脱出


 深夜の静寂の中、黒靴の微かな足音と銃器がカチャカチャと鳴る音を立てながら分厚い防弾チョッキと表情すら見えない黒色のバラクラマで顔面を覆い、その上から防護マスクを装着し、M16とMP5などの小火器で武装した歩兵小隊が、両側に建てられた廃墟の扉を次々と蹴り破っては突入を繰り返していた。

 まず小銃を正面に構えた先頭の二人が室内に突入し左右の壁際まで移動、残り二人も同じく小銃を構えてドアの付近まで素早く突入した。

「クリア」

 異常がない事を確認すると再び一列に並んで壁際を沿うように前進した。先頭は小銃を正面に構え後方の兵士は銃口を下に向けて構えながら先頭に続いた。その動きはよく訓練された動きだ。

 すると先頭の兵士が左手を後ろに伸ばすと、ピタッと隊列の動きが止まった。

 目の前にあったのは焚き火が消された跡。黒く焼き焦げた木材からはまだ微かに煙が出ておりそう時間は経っていないようだった。隊員たちはゆっくりその焚き火の跡に近づく。

 兵士達が壁沿いに寄り掛かったときだった、壁裏から一瞬青白い閃光が光ったと思うと突如、壁は内側から張り裂けるように爆散、壁沿いにいた兵士達は粉々に吹き飛び、飛び散った建物の破片が周囲に降り注ぎ次々とその周囲にいた兵士達は押し潰していく。生き残った兵士達はあまりに突然の奇襲でパニックに陥っている。するとその爆破跡から背中から背鰭を突き出し、巨大な黒い尻尾を生やし、剣を片手に持った竜介が飛び出した。

 まだこちらに気づいてない隊員の横腹を剣先で突いた、剣の刃は防弾チョッキをまるで紙切れかのように貫通し肉体に深々と突き刺さる。

「グハッ!」隊員は激痛にもがくが断末魔を上げる間も無く口から血を吐き出しながら絶命する。竜介は死体となった兵士を蹴り飛ばすと同時に剣を引き抜く。

「いたぞッ!!」

 近くにいた一人の隊員が叫んだ。竜介はその兵士に突っ込んだ、兵士は構えていたMP5を撃つが、5.56㍉弾でさえ貫通出来ない体表に銃弾は弾かれ、そのまま間合いを詰めると剣を上から大きく降り下げ、兵士の身体と持っていた銃身ごと斜めに斬り裂く。竜介の背後から二人の隊員が発砲した、しかし背中に生えた強固な背鰭に銃弾は弾かれる。竜介は振り返ると同時に、左腕で隊員の顔面を鷲掴み地面に打ち付けそのまま首をへし折る、そして隣にいたもう一人の隊員の顔面を生えた尻尾で打ちつけた。

「一旦後方まで下がれ、奴と距離を取るんだッ!!」

 隊長が叫ぶ。隊員達は竜介に射撃を加えて牽制を試みつつ後方へと下がっていく。

それに対し竜介は、退こうとする隊員達に近づく。

 伸びた尾を波のようにうねらせ、ドシッ・・・ドシッ・・・っと地面を押し潰すかのような、まるで巨大な怪物が歩いているかのような重みのある足音を立てながらゆっくりと前進する。身体が重く感じた、身体が熱く感じる。そう感じてる間にも体中に無数の銃弾が命中する、でも痛みは感じない感じるのは小粒の石が当たっているかのような感触のみだった。

 竜介はそのまま突っ込もうとした瞬間だった。

 頭部に衝撃が走った、竜介は一瞬体勢を崩すがすぐに持ち直した。しかし再び頭部に衝撃が走った、まるで何かに頭部を殴り付けられたかのような感触だった。

 その何かの正体はすぐに分かった。衝撃が走るほんの前、後方の離れた五階建ての建物の屋上から一瞬微かに小さい閃光が見えた。

「目標の頭部に命中を確認、しかし絶命には至っていません」

 隣にいた観測手が言う。

「対物でも足止め程度か・・・」

 狙撃手は対物ライフル、バレットM82のスコープを覗きがなら呟いた。ストックの取っ手を掴んで再び引き金を引く、凄まじい銃声と反動を肩に感じながらもスコープから目を離さない。

 放たれた12.7x99mmの銃弾は竜介の左肩に命中し今度は肩から上半身に掛けて衝撃が伝わり一歩後方に下がった。

 竜介は体勢を立ち直し再び突っ込もうとする。

 だが足元に誰かが投げつけたであろうM26手榴弾が転がり地面という死角に気づかなかった竜介は至近距離で爆破を食らう、爆風と共に飛び散った破片が身体に打ち付けられ一瞬動きが取れなくなった。

 一瞬ではあるものの牽制に成功した小隊は乱れた隊列を速やかに組み直すと再び一斉射撃を加える。さらに増援としてブローニングを上部ハッチに設置された軽装甲車が一台到着するとその射撃に参加する。

 小銃の一斉射撃とブローニングの放たれる重い銃弾が竜介の体中に幾度となく命中しその集中射撃で竜介は身動きが取れなくなる。

 絶え間なく鳴り響く銃声と薬莢が地面に落ちる音、そして火薬の臭い。

 降り注ぐ銃弾は何度も竜介の体表に弾かれるが徐々に押され始める。竜介は腕を顔面の前でクロスさせて防御体勢を取り、この集中射撃を耐える。

「いいぞ!そのまま追い込めッ!!」

 隊列を組んだ小隊は射撃を加えながらゆっくりと竜介に近づく、すると竜介は一か八か背鰭を青白く発光させ、やがて左腕も青白い光に包まれるとそのまま地面に殴りついた。

 すると地面は激しく爆散し、爆炎が近づいて来た複数の兵士を包み込み、爆風が隊列を組んでいた小隊の兵士達を吹き飛ばした。

 生き残った軽装甲車は再び竜介を狙うがその射線上に竜介の姿は無かった。

 竜介は地面に打ち付けたときに生じた爆風のエネルギーを使って一気に跳躍し、落下と同時に再び青白く発光させた左腕を装甲車の上部部分に突き出した。

 あわててブローニングの射線を上に向けたが時すでに遅し、竜介の左手が装甲車に触れた瞬間、潰れるかのように爆散した。

 その爆風と同時に竜介は体勢を崩しながらも着地し、爆音が収まると轟々と燃え盛る炎の音以外何も聞こえなくなる。

 スコープ越しに状況を見ていた狙撃手は戦慄した。

「なんて野郎だ・・・あの化け物・・・」

「どうします?」

「ここは一時退くぞ、相手が機関銃も効かねぇ化け物じゃ分が悪すぎる」

 狙撃手はバレットM82を肩に担ぐと、そのまま二人は持ち場から退いた。

「本当に良いんですか?勝手に撤退なんて」

 建物の階段を駆け足で下りている時、後ろにいた観測手が話しかけた。

「俺たち以外の小隊が壊滅したんじゃ仕方ないだろ、それに俺たちが生き残ってるだけ運が良かっただけだ」

 竜介は周囲を見渡す、大きく抉れ黒く焼き焦げた地面、まるで小さな爆心地のようだった。破壊された装甲車と至る所に兵士の死体が散らばっていた。

「もう出ていいぞ」

 建物の影に隠れていた葵が出てきた、葵は道端に散らばった兵士の死体を見て驚愕した。

 しかしそれ以上に驚いたのは、晒し出された竜介の上半身は、あれほどの銃弾を食らったのに関わらず目立った傷が一つもない、引き締まった腹筋に背鰭が生えた背中の周辺には紺色に変色した脈が一面に浮き出ており、その背中一面の皮膚は灰色に変色していた。鋭く生えた背鰭はまるで内側から無理やり突き出たかのように皮膚には痛々しく剥離された箇所がいくつもあった。

 左腕も同様、肌色から左腕に近づくにつれて赤い脈が浮き出てやがて赤色だった脈が黒色に変色し怪物のような左腕を包み込んでいた。それはとても人間とは言えない容姿に葵は戦慄した。

「これを・・・あなた一人で・・・?」

「あぁ」

 竜介の左腕からは燃やした後かのように薄く煙が舞っていた。背中から腰まで連なった背鰭は小さくなっていき、尻尾も縮むように小さくなる。纏っていた茶色い布は先ほどの集中射撃でズタズタになってしまった。

「こりゃひどいな・・・」

 竜介はズタボロとなった布を見てそう呟くと、再びズタボロになった布を身に纏った。しかし何より葵が戦慄したのはこんなにも人を殺したにも関わらず平然と喋り、平然とした表情をする竜介の姿だった。言葉が出ない身体も動かない、兵士の屍達ががこちらを睨んでいるかのようで動けなかった。竜介に対する恐怖で身体が動けなかった。しかしそんな事お構いなしに竜介は右手で葵の腕を掴むとサッと腕を引く。

「行くぞ、こっから出るんだろ?」

 葵は言われるがままに竜介に腕を引かれながら走った。先ほどの恐怖を感じながらも竜介の引く手は優しく、そして微かな温もりを感じた。


 右手はまだ人間なんだ・・・――――


 そう感じつつもまだ竜介に対する恐怖は払拭する事は出来なかった。薄暗い路地を走る、


 いったい何処から逃げるのだろうか?――――


 左右に連なる灰色のパイプや壁に取り付けられた換気扇ダクトはただでさえ狭い路地をさらに狭め、地面に置かれた大量の室外機は走るときの障害となった。それも深夜、視界は暗闇に包まれている。

 そんな状態の中、葵は足を取られないように走る、竜介に腕を引かれながらただ必死に走る。

 やがて路地を抜け、さきほどの廃墟街を出ると今度は無数のテントが張られた広場に出た。周囲の置かれた大量のドラム缶には火が焚かれ、その炎が周囲を薄い朱色に照らしていた。

 竜介はスピードを落とす事無く葵の手を引きながらテント群の中を走り抜ける。

 深夜だからか、テントの外には人はおろか人影すら見えず、不気味といっていいほど周囲は静寂だった。唯一聞こえるのは二人の駆ける音と息が上がる音のみ。

 そして葵は気づいた。

 竜介が向かっていたのは収容所を取り囲むフェンス、その中央にある検問所だった。


 まさか無理やり検問所を突破しようと!?――――


 だがその検問所には自分たちを待ち構えるかのように多数の武装した兵士が集中していた。

 防弾盾横一列に並び一つの壁を形成され、その後方で小銃などの小火器で武装した兵士が構えていた。

 中には無反動砲や携帯型対戦車ミサイルなどの軽火器を装備した兵士もいる。

 先ほどのブローニングM2を上部にハッチに取り付けた軽装甲車が複数台配置され、中にはそれより大きめの装輪装甲車の姿がある。

 いくら強力な怪獣の力を持ってる竜介であろうとこの防御線を無策でそれも、葵を含め、単体で突破するのは困難で、不可能である。

 しかし、自分でも不可能と分かっていながら竜介は止まらない。むしろ速度を上げながら突っ込んでいく。

 竜介の背鰭が青く光り始めた。やがて腕も青く発光した。検問所の見張り台が青白い閃光を確認し取り付けられた照明で駆ける竜介と葵の姿を照らした。

 配置していた兵士達が銃で照準を定め、引き金に指を掛けた。

 すると竜介は発光した左腕で地面を殴りつけた。衝撃と轟音が響き、地面は大きく爆散し黒色の煙が周囲を覆い尽くした。

 竜介と葵の姿が煙で覆い隠されたと同時に一斉射撃が始まった。

 オレンジ色に光る無数の弾幕が黒煙を突き抜けていく。しかし黒煙に覆われ竜介と葵の場所が分からず、命中しているのかすら分からない。

 一方竜介と葵は舞い上がった黒煙で身を隠しつつ、葵の身を上半身で覆い伏せながら前進する。煙を突き破るかのように銃弾が四方八方と降り注ぐ。

 正面からは小銃の一斉射撃、横方向からは装輪装甲車の機関銃、上からは見張り台に設置されたブローニングM2の銃弾が雨のように降り注いだ。

 だがそれらはこちらの場所を煙で見えない為か、全ては命中せず、いくつかの流れ弾が竜介に命中する程度だった。

 周囲の地面は銃弾が命中する事に何度も舞い上がっている、銃弾が空気を突き抜く音が左右のすぐそばで聞こえる。焦げ臭い煙の臭いがあたりに充満していた。すると葵を覆っていた左腕に銃弾が命中し皮膚に弾かれる。

「ヒッ!!」

 怯えた声を出す葵、竜介は左腕だけではなく上半身で葵を覆いつくし、銃弾から葵を守りながらゆっくりと前進する。

 だが竜介のたちの姿を隠していた煙は段々と薄れていき、やがて竜介と葵の姿が晒されて行く、そして竜介と葵に向け照準を向け集中射撃を加えた、無数の銃弾が雨のように降り注ぎ、命中した銃弾は竜介の皮膚に弾かれるが、やがて、

「クッ!!」

 竜介が悲痛にもがく様な声を出す。無数の銃弾が撃ち込まれた皮膚が遂に銃弾が貫いた。脇腹から出血する、やがて大腿部からも出血した。葵を覆っていた左腕からも出血し、背中に生えた背鰭に亀裂が入った。

 出血した部位からは激しく熱い痛みと切り裂かれたような鋭い痛みが襲う。ここに至るまでに幾度と戦闘しダメージが蓄積された竜介の体はこの一斉射撃により遂に悲鳴を上げた。

 いままで傷つかなかった体が傷ついてゆく、いままで流れなかった血が溢れ出る。

 竜介は歩みを止め、葵を覆い被さりながら地面に倒れた。

 竜介は歯を食いしばった、頭部にも銃弾が何度も命中し、やがて出血した。

 意識が薄れてゆく、体中に衝撃が走るが痛みは感じない、それどころか体の感覚すら感じない、体が動かなかった。この状況になって竜介は直感した。


死ぬのか・・・――――


 もはや音も聞こえない、見える景色は地面とオレンジ色に輝く弾幕のみ、だがそれすらも視界が段々と暗闇となり、やがて何も見えなくなる。


 死ぬのか、ここで・・・?―――――


 いっそこのまま死んだ方が楽だと思った。今までこの怪獣の力を使って何人、何百人も人を殺した。なんどもそれを正当化しようとした。

 だが殺した事に変わりは無く正当化するよりも罪悪感が勝ってしまった。この死が唯一の贖罪か罪滅ぼし様に思えてしまった。

 あの施設の子供達と百合実の事が思い浮かんだ。未だに冷たくなった百合実の感触を覚えてしまった。あの時感じた喪失感と悲しみを覚えてしまった。あの痛みは二度と思い出したくない。こんな世界から解放されたかった。


 いっそここで・・・―――


 りゅ・・・す・・・りゅうす・・・りゅう・・・――――


 微かに声が聞こえた、そしてそれははっきりと。


「竜介ッ!!!!!」


 いままで静寂だった音と暗闇に包まれていた視界が開けた。目の前には覆いかぶさった状態でこちらに顔を合わせる葵が目の前に映りこんだ。周囲には未だに銃声が響いていた。


〔もしここで俺が死んだら、この子はどうなる・・・?

 再び実験体にされるか、もしくはここで殺されるか。そもそもここに来たのはこの子を救う為じゃなかったのか?〕


 竜介は葵の顔を見つめた、その時一瞬、百合実の面影が重なった。


〔この痛みは二度と感じたく無いと思っていた。それに真臘が俺に託した事、まだ東京にも行けていない。そうだ、まだここで死ぬわけには行かない・・・〕


 竜介は覆いかぶさったまま優しく葵を抱きしめる。そして誓った。


〔もうこの痛みは御免だ、この子だけは何としても守る!!!〕


 その瞬間、竜介は死を拒んだ。





                                            

                                   つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴジラ戦記 ミヤゴジ @themiyano54

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ