荒廃
核山竜介―――施設を離れて二日目経過
アスファルトに幾つもの亀裂が入った静寂な道路を竜介は歩いていた。
体から生えた背鰭と尻尾、左腕を隠すために茶色い大きな布を身に纏い、その布に隠すように、小さく生えた背鰭の間にもう一枚の白い布で刃を包んだ剣を背中に背負っていた。左腕には真臘がくれた、手袋を着けていた。
竜介が歩く道路の道端には大量の車が放置されている。
放置された大半の車は茶色く錆び付き、フロントガラスが粉々に割れているやつもあれば、タイヤがパンクした状態のもの、中には車の助手席に座っている状態で腐敗した人骨もあった。
さらには戦車や装甲車といった軍用車両などもある。
だがそれらも、砲塔が曲がり、キャタピラは外れるなどと見るも無残に大破した状態だった。
周囲の建物も無残に破壊され、鉄筋コンクリートなどが剥き出し。中には巨大な何かがビルの一面を斜めに引っかいたような痕もある。他の建物も、高層ビルの一角を失ったものもあれば、何かが貫いたように中央だけが破壊された建物もあった。
建物の周辺には瓦礫が散乱していた。あたりは焦げ臭い臭いで充満している。
ここら一体はもはや廃墟ようだった。そしてこの光景が怪獣の被害がどれほど甚大だったのかを物語っている。
しばらく道路を真っ直ぐ歩いたとき、突如、竜介はある異変に気づいた。
いままで人の気配が感じていなかったのが一変、正面に大量の人影が見えた。竜介は急いで近くの建物の壁に隠れた。
やがて足音と英語で話す微かな喋り声が聞こえた。そこには、紺色の迷彩服に小銃を装備した兵士が複数人いた。
肩には、アメリカの国旗みたいなものが貼られている。その奥には鉄製のフェンスが何かを囲むように横一列に並べられていた。
(ここからじゃ見えない・・・)
竜介は隠れていた三階建ての建物の中に入って階段を上り、三階の窓枠から外を見下ろす。
フェンスの向こう側にあったのは無数に張られたテントと、幾つもの火が灯るドラム缶、そこに群がる大量の民間人がいた。そしてそれを囲むように周囲には鉄製のフェンスが張られ、外側には見張りの兵士が多数いる。
どうやら収容所のようだった。
しかし竜介はだたここで収容所の光景を傍観するする暇などは無い、目指すは東京、それも二日以内にだ。
ここにいてはいずれ兵士に見つかる、この収容所が目当てではない、竜介はここを離れようとした。その瞬間、(助けて・・・)
突然、少女の声で「助けて」という声が聞こえたように感じた。竜介は振り返り周囲を見渡すが、そこには何もいない。
「耳鳴りか?・・・」
あまりに小さい声だったために、竜介は耳鳴りだと思った。
しかしその突如、一瞬、確実に気配を感じた。それは周囲にいる兵士達では無い、収容所の中からだった。
それは自分と同じ何者かの気配、竜介はその気配がまるで助けを求めているように感じた。ゴジラの本能なのかは分からない。
しかし竜介はただ無性にその気配の正体を、助けたいと思った。それが使命のようにも感じたからだ。
深夜、ヘッドライトを灯しながら一台の軍用トラックが収容所の入り口に到着した。
トラックは入り口に設置されたゲートに一度停車すると、二人の小銃を持った兵士が検問を行うためにトラックに近づく。
一人は運転席、もう一人はトラックの荷台に来た。運転席側に来た一人の兵士が窓をノックする、運転手は窓を開けた。
「身分証を」
すると運転手はポケットから身分証を取り出すとその兵士に渡した。渡された兵士はライトで身分証を照らしながら確認すると。「荷台には何を?」と質問する。
「食料を輸送に」
「最後の便か、分かった」
すると兵士は荷台にいたもう一人の兵士に合図すると、その兵士は荷台の中をライトで照らしながら見始めた。入っていたのは兵士も携帯しているベージュ色のパッケージに包まれた野戦糧食だった。
兵士は一つのパッケージを開けて中身を確認する、中身には缶詰やクラッカー、その他食料が入っていた。しかしそれ以外に特に異常は無かったため兵士はパッケージを荷台にしまう。
検問が終わると「どうぞ中へ」と目の前のゲートが開く、するとトラックは再び発進した。
荷台に隠れていた竜介は収容所の入り口を抜けた事を確かめると、暫くしてから動いてるトラックの荷台から飛び降りる。砂利の地面に体を打ちつけながらも、上手く受身をとり着地する。そして闇夜を利用しながら草むらに隠れ、そのまま収容所の中へと向かった。
夜が明け、太陽が出始めると暗かった周囲は明るく照らされた。竜介は茶色い布をしっかりと身に纏い、収容所の民間人に紛れる。
民間人たちは茶色い布を身に纏った竜介をジロジロと見つめていた。どの民間人たちも衣類は泥や土で汚れ、臭いも酷く衛星環境は最悪だった。
中には地べたで寝そべってる人もいれば。ドラム缶に火を焚いて暖を取る人たち、痩せ細った人がテントの前でただボーっと一点だけを見つめて立ち竦んでいる者もいた。
その様相はまるでスラム街のようだった。どの人たちも、表情には収容所生活の疲れか、かなり疲弊しているようだった。
そしてここに収容されているのは、皆、日本人のようだった。
「あんた見ない顔だな」
竜介が収容所の中を歩いていると後ろから突然、男が話しかけて来た。
その男も衣類は汚れてはいるものの、筋肉質でがたいが良い。
「ここは一体?」
「まさかあんた、ここの新入りか?だとしたらついてないな、あんたも見た感じ日本人だろ?」
すると男は近づき、竜介の耳元で小さな声で囁く。
「ここの話をしてやる、だがここでは話せない、周りを見てみろ」
竜介は言われた通り、周囲を見渡すと、そこには見張りの兵士が多数いた。聞かれてはまずい内容なのだろうか。
男は竜介を民間人が先ほどまで集まっていた火のついたドラム缶に連れて行くと人通りの少ない場所に腰を掛ける、そこで話し始めた。
「ここは見ての通り日本人を収容する収容所だ。一度ここに入ったら二度と出る事など出来ない。外には大量の兵士がウジャウジャいるからな」
「何故、収容される事に・・・?」
「さぁな、だが一つ忠告しておくが、ここでは治安なんてものは存在しない」
すると男は、立ち上がると周囲の建物の物陰に隠れていた数人の男達が現れる。その手には鉄パイプやバールなどが握られていた。男達は竜介を睨みつけている。
「これは、どういうことだ?」
「悪いがこれは生き残る為なんだ、あんたがもっている食料をこちらに渡せ、そうすれば命は助ける」
どうやら騙していた様だった。
竜介を囲む、複数の男達の顔色は酷く、体格はかなり痩せ細っていた。寒さなのか、もしくは緊張か、鉄パイプ等の凶器を握っている男達の手は小刻みに震えていた。
竜介は男達のリーダー格である、こちらに話しかけた男を静かに睨んだ。
男は竜介に向けて手を振り下げた。すると凶器を持った男達が一斉に掛かる、一人の男が振りかざした鉄パイプを竜介の頭部を狙い思い切り振り下げた。
だが振り下げた鉄パイプは竜介の頭部の前で止まった。竜介は左腕で振り下ろされた鉄パイプを鷲掴んでいた。竜介は掴んでいた鉄パイプを未だに握っていた状態の男ごと、軽々と投げ飛ばし、近くにあったテントに衝突させる。
竜介の背後に回りこんだ一人の男がバールを振り落とす。
竜介は振り返り様、左腕を前に翳し、振り下ろされたバールを受け止めた。ゴンッという鈍い音と同時に左腕を直撃、その瞬間、衝撃が走った。
その衝撃は竜介では無く、バールを振るった男の方だった。竜介はビクともせず、茶色い布に覆われた竜介を殴った感触はまるで強固な岩のように硬く、殴ったバールの箇所はグニャリ、と折れ曲がっていた。そして竜介と目が合った瞬間、恐怖した。
竜介の眼光は尋常ではないほどの殺気を放ち、その殺気は人間では到底発せ無い、まるで人間では無く怪物を相手にしているようだった。
まさに蛇に睨まれた蛙、男は硬直した。
竜介は硬直した状態の男の腹部を右腕で殴り飛ばした。
男は地面に転がるように着地するとそのまま俯き両手で腹を押さえながら痛みにもがいた。
「ばっ、化け物だッ!」
その様子を見ていた他の男たちは凶器を落として一斉に逃げ始めた。
「待て、逃げるな!」
リーダー格だった男は叫ぶが他の男たちは一目散に逃げて行った。
竜介はゆっくりと一人になった男に近づく。
「待てッ待ってくれ!すまない、騙したのは悪かった!すまないッ!!」
何度も懺悔し命乞いをする男、しかし竜介は聞く耳を持たず、振りかざした左腕で男の顔面狙って殴りかかった。
「俺にも家族がいるんだッ!!!」
『家族』、それを聞いた瞬間、竜介の拳は男の顔面の手前で止まった。
「ここでの収容所には一週間に一回しか食料の配給が来なくて、大事な一人娘に十分な食事をやれてねぇんだッ!!ここじゃ強奪や殺人は日常茶飯事で、生き残るためにはこうするしか方法が無いんだ!!」
竜介の目の前で男は地面に額を付けて土下座する。
「命だけは助けてくれ!!俺が死んじまったら娘を守ってやる奴が誰一人もいなくなっちまうッ!頼む!!」
竜介は沈黙した。と言っても男に同情したわけではなかった。この男がまた騙そうと嘘を吐いているのではないかと思ったからだ。
しかしこの男の必死さは尋常では無く、娘がいるのは嘘ではないかもしれない。
この収容所の惨状は目にした。彼もまた被害者の一人に過ぎないと思った。
そして冷静になった竜介は、本来の目的である東京に行く事を思い出す。こんなところで立ち竦んでいる暇などは無かった。
地べたに土下座した状態の男は暫く経っても沈黙している竜介に違和感を覚えて恐る恐る顔を上げるとそこにはもう竜介の姿は無かった。
その代わりに目の前にあったのは、地面に置かれた3個の缶詰だった。
収容所のテント群の中を一人の少女が走っていた。オレンジ色の長髪で、目の瞳は青色、竜介と同じように茶色い布で身を包んでいた。だが口元には人間とは不釣り合いな二本の茶色い触角が生えていた。そして手の甲には赤い幾何学模様が描かれてい
た。
その少女の背後には7、8人ほどの兵士が追い掛けていた。黒色のヘルメットを装着し、顔面を黒色のバラクラバで覆い、紺色のアサルトスーツを着込み、手にはM4カービン小銃が握られている。
少女は目の前に群がった民間人の群衆を掻き分けながら逃げた。兵士達も群衆の中に入った少女を追うために、群衆を強引に掻き分けながら追い掛けて来る。
少女は死に物狂いで走った。やがて群衆を抜けるとそこにあったのは先ほどまでのテント群では無く、三階、四階建ての建物が幾つも渡って建ち並んでいた。どれも不動産や八百屋、コンビニなどといった商業施設のようだったがどれも朽ち果て廃墟と化していた。
少女はその建物の路地裏に逃げ込もうとした、しかし後から群衆を抜けた一人の兵士が逃げ込もうとしていた少女に向けて小銃を構え、人差し指を引き金に掛けた。
「待て!!」、あとから追ってきた一人の男が手で、兵士が構えていた小銃の銃口を下に落とした。「ここは人口密集地だ、むやみやたらに発砲するな!」
そう叫んだ男は、他の兵士達が来ている戦闘服では無く、黒色のフィールドジャケットを着ている。そのジャケットの背中や両肩部分には、(UNGCC)と書かれていた。
その上から防弾チョッキを着ている。
小銃を装備せず、大腿部に着けられたレッグホルスターに装備された9mm拳銃を装備していた。しかしそれ以上に異様だったのが、左腰に銀色で異質な刀を装備していた事である。
「路地裏に逃げ込んだ、回り込め!」
路地裏に入りこむ事が出来た少女は人一人が通れるほどの狭い路地を走る、路地には茶色く錆びた換気扇やパイプが至るところにあり、それをどうにか避けながら走り抜ける。
後ろ向く、そこには追い掛ける兵士の姿は無かった。
逃げ切れた、そう確信した瞬間だった。後ろに夢中になり過ぎて少女はその曲がり角に回りこんだ二人の兵士達の存在に気づかなかった。
気づいた瞬間、時すでに遅し、3発の銃声と共に一発の弾が少女に命中、少女は地面に倒れこんだ。
「こちらハンター、実験対象を射殺した。オーバー」
兵士は無線で伝えた、二人の兵士は倒れこんだ少女に小銃を向けながらゆっくりと近づいた。
「まさか例の実験対象がこの収容所に紛れ込んでいたとはな、それにコイツはまだガキだぜ?残酷な事をするもんだ今の政府は」
「あんま口にするのは止せ」
そう話しながら倒れ込んだ少女を見つめると、まだ微かに息をしていた、どうやら小銃の弾は少女の肩に命中し急所は外れたようだった。兵士は止めを刺そうと小銃を少女の額を狙って構える。
「悪く思わないでくれよ」
そう言いながら引き金に指を掛けた瞬間だった。
「ウオオオオオオオオオッ!!!」
雄叫びを上げながら飛び込んできた一つの影が、振り翳した剣で小銃を構えていた兵士の両腕を斬り飛ばした。突然何が起きたのか、理解すら出来ない兵士に動揺の間すら与えず、剣を振り上げ兵士の腹部から胸部を斜めに深々と斬り裂いた。
兵士は血を噴き出しながら倒れ、絶命する。
その影の正体は、竜介だった。
後方にいたもう一人の兵士は、急いで竜介に銃口を向けるが竜介は左腕で素早く兵士の顔面を鷲掴み路地の壁に叩きつけた。それも何度もである、兵士を叩き付ける度に頭部に装着したヘルメットは砕け散り、壁にはクモの巣状の亀裂が入った。
三回以上叩き付けると兵士は沈黙した。そのまま死んだ事を確認するとそのまま地面に死体を放り捨てた。
竜介は倒れ込んでいる少女に駆け寄った。
「大丈夫か!?」
竜介の呼びかけに少女の反応は無い、しかし微かに息はしていた。まだ助かる可能性はあった。
竜介は少女を抱えて安全な場所まで連れて行こうした瞬間だった。
「おい?」
突然背後から、殺気だった鋭い男の声が竜介に呼び掛ける。竜介は後ろを振り向くとそこには鞘から刀身を引き抜き、鋭い刃を晒し出した刀を片手に持った、一人の男が立っていた。
その男のもっている刀の全身は銀色で見るからに異質だった。
柄に近い刀身には発光した黄色い線と赤い線が一本ずつ伸び刃の中間で左右に二つに分かれ、それはまるで機械の一部のようだった。
そんな刀を持った男に先ほどの兵士とは明らかに何かが違うことを、竜介は感じ取った。
男は竜介の周りに倒れている二人の兵士を見て刀を構える。
「お前は何者だ?」
男は静かに、しかし明らかな殺気を放ちながら竜介に話しかけた。
――――続く
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