら走り続ける月夜の後ろを、追い抜くかのような速度で追いかけてくる魔物は、地を揺らしながらその雄叫びを俺達に浴びせる。
その声にまたも肩を震わせる月夜を横目に、先の質問に答える。
「そりゃあ、自分の縄張りに入ってこられて怒ってんだろうよ?」
「縄張り……? 魔物にそんな物は無かった筈……!!」
ふむ、勿論のことながら魔物にだって縄張りはある。
その縄張りが個体によって変わるために、縄張りとして確立されていなかったが……。
とはいえ、魔物の縄張りは大体が1mから10mほどだ。
そして、今俺達を追っているイノシシ型の大型魔物はそれを大きくはみ出して、100m程の大きさの縄張りを持っていたのだ。
つまり、俺達はその中に入ってしまったために魔物に追われているのだ。
「と言うか、何で攻撃をしないんだ?」
俺は至極当然な質問をする。
普通追いかけられていれば抵抗の一つもするだろう。
だと言うのに一切抵抗もせずに逃げ回っていては解決しないだろう。
そんな質問に対し、月夜は顔に少し影を落としながら答えを返してくれる。
「……出来ない、から。」
「……なんか事情があるらしいな。とはいえ、このままだとお前の体力も底をついて終わりだぞ。一旦魔法の構築位はしとけ。走行補助の魔法とかな。」
街の横に存在するこの森は足場が悪く、坂道が多かったりもするため、長年訓練を積んだ戦士でも何かから逃げる、追うなどの行為は少し難しい物となる。
だと言うのに、そんな場所で体力の少ない魔法職であるはずの月夜は走行補助の魔法もかけずに走っている。
確かに、まだ追われ始めて2分とちょっと。
だが、月夜は既に息が上がり始めている。
それでも月夜は魔法を発動しようとしない。
俺は疑問符を浮かべて月夜に聞く。
「……なんで構築すらしないんだ?」
「だから、私にはそれが出来ないから……!!」
俺の方に視線を送る事も無くそう叫ぶ月夜に少し身じろぎをしてしまう。
攻撃魔法だけの話かとも思ったのだが、魔法全般使えないのか?
と、言う事は、つまり、魔力自体はAクラス級だが、実力は劣るという事か……?
だが、それならば何故ここまで熱心にAを目指すのか……?
いや、あの時此奴は「実力はある」と言っていた。
だが、走行補助の魔法が使えない。
そして足止めの攻撃もしない……なんとなくだが、わかった気がするぞ。
俺は月夜を止め、魔物に相対させる。
「ちょっと、なにをして……」
焦っているのか、朝とは少し違った口調で俺の静止に戸惑いの声を漏らす。
そんな月夜に俺は言う。
「お前、魔力操作が下手なのか?」
「っ……」
びくりと体を震わせてまたも顔を伏せ、影を落とす月夜。
……正解、らしいな。
俺はその反応から、出来ない事に何か嫌な思い出が絡んでいる事を悟る。
一つ溜息をつくと月夜の掌を掴んで持ち上げる。
そうして月夜の魔力を操作して魔法を組み上げていく。
「これは……何……?」
自分の魔力を使われる感覚にか、それとも、自分の魔力によって魔法が組みあがっていくことに対する感覚にかはわからないが、月夜が顔を少し顰めながらそんな声を漏らした。
俺はその声を無視して魔法を組み上げていく。
ゆっくりと、月夜にもわかる様に魔法を構築していき、ついに完成した魔法を月夜の手に乗せ、魔物に向けて照準を定める。
そうして、魔法の射程距離に魔物が入った瞬間、俺は月夜の魔力によって構築した魔法を起動した。
「【照火球】。」
俺の声と共に魔物へと近づいていくマッチ程度の小さな火の玉。
魔物はそれに気付いていないのか、尚も俺達に突進してくる。
つまり、無知という訳だ。
そして、彼女、月夜もまたそれに該当する。
「あ、あんなので止まる筈ない! 早く逃げよう……!!」
この魔法を切らない物は全員このような反応をする。
だが、案ずる事は無い。
とは言え、こんな反応をされても無理はないだろう。
何故かと言うと、今の魔法は、魔法の弱点である精密な魔法構築を隠す事も無く曝け出しているからだ。
魔法と言うのはその精密性にこそ威力や効果が左右される。
そして、本来はそんな大事な骨組みを晒して攻撃をする事等無く、その守りが強固であればあるほど強い魔法であるという証になる。
だが、それは目安であり絶対ではない。
今の魔法は、その大事な骨組みを晒している訳だが、その骨組みはそこらの魔法の中でも繊細で精密な物に部類されるものだ。
つまり──
「逃げる必要はない。」
──ドゴオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
魔物に当たると同時、俺が月夜を媒体にして放った魔法は大きな爆発を起こす。
見れば、砂塵を漂わせ、俺達の視界は魔物を捉えられない状態だった。
そんな砂塵が晴れて見えてきた光景は、皮膚肉は炭化し、残った骨が剝き出しになって息絶えた魔物の変わり果てた姿だった。
俺はそれを見て小さく息を吐いて月夜に向き直ると口を開く。
「しょうがない。お前に特訓を施してやろう。」
俺はそう言うと、指で月夜を此方に寄せて、森の奥へ歩き出した。
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