夢語り

 ストローに吸われるジュースが各々の喉を伝い、潤す。

「でさ〜、周りにいた女の子達が俺の方に集まってきてさ〜、『うぉおお‼︎』って、俺が高ぶった辺りで目が覚めちまったんだよ〜」

「ハハ、よくそこまでの夢を見れたもんだよな」

「何だよ。夢にかわいい同年代女の子が出てくるのお前も嬉しいだろ?」

「ま、まぁ、否定はしない」

「なんだよ。じゃあ、Dの最近見た夢を聞かせてくれよ」

「う〜ん最近か……」

 Dが少し考え込んで真っ暗な窓景に顔を映す。

「そういえば、すごい悪夢を見たんだよ」

「あぁ、何だ? 100歳のばぁさんに追っかけられるとか?」

「そんなの怖いけど、それよりももっと怖い話だ。聞きたいか?」

「おぉ、お前がそこまで言うなら、聞かせてみろよ」

「あぁ、夢で開眼一番で見たのは、今の窓の外のような真っ暗だった」


 ◇


 暗闇に淡く弱い光が黒だけを映していた瞳を懐かしい景色に塗り替えた。

 しっかり認識できるようになった視界には、小学生の頃に毎朝通った昇降口に立っていた。

 そこには、知らぬ間に何人か少年少女達がいた。

 それも頭の片隅の最奥にとごった記憶。

 それ程に思い出し難い顔ぶれだった。

 各々、困惑を極めていると、ひしゃげた音の放送チャイムが流れ、その後に言葉が続いた。

「やあ、諸君。困惑しているようだが、まぁ、落ち着いて聞いてくれ」

「落ち着いていられるか‼︎ 俺達をここから出せ‼︎」

 1人が言うと、他もスピーカーの声に反発する。

「おいおい、落ち着けよ。そこにいる32人とこのお馴染みの学校で"久々に"僕と鬼ごっこしようよ」

「そんなの知るか‼︎ 俺は明日、朝から仕事があるんだよ‼︎ ガキ共の遊び相手なんてしてられねぇんだよ‼︎」

 そこに全員が(いや、お前もガキだろ‼︎)と口々に言う。

「鬼ごっこのルール"くらいは"、みんなも覚えてるよね? 棚の中や机の下、掃除道具入れの中に隠れるのもありだよ。今回の範囲は、この校舎の中だけね。まぁ、校庭になんて出られないだろうけどね」

 そう言うと視界には映らなかったが、静かな廊下に放送室のドアが開いた音だろうと直感する音が鳴り、誰かが話し出す。

「ちなみに朝までに僕に捕まったら、連れて行っちゃうから〜全力で逃げようね〜。それじゃ、僕は、放送室にいるから逃げてね〜20分後にみんなを探しに行くからネ〜」

 ハッ…ハハハハハハハッ

 今度は、放送室の扉が閉じたようだった。

 昇降口にいた32人は、全員、恐怖で次々に逃げたり、隠れたりして行った。

 ちなみに俺は、小学生の頃は鬼ごっこで負けたことがない程だった。

 大人になって衰えたのかと思ったけれど、現実は身体が圧倒的に軽く小学生の頃と同様の動きが出来た。

 俺は、絶好の隠れ場所に身を潜めた。

 20分経ったのか、恐怖する悲鳴や絶叫が聞こえる。

 しかし、俺は個々の声より数多に浮かぶ疑問に頭を悩ませていた。

 何故、俺はここが絶好の隠れ家と知っていたのか。

 まず、何故、大人になった今も子供の頃と変わらないように動けるのか。

 記憶にあるような無いような子供達の正体が誰なのか。

 そして、放送で喋っていたヤツも俺は一度会ったことがあった気がする。

 そんなことを考えていると、自分のいる教室に誰かが入ってきた。

 トツトツトツトツと歩く足は少年のように細かった。

 俺は、棚の網目状の扉からヤツの顔を見た。

 それは、粘土で作られたようなキャラクター風の顔をしていたようだが、手跡が物語るのは、それを自身の手でぐちゃぐちゃにしていたと言うことだった。

「D〜君、どこかなぁ〜」

 そう言うヤツは、俺の隠れ家の前を通り過ぎると、そのまま教室を出て行ったようだった。

 ヤツの顔を見て、全てを理解した気がした俺は脳内を整理した。

 そして、辿り着いた答えは4時に昇降口に行こう。

 そう考えて、しばらく隠れ家で身を潜めていた。

 すると、今度は誰かが忙しなく廊下を走って教室に飛び込んできた。

 あたふたとしながらもヤツが入って来る頃には、息を潜め、やり切ったようだった。

 そして、今まさに3:50くらいだろうと腹をくくって、戸を開け、教室を出て行こうとすると、そこには同じ視線くらいの女の子がいた。

 その子は、小声で話す。

「どこに行くつもり?」

「俺の記憶が正しければ、4時に昇降口に行けば助かるんだ」

「そんな保証ごとにあるのよ」

「賭ける価値はあると思うんだ。そうだ、君もいっしょに来ないか?」

「い……やとも言ってられないわね」

「じゃあ、行きましょうか」

 そう言って、俺たちは意を決して教室から飛び出る。

 廊下は、静まり返り、人っ子一人いない。

 いや、ヤツがいた。

 ちょうど、階段を昇りきって俺たちの存在にも気づいたようだった。

「お〜や〜? D〜くぅん‼︎ それにA〜ちゃああんもいるじゃぁん」

 それは身体を歪めながら猛スピードでこっちに走ってくる。

 俺達は、逆側の階段に全力疾走する。

「まぁああああってよぉおおぉお」

 ヤツの声がどんどん近づいてくるのを肌身に感じた。

 俺たちは、3階からの階段を駆け下り、やっとの思いで1階に辿り着いた。

 そこで俺達は絶句した。

 そこには、ふわふわと白く透明な魂のような人形と形容するものが重ね重なり合っていた。

 俺達は、背後からの足音にも気づいてとにかくその白いヤツらを突っ切って走った。

 俺の眼には自然と涙が浮かんでいた。

 すると、俺達は何かにぶつかる。

 そこにいたのは、大人の女性だった。

「何やってるの? 2人とも何か見た? とにかくここは危ないから逃げ出しましょう」

 そう言われて、突然再び視界が暗闇に包まれた。

 暗闇が晴れると朝だった。

 女の人と一緒にヤツから逃げた女の子が話していた。

 俺が起きたのに気づいて安堵した表情を浮かべていた。

「良かった」

 女の子は、俺に泣きついてきた。

 その後、俺たちは、女の人から学校の話を聞いた。

 ヤツは、何者なのか女の人にも分からなかったが、最期に見た白いヤツらは、紛れもなく、ヤツに捕まった子達だったらしい。

 すると、そこまで聞き終えると、背後から声がする。

「やあ、今回も負けたよ。D君。でも、これでゲームは終わらない。でも、ある条件を飲めば、こんなゲームはもうやらないと約束するよ」

 胡散臭い交渉に耳を傾けるが、女の人も女の子も全く動かなかった。

「君の顔を頂戴よ。勿論、僕のこの顔と交換でね。それで捕まえた子達も元に戻すし、ゲームは終わりにするよ」

 その交渉に俺は、何も考えず、首を縦に振っていた。

「そっか。ありがとう。やっと笑えるよ」

 そう言うと、俺の顔には、激痛が走る。

 突然、視界が第三者の視点になり、自分が変貌する様を見届けていた。

 まずは、目と口が白い米粒のような点に変わり、この時点で言葉がこもり、視界が無くなった。

 次に肌を粘土のように塗り広げて行った。

 そして、鼻だけがとんがり、鼻筋に沿って黒く大きな楕円が置かれた。

 口のあった辺りには、細くした粘土のようなもので線のような湾曲を描いて口を描いた。

「完成」

 ヤツがそう言う。

 俺は、篭った声で助けを求める。

「なんだよこれ‼︎ 助けてよ‼︎ 怖い‼︎ くるしぃいい」

「お前は、もうこれからずっとそれで過ごすんだよ」

 そうヤツは嘲笑する。

 その声がどんどん大きくなって……俺は目が覚めた。


 ◇


「ひゃあ、それめっちゃ怖えな」

 俺がDにそう返すと、Dも少し、うなづく。

 窓に薄っすら映ったのは、手で歪ませた粘土で作ったキャラクターような顔をした異形そのものだった。

 それは、窓を反射して俺に言う。

「なんで……お前は……来なかった……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短片集 よろず。 @yoroz_on

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る