出会い

 路地裏に銃声が響きわたった。

『こちらハンター、実験対象を射殺した、オーバー』

 右肩に付けられた無線機から伝えられる、どうやら先に回りこんでいた兵士がやったようだった。桐嶋玲人は杞憂と感じつつも鞘に納まった刀の柄の部分に片手を置いた。

「了解、こちらも向かう」

 桐嶋は無線機に向けて話す。

『・・・・・』

 しかし無線機からの応答はない、再び桐嶋は「こちらも向かう、おくれ」と言うが無線機は気味の悪いノイズ音以外応答はない。桐嶋はそれに違和感を感じて銃声が聞こえた場所まで行く。

 不気味なほど静かな路地裏、茶色く錆び付いた配管や換気扇ダクト、人一人が歩けるほどのやや狭い幅を桐嶋は歩き続ける。桐嶋は太ももに着けたレッグホルスターから9mm拳銃を引き抜き銃口を正面に構えながら慎重に路地を進む。

 すると、ガン、ガン、ガン とまるで何かを壁に叩きつけてるよう音が聞こえた。桐嶋は急いでその音の方へと向かった。

 そして路地裏の角を曲がり先ほどよりも開けた路地で目の当たりにした。両腕を切断され腹部から胸部に深々と切り裂かれた状態で地面に倒れ絶命した兵士と蜘蛛の巣のように巨大な亀裂が入り、ヘルメットが砕け散って頭部から血を垂れ流しながら壁にもたれる様に倒れた兵士がいた。

 そしてその中央に桐嶋たちが追いかけていた実験対象を抱えて立ち去ろうとする人影があった。いやあれは人なんかでは無かった。茶色い布を身に纏い、そこから黒く小さい背鰭が連なったまるでトカゲかワニなどの獰猛な爬虫類を思わせるような尻尾を生やした男、まるでその容姿は怪獣のようであった。桐嶋は戦慄しながら鞘から刀を引き抜いた。

晒された刀身には赤と黄色に光る二つの線が刀身に伸び、微かに震えるような不気味な機械音が響く。やや重みを感じるその機械仕掛けの刀の切っ先を奴に向けて構えた。

「おい?」

 桐嶋は奴に声を掛ける、すると暫くして奴は振り向いた。片手には鋸と鉈を合わせたような灰色の剣を握っていた。


      ○


 互いに見つめ合う緊張した状況に竜介は固唾を呑んだ、いつ攻撃を仕掛けられてもおかしくない状況だからだ。

 竜介は足を微かに動かした瞬間、とつてもない速度で間合いを詰め、隙となっている竜介の脇腹目掛け横に一閃、しかし竜介は微かに後方に身体を反らせ斬撃を間一髪躱す、桐嶋は続けざまに刀を上から下に振るい竜介の頭部目掛け一閃、今度は躱しようのない斬撃に竜介は左手に持っていた剣で受け止める。

 互いの刀と剣がぶつかり合うと火花を散らし、斬撃を受け止めた瞬間、竜介が踏んでいた地面に亀裂が入った。そして金属同士が摩り合うような嫌な音がした。

 すると桐嶋は斬撃を受け止めた竜介の腹部に回し蹴りを食らわせ、竜介を後方の壁際まで蹴り飛ばすと桐嶋は壁際まで追い込んだ竜介の顔面目掛け刀の切っ先で突く、竜介は再び身体を反らせその攻撃を躱す、しかしその突きの威力凄まじく切っ先が後方の壁に突き刺さるとコンクリートが砕ける衝撃音と同時に巨大な亀裂が入った。

 この攻撃をまともに食らっていたら無事では済まされなかっただろう。しかし桐嶋は壁に突き刺さった状態の刀をコンクリートを斬り砕き、そこに付けれた配管ごと火花を散らし切り裂きながら竜介目掛け横に大きく振るった。

 咄嗟に竜介は身を屈め再び斬撃を躱しつつ竜介は生えた尾を鞭のように振るい桐嶋の胴体に打ち付けた。桐嶋は弾き飛ばされるも、片手に持った9mm拳銃を竜介狙って構え、引き金を引く、バン、バン、バンと3発の銃声を響かせ銃口から火花を散らしながら放たれた銃弾は竜介の身体に命中するも銃弾はパスッという音を立てながら皮膚に弾かれる、しかしもう一発の銃弾が竜介の額に命中、竜介は衝撃で一瞬体勢を崩すが再び立ち直す、銃弾が命中した額にはかすり傷がある程度だった。それ以前に銃弾が効かない事に桐嶋は衝撃した。すると竜介は左手に着けていた手袋を口に咥えて外す、そして露になった左手を

 見て桐嶋は再び戦慄した。焼き焦げたかのような黒い皮膚に獰猛な獣を連想させる鋭い爪、その左腕ははどこか見覚えがあるような形をしていた。

 桐嶋は再び9mm拳銃を構えて撃つ、竜介は腕をクロスさせて顔面を覆いながら桐嶋に突っ込んだ、竜介は背中に連なった背鰭を青白く発光させ、やがて左腕の手の平が青白く発光した。

 桐嶋は弾切れになった拳銃を投げ捨て刀を構える。そして間合いが縮まると。

「ウォォォォ!!!」

 竜介は雄叫びを上げながら青白く発光した左手を桐嶋目掛け突き出す、察した桐嶋は刀身を身体の前に構えて突き出された左手を受け止めようとする。刃と左手が触れた瞬間、凄まじい轟音と共に爆発を引き起こし爆炎が桐嶋と竜介を包み込んだ。しかし爆風で後方に吹き飛ばされた桐嶋はそのまま後方の地面に倒れ込む、やがて爆風が止み黒煙があたり一面に舞う中、桐嶋は再び体勢を整え刀を構える。左手に触れた銀色の刀身は灼熱のオレンジ色に染まっていた。

 やがて黒煙が消えると、そこにはもう竜介と実験対象の姿は無かった。変わりに先ほどまでの路地は左右の建物諸共消え失せその一面は焼け野原となっていた。

「一体奴は何者なんだ・・・」

 桐嶋その光景にただ呆然とするしかなかった。


       ○


 目を覚ました。最初はぼやけて何も見えなかったが徐々に視界は整えられていく。やがて目の前に見えたのは左右に連なる廃墟と星が一面に散らばった夜空だった。

 横からはパチっパチと弾くような音と熱気を感じる、やがて自分が横になっている事に気づくとゆっくりと身体を起こした。熱気を感じた真横には木材を集めて焚き火がされ半身には毛布が掛けられていた。


 さっきまで追われてた筈なのに・・・―――


 撃たれた肩には包帯が巻かれている。葵は巻かれた包帯を片手で触れた。

「痛っ!」鋭い痛みを感じ、同時に安心した。痛みを感じるって事はまだ生きてると感じたからだ。

 ではここは何処だろうか?周辺には三、四階建ての建物が連なりどれも廃墟と化していた。廃墟の壁には四角い灰色の剣らしきものが立てかけられている。

「目が覚めたか?」

 突然背後から声を掛けられて一瞬警戒する素振りを見せるも怪我のせいで上手く身体が動かない。やがて暗闇から焚き火の炎に照らされて現れたのは竜介だった。

自分と同じような茶色い布を身に纏っていた。敵意などは感じられない。少女は警戒を緩めた。

「これは・・・あなたがやったの?」

 少女は巻かれた包帯を指差した。

「あぁ」

 竜介は一つ返事で返した。

「その・・・助けて・・・くれて・・・ありがとう」

 追われている自分を助けてくれたことと、おまけに包帯を巻いてくれた事に少女は感謝した。

「運が良かっただけだ」

 彼女の感謝に竜介はややぶっきらぼうに返した。

「ここは?」

「収容所内の廃墟だ、追われていたお前をここまで連れてきた」

「何故?どうやって私を助けたの?」

 少女は疑問に感じていた。人間とは不釣り合いな二本の触覚が生えた少女を助けるだろうか?普通ならばこんな容姿の少女を助けるのは躊躇うハズだ。それに追っていたのは多数の兵士だ、路地まで追い込まれたのにその状況の中どうやって私を助け出したのか?撃たれてからの記憶が無い。すると竜介は左手に着けた手袋を外した、少女は竜介の左手を見て驚愕した。

 明らかに人間の左腕なんかではない、黒く荒れた皮膚に四本の鋭い爪が生え、同時に腰からは黒くて太い、小さな背鰭を連ならせた尻尾を生やしていた。その彼の姿はトカゲやワニなどの獰猛な爬虫類を連想させるような見た目をしていた。

 だが不思議と恐怖は感じなかった。姿形は自分と違えど同時に自分に似た何かを感じたからだ、それに追っていた兵士をどうしたのかは竜介の姿を見てあらかた察した。

 竜介は自分の姿を見せると続けて喋り出した。

「俺もお前と同じって奴だ・・・それにあんたの声が聞こえたような気がした」

「声?」

「あぁ「助けて」ってな」

 竜介の話がいまいち理解できなかった。少女は逃げることで必死で助けを乞う暇も無かった。疑問そうな表情をしている葵に対して竜介は続けて話す。

「俺もイマイチ理解してない、聞こえたと言っても耳鳴り程度の声だったから、単なる偶然かもな・・・」

 やはり彼が言っている事が理解出来なかった。この事も『偶然』という言葉のみで片付けて良いのかも分からない。だが一つ思い当たる事があった。

「あなたも研究所で・・・?」

 竜介は一瞬身体をビクッと震わせた。その様子を見て少女は確信した。

「やはりお前もか・・・」

 その後、互いの間にやや沈黙が流れる、だがその沈黙を破ったのは少女の空腹を知らせる腹の音だった。少女は恥ずかしそうに腹に手を当てた。竜介はそれを見て薄く笑みを浮かべる。

「とりあえず腹が減ったろ?」

 そういうと竜介は焚き火の近くに置いてある、「MRE」と書かれたベージュ色の袋に包まれた1パックの糧食を葵に渡した。これは収容所に入るさえに乗った軍用トラックから詰まれてた物を盗んだものだった。

 少女は戸惑いながらも袋の上部を両手で掴み、腕を袋の両側に引っ張って開けた。袋は破れ中身を取り出すと濃い緑色の簡易包装が幾つも入っていた。

どれも英語表記で何が入っているか分からないがこの中で一際大きい袋を同じように破くと中に入っていたのはトマトと大豆を煮込んだチリビーンズだった。

少女は付属のスプーンでチリビーンズを掬って口に運ぶ、大豆の歯ごたえとトマトの甘味、そしてやや辛味が効いた風味、それを暫く咀嚼して飲み込むと再びスプーンで掬って一口、二口と咀嚼する間も与えずにチリビーンズを頬張って行く。

もはや味わう事は考えていない、だた食欲に突き動かされるよう頬張っては何度も咀嚼して飲み込んだ。

 淡々と食べ続ける少女の目からは不意にも涙が出ていた、今まで以上にまともな食事を摂れた事に少女は感極まった。やがてチリビーンズを全て食べ終えると竜介は喋り掛けた。

「そういえば名前を聞いていなかったな、名前は?」

しばらく沈黙したのち少女の口から出たのは。

「葵」

「アオイ?それがお前の名前か?」

すると葵はゆっくりとうなずいた。

「俺は核山竜介だ」

「リュウスケ?」

「そうだ」

二人は軽く自己紹介を済ませた。

「私はこれからどうすれば良いの?」

すると葵は不安と恐怖を混ざったような声で竜介に話しかける。

この収容所内の研究施設から脱走してもう一ヶ月は経っていた、この一ヶ月の間、収容所内で幾度と無く兵士に追われ殺されかけた日々、もう何度も死の恐怖は味わっていたが何度もそれを身近に感じてくると恐怖そのものが麻痺してきた。ただ生き残るために死に物狂いで逃げることで必死だった。

だがあの時はさすがに満身創痍だった。もしもあの時、竜介が助けに来なければ・・・そう考えると麻痺していた恐怖が再び感じた。

「ならこれからは俺と行動しないか?」

竜介の思いがけない提案に葵は驚いた表情をする。

「もう用は済んだ、俺は明日にはこの収容所を出る。お前もこの収容所から出たいんだろう?」

「確かに出たいよ・・・でもその後はどうするの?外に出てもヤツらは追いかけてくるよ、それに・・・」

葵は言葉を詰まらせる。その表情には言って良いのかという戸惑いが感じられた。しかし竜介は察したのか話始めた。

「お前の言いたいことは分かる、ようは俺たちは怪獣だから人類の敵、いつどこで殺されても可笑しく無いと言いたいんだろう?」

すると葵は見透かされたかのような表情になる、どうやら竜介の勘は当たっていたようだ。

「安心しろ、俺は逃げ続ける日々を送る事なんて考えていない、俺には向かわなければいけない場所があるんだ」

「その場所って?」

そう問いかけた瞬間だった、闇夜の中で多数の気配を感じた。同時に葵も同じく。そして暗闇の中、多数に蠢くライトの光が見え、銃器がカチャカチャと揺れる音が微かに聞こえた。どうやらもう追っ手が来たらしい。

「予定変更、明日では無く今日ここを出るぞ」

「出るってどうやって!?」

葵は焦りと恐怖で声を上げた、しかしそれに相反するように竜介は冷静だった。竜介は地面から立ち上がると建物に立てかけてあった剣を掴み、左腕を晒し出す。そして竜介は静かに答えた。


「脱出の方法は至って単純だ」


                                

  

  

                                続く――― 



                                                                         

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る