助手は名探偵の推理が見たい
告井 凪
助手は名探偵の推理が見たい
「犯人はこの雪山のペンションにグループで泊まりに来ていた
「なっ……なんであたしなのよ! あたしは
ペンションで起きた殺人事件。しかし豪雪に見舞われ警察の到着が遅れていた。
そんな時に颯爽と現れる、たまたま同じペンションに泊まっていた名探偵。その名も
「足立美音、とぼけるのはやめたまえ。あなたは同じグループの
千手院北治の推理を聞いて慌てて立ち上がったのは、件の竹ノ塚浩助だった。
「は? 俺が寝取られ――ってんなわけあるか! ていうか俺は足立と付き合ってないぞ!」
そう言いながら竹ノ塚浩助はグループの最後の一人、
「……おや? みなみ君、君の話と違うようだが」
「違いません。北治さんがちゃんと聞いていなかっただけです。足立さんが付き合っていたのは被害者の小菅さんです」
「すまない、人の名前を覚えるのが苦手でね。だけどみなみ君、犯人あの人なんでしょ?」
「ええ、それは間違いありません」
「なるほど。――ふっ、ようやくわかったぞ! 僕の推理が解決へ導く!」
「ちょっと探偵さん? 全部わかったからみんなを集めたんじゃなかったの?」
足立美音の指摘に、千手院北治は怯むこと無く再び彼女に人差し指を突きつける。
「いまのは君のボロを出すための芝居さ。確証が欲しかったのでね!」
「あたしなんか言ったっけ……?」
「まだとぼけるのか? 君は本当は小菅勇気と付き合っていた。だが、フラれた。そうだろう?」
「っ……! そ、そんなこと、ない! フラれて……ない!」
「あ……もしかして。あの時のあれって、そういう話だったんだ……」
花畑由美が顎に人差し指をあてて、なにかを思い出そうとしている。
「え? な、なによ由美、変なこと言わないでよ?」
「美音ちゃんごめんね。変なことじゃないよ。あれは昨日のことだけど、別れようって小菅君が切りだしてたの、聞いちゃっただけなの」
「そういや小菅のやつ、旅行前からなんか悩んでたな……そういうことかよ」
「ちょっと――!!」
変ではないがとんでもない暴露をする花畑由美。裏付ける様な発言をする竹ノ塚浩助。発狂するほど顔を真っ赤にした足立美音。
その様子を見て、探偵はニヤリと笑う。
「やはりそういうことか! フラれた君は腹いせに、小菅勇気をナイフで刺した。これが事件の真相だ!」
「ち、違うわ! フラれたのは……確かだけど。でもあたしが犯人だっていうなら、どうやって彼を殺したっていうの? この部屋密室だったんでしょ!?」
小菅勇気が殺された部屋は内側から鍵がかかっていた。二階の部屋なので窓から侵入も難しく、そもそも窓も鍵が閉まっていた。
オーナーの部屋にマスターキーが保管してあるが、当然そこも鍵がかかっていて侵入された形跡は無い。そしてオーナーには完璧なアリバイがある。つまりこれは密室殺人なのであった。
「密室ねぇ。いいかい足立さん、ドアのノブを見たまえ。内側からクルッと回せば鍵が閉まるシンプルなものだ。こんなものはワイヤーとかなんか使えば簡単に外から閉められるんだよ。みなみ君、調べてくれたね?」
「はい、調査済みです。ワイヤーなど仕掛けを使った痕跡は一つも見つかりませんでした」
「あ……そうなの?」
「ほらみなさい! あたしには殺せない。犯人は他にいるのよ!」
「おかしいな、そんなはずはないのだが」
千手院北治は部屋の中、倒れたままの被害者の周りをぐるぐる歩く。
「仕掛けも無い密室で小菅勇気が死んでいた。明らかに自殺ではない。殺人だ。よって密室のはずがないのだ」
「でも密室になってるじゃない! いくらあたしに動機があるからって、それだけで犯人にすることはできないわ!」
「ん? いや君は重要参考人になると思うぞ?」
「え……?」
「警察が来たら誰よりも動機のある君が真っ先に疑われる。そのあと待っているのは長くしつこい厳しい尋問だろうな」
「じ、尋問? うそよ、そんなこと」
「足立美音、君にいま必要なのは、むしろ密室を作り上げたトリックだよ。君に実行不可能なトリックならば疑いは晴れるだろう。しかし仕掛けのわからない現状では、君が一番怪しい。警察は君にこう尋問するだろう。いったいどうやって殺したんだ? と」
「うっ――そんな、ひどい!!」
「つまりこの密室はただの時間稼ぎにしかならないというわけさ」
千手院北治の言葉に、足立美音が俯いてプルプル震えている。理不尽かも知れないが、それが現実だった。
やがて彼女は顔を上げ、キッと千手院を睨む。
「あんた、探偵なんでしょ? いいの? 密室の謎も解けず、警察に任せて解決なんて! プライド無いの!?」
「そうなのだ。正直それは死ぬほど恥ずかしい事態だ。名探偵の名に傷が付いてしまう。困ったものだよ」
千手院北治はそう言ってため息をつき、腕を組み壁に寄りかかった。
「――あ! そこは!」
突然大声で足立美音が叫ぶ。その瞬間。
「ん? おおおおう? うわああひゃぶ!」
バターン!!
綺麗に長方形に切られた壁が、千手院北治の情けない声と共に後ろに倒れた。
「…………」
まるで外の吹雪が入り込んだかのように、部屋の中が凍り付いた。
誰も声を発することができなかった。唖然としていた。
視線の先は、たったいま開いた密室の穴。
「あいたたた……。寄りかかっただけで壁が抜けるとは、どういうことだ?」
千手院北治がゆっくりと起き上がる。そして後ろを向いて首を傾げた。
「オーナー、この建物の壁は発泡スチロールでできているのか?」
「――そんなわけないでしょう! え、うそだろ、なんで……えぇ?」
千手院の下には、倒れた衝撃で真っ二つになった外れた壁。その断面はどう見ても発泡スチロールだった。
「ねぇ、ここの隣の部屋って美音ちゃんの……」
「ああ。足立の部屋だよな」
「――――っ!!」
崩れ落ちる足立美音。密室に開いたあまりにも大きな穴は、そのまま犯人を指し示していた。
「謎は解けた。僕の推理が解決へ導く!」
元気よく飛び起きた千手院北治。決め台詞と共に両手を広げ、綺麗に切り取られた壁と足立美音の両方を指さした。誰かがダサいと呟いたが本人には聞こえておらず、満足げに語り始める。
「小菅勇気は旅行前から悩んでいたという。当然恋人の足立美音も気付いたはずだ。自分がフラれることにな。そこで彼女は殺害の計画を立てた。下見と称して前もってこのペンションに泊まり、壁に穴を開けて発泡スチールで偽装したのだ」
「や、やめて……」
「あなた! うちのペンションになにしてくれるんだ!」
壁に穴を開けられた上に殺人事件。オーナーはたまったもんじゃないだろう。
顔を青くしていくオーナーを他所に、千手院北治は推理を続ける。
「そして昨夜、普通にドアから入った君は小菅勇気を刺し、内側から鍵をかけてこの穴を通って自室に戻った。というわけだ。どうだい、みなみ君」
「お見事です。間違いないでしょう。警察が来たらすぐにわかるお粗末なトリックでした」
「いやぁぁ! やめてぇぇぇぇぇぇ!」
雪山のペンションに、犯人の悲鳴が響き渡るのだった。
*
「今回もお手柄でしたね、北治さん。どうなることかと思いましたが」
「ふっ……。あれは全部芝居に決まっているだろう? 最初からすべてお見通しだったさ」
犯人の足立美音を拘束、部屋に閉じ込めてあとは警察の到着を待つのみ。ラウンジでオーナーの入れてくれた紅茶を飲みながら、千手院北治と助手の梅島みなみは今回の事件を振り返る。
「結果だけ見ればシンプルな事件だな。しかし小菅勇気も旅行の真っ最中に恋人をフラなくてもよかろうに。気まずいだろ、その後」
「それなのですが」
梅島みなみが周りに誰もいないのを確認してから話し始める。
「実は小菅さんは脅迫されていたようです。足立さんと別れるように」
「……どういうことだ? 聞いていないぞ」
「はい、言ってません。ちなみに脅迫していたのは花畑さんです」
「なに? まさか花畑由美が小菅勇気を取ろうとしていたのか?」
「いいえ、花畑さんの狙いは足立さんです」
「あー、そっちか」
「花畑さんがこの結果に満足しているかはわかりませんが――」
「確か警察が来るまで足立美音の世話をすると言っていたな。……そういうことかもしれん。まったく、なんて事件だ」
「まったくですね」
そう言って二人は紅茶を飲む。こうやって心を落ち着けなくては探偵などやってられないのである。
「ところでみなみ君。どうして犯人がわかったんだ? 君は僕よりも先にわかっていただろう。何故だ?」
「ああ、そのことですか。実は事件発生時、小菅さんの部屋のドアが開いていたんですよ」
「……なに?」
「足立さんが小菅さんをブッ刺すところをバッチリ目撃していました」
「――目撃証言じゃないか! 最初に言え!」
名探偵の叫び。助手は紅茶を飲み干し、彼に聞こえないように呟く。
「助手は名探偵の推理が見たいんですよ」
助手は名探偵の推理が見たい 告井 凪 @nagi_schier
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