短片集

よろず。

あなた

「今日はみんな来てくれてありがとう‼︎」

 そう私がマイクに向けて話すと、画面に映るコメントが上へと昇る。

(こんばんは〜)

(初見ですよろしくお願いします)

(今日も来ました〜)

(仕事終わりです。帰りの電車に揺られながら聴けるとか最高)

 他にもドンドン画面の上にコメントが吸い込まれる。

「みんなコメント沢山ありがとう。今日はね……」

 私がそう暗い声で話し出すと、今さっきまでとは比にならない程、加速度的にコメントが呑み込まれていく。

(どうしたの?)

(何か辛いことがあったん?)

 そんなコメントが目に付くが、私は息をのんで言葉を続ける。

「今日でね……配信最後にしようかなって……思ってるんだ。ごめんね初見さんもいるのにこんな話で……」

「私は、2年前から配信をしてきた。 リスナーの方々もとても優しい人が多くてこの活動自体とにかく楽しかった。 でも、私をめたのは、本職の方だった。 特に職場がブラックだった訳ではなかった。 けど、同じ部署の〇〇さんら歴の長い女性陣からプライベートで日常的に攻撃を受けていました」

 そんなことをマイクを伝えていると、コメントに気になる文言を見つける。

(見つけた〜◻︎◻︎さんでしょ〜?私よ私‼︎ 職場の〇〇よぉ〜。まぁだこんなことしてるんですかぁ?)

(あはははっ、〇〇さんの言う通りだわw)

(こんなことしてて楽しいんですかぁ?)

 そんなコメントが流れる。

「このようなコメントが流れるようになったのは1年と半年前のとこでした。 その頃から観続けてる人はわかると思うんですけどね。 この前、配信活動の内容とは全く該当しないことを公表されて、会社からクビを言い渡されました」

 私の瞳からぽたぽたと雫が卓上に散る。

「今日、この配信の後、死のうと思います。 もう生きることに希望を感じられませんから……」

 そう言いながら、すすり泣く。

「みんな……今まで応援ありがとう……さよなら」

 そう言って、配信を切る。

 涙を近くに置いてあったタオルで拭い、マンションの屋上へ出ようと配信部屋の扉に手を掛けた時、パソコンに入っているメッセージアプリに一通の言葉が入る。

(こんばんは、先ほどの配信観てました。 本当に死にに行ってしまうんですか? 少なくとも、私はあなたの声に希望をもらいました)

 ファンからのメッセージだった。

(ありがとう。でも、決めたことだから、止めないでください)

 私は、そう返す。

 すると、すぐさまメッセージが返ってくる。

(それなら、最後に私にだけもう一度声を聞かせてくれませんか? 通話で)

「なんだか、勝手な人だなぁ。 でも、どうせ死ぬんだし1人を贔屓したってもう文句言われないよね」

(分かりました。3分だけ話しましょう)

(やった。そしたら、通話繋ぎますね)

 そうメッセージが続いた後に、着信音が鳴り、私はもちろんそれに応答した。

「もしもし、こんばんは」

 私がマイクに向けて声を掛ける。

 すると、スピーカーから声が返ってくる。

「こんばんは〜」

 何処か聞き覚えのあるような声だったが、気にせずに続ける。

「それでなにを話せば良いんですか?」

 私が尋ねると、スピーカー越しの声が返ってくる。

「ぼくの話、聞いてもらって良いですか?」

「は、はぁ分かりました」

「実はぼくも今、屋上にいます」

「え?」

 私は驚いてしまった。

「本当ですよ。外の音が入ってる?かな? まぁ、それは良いか。 ぼくも今日、自殺しようと思ってたんです。本当は、もうここから飛び降りてる予定だったんですけどね。 なんででしょうかね。あなたの声にその……惹かれちゃって」

「え? 」

「あの、この後、屋上に来てもらえませんか? 伝えたいことがあるので」

「同じマンションな訳が無いし、会える訳ないでしょ」

「いいから来て下さい」

 そう強く押してくるので、私は一言断って、通話を終わると、画面に(待ってますね)と一文が映るが、私は背を向けて今度こそ屋上へ向かう。

 階段を昇るたびに鼓動が速くなる。

 心臓が収まらない程に脈動する中、屋上の扉を開けると、ひとつ人影が写る。

「待ってました」

 そう振り向いて、笑顔で涙を流す同い年くらいの女性がいた。

 その女性は、スマホに有線のイヤホンを付けていた。

「あなたは……」

 スマホの画面には私のイラストが写っていた。

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