刹那

「すまないが君にはここから出てって貰う」

 呼び出されて早々、真臘に言われた突然の言葉に竜介は驚き、動揺した。そして動揺を隠せないまま竜介は真臘から言われた言葉の意味を理解しようとした。

 すると真臘は棚から丸められた紙を出すと、それを竜介の前で広げた。その紙に書かれていたのは関東の地図だった。

「君にはここに行って貰いたい」

 そう人差し指が差した場所は、首都東京だった。

「まずは首都高に向かいそこから歩いて」

 突然の事で未だ理解が追いついていない竜介を無視して話を進める真臘であったが、話している時の真臘の表情からはどことなく焦りが感じられた。

「まってくれ、どういう意味なんだ!?いきなり出てけと言われた挙句に東京に向かえって!?」

 竜介は冷静を保てなくなり声を上げる。

「すまない、時間が無いんだ、いち早く君を東京に向かわせないと」

「その東京に一体何があるんだ?」

 すると真臘は一瞬黙り込むが、暫くして小さな声で話し始める。

「君はもう、ここにいるべきでは無い、さすがに君を匿いきれなくなったんだ」


 そういうことか・・・―――


 ようやく竜介の理解が追いついて来た。ようは、怪獣と化した竜介は人類にとってもこの施設にとっても脅威に過ぎない。

 ましてやその脅威を匿っていたことが知られればこの施設は、子供はどうなるか、想像がついていた。

 だから今のうちに竜介をこの施設から追い出したいわけだ。だが疑問が一つ、

「では何故、東京に向かわなければならないんだ?」

「東京は君にとったら安全な場所なんだ」


 安全?―――


 竜介は再び困惑する。いや、困惑して当たり前だ。

(安全な訳が無い、なにせ首都だぞ?そこに私がいれば・・・)

 人類の脅威と言われた自分が首都に向かえばどうなるか、竜介には分かっていた。

 脱走した時と同じように軍や兵士たちが殺しに掛かるか、もしくわ生け捕りにされて再び実験体として利用されるかのどっちかだ。竜介にとってこの施設以上に安全な場所は考えられなかった。

「すまない・・・本当に猶予が無いんだ、3日以内に東京に君が着かなければ本当に何もかもおしまいになってしまう」

 すると真臘は竜介の前で頭を深く下げる。

「東京に何があるか、それをいま説明する事は出来ない、だがそこにいるのは君の敵では無いはずだ」

 竜介には分からなかった、なぜここまでも頭を下げてでも竜介を東京に向かわせたいのかを、そして確証も出来ない、敵では無いかもしれない何か。研究所にいた時もそう言われ結局実験体として扱われた。竜介はこれらを不信に思っていた。しかしここに匿いきれないのも確か、竜介は決断を迫られていた。




「少し考えさせてくれ」




 そういいながら竜介は部屋を出た。

 竜介は施設の外に出て花壇などが置かれた庭から施設を眺める。

 もしかしたらこの施設ともお別れになってしまうかも知れないと思ったからである。 だが実際考えてみれば私はここにいてはいい存在では無い、自分の左腕を見ても未だに皮膚は黒くゴツゴツとして鋭い爪が伸びた怪獣のようだった。

(人間なんかでは無い、怪獣だ)

 残っている感触、そして罪悪感、今更自分が人間性を求める事などあまりに愚かな行為だと。竜介は今、自分におかれた現状に打ちのめされる。

「ここにいたんだ、探したよ?」

 そんな状態の竜介に声を掛けたのは百合実だった。


 百合実には言っておくべきだろうか?、もうすぐ自分はこの施設を別れる事を・・・―――


 だが言ってどうなる?

『本当に何もかもおしまいになってしまう』

 竜介は真臘の言葉を思い出す、そしてこれは明らかに何らかの意味を持っていると竜介は分かっていた。竜介がそう思い込んでるうちに知らぬ間に沈黙が流れていた。

「ねぇ、どうしたの?」

 黙り込んでいた竜介に百合実は話しかけた。

「なぁ、百合実は俺が恐ろしいとは思わないのか?」

 突然の質問に百合実は一瞬驚く、

「百合実には俺はどう見えるんだ?」

 さらに畳み込むかのような質問に百合実は一瞬、動揺した。だが竜介の暗い表情を見た時にある程度質問に意味を察した。

「怖くは無いよ、確かにあの時、私に襲い掛かった時は怖かった。でもそれは一瞬だけだよ、それに本当は凄く優しい人だと思ったよ」

『人』 

 この百合実の返答で竜介は、少なくともまだ自分は彼女からすれば「怪獣」では無く「人」と思ってくれたらしい。今更都合が良いと思いながらも竜介は安堵した。

「そ、それに!!左腕もカッコいいと思うよ!!なんかこう・・・ほらその・・・」

 語彙が詰まる百合実だが必死に慰めようとする気持ちは竜介には十分なほど伝わった。たとえお世辞であっても竜介は嬉しかったし罪悪感も多少晴れたような気がした。






 バンッ、という銃声、そして百合実は突然前に倒れる。


 そして地面に倒れた百合実の背中からは赤い血が流れ出た。




 刹那、竜介は目の前で何が起きたのか分からなかった。いや、分かりたくなかった。




 撃たれた・・・百合実が何者かに撃たれた?




 もはや考える時間も与えない内に庭の奥にある森林から武装している多数の人影が見えた。その人影たちが構えた小銃の銃口を施設に向けて。




 そしてやっと状況が読み込めた。だがその時には遅かった。




 一発目の銃弾が放たれて数秒もしない内に、ダダダダダダッ、と間髪を入れないほどの凄まじい銃声と共に銃弾の雨が施設に降り注ぐ。




 ガラスは粉々に割れ、木製のドアも容赦ない銃弾で穴だらけになり、コンクリートで出来た壁も単発的な低い音を鳴らしながら砕かれていく。




 庭に置かれた花壇も滅茶苦茶にされ、植えられた花たちの大半は銃弾によって引き裂かれていった。




 ガラスや壁を貫通した銃弾は室内にも容赦なく襲い、置かれたぬいぐるみからは綿が散らばり、置かれた花瓶は一瞬で粉々に割れ、テーブルも椅子も本棚も、すべて破壊される。




 銃弾が放たれる音、空気を切る音、命中して破壊される音、凄まじい限りの轟音が響き続けた。




 竜介は突然の敵襲に動揺しながらも左腕で顔を覆い、銃弾から身を守る。


 いくつかの流れ弾が竜介の体に命中するが、パスッ、という音と共に皮膚に触れた瞬間、銃弾は弾かれていく。




(適当に施設を狙って撃ってる・・・俺を狙って撃ってる訳ではないのか?)


 


 どうやら敵はこちらの存在に気づいてないようだ。


 




 引き金を引く、持っていたM4カービンの銃口からダンと言う一瞬の轟音と閃光ともに子供がいる施設に放たれる5.56ミリの銃弾、


 やがて止めを刺すかのようにM4カービンに装着されたグレネードランチャーを撃つと、施設は室内から爆発した。




 施設の周囲は黒い煙に包まれた。






「Cease fire!!!」




 一人のリーダー格の男が片手を上げて英語で叫ぶとあれほどうるさかった銃声がピタリと止んだ。飛び散っていた銃声が止み、周囲を見渡した。しかし視界は黒い煙が充満して何も見えなかった。

 だが、やがて煙が薄れていくとやがて施設の悲惨な状況が目に入った。ガラスは粉々に割れ、壁も穴だらけとなり、室内は焼き焦げ、椅子や机も滅茶苦茶になっていた。

 だが本当に悲惨だったのは、床に倒れた多くの人影、それも身長が低いものばかりだった。煙がさらに薄れていくと、そこに見えたのは、施設の子供たちだった。みんな倒れていた。その床は赤い血が一面に散らばっている。それと同じくして庭のほうを見渡すと先ほどまで話していた百合実が倒れていた。同じく赤い血を流しながら。

 その光景を見た瞬間、竜介は絶句した。そして体が震えた。恐怖なんかじゃない別の感情が芽生える。するとまだ煙が晴れてない方向からこちらに近づく何者かの気配を感じた。

「It's an easy job」

「But chest feces are bad」

 やがて話し声が聞こえた、それは日本語では無い、英語だった。

 この施設を襲撃した人影の正体は、真臘が雇っていた元米軍の傭兵集団だった。

「ひどい仕事を押し付けたもんだ、まだ幼いばかりのガキを殺せと」

 ひとりの兵士が小銃を構えながら言う。

「だがこのまま日本の敗北間近の反乱軍と協力してても俺たちの国に希望は無いだろ?こちらの政府はこんな仕事でも報酬はたんまり貰えるからな」

 同じように小銃を構えたもう一人の兵士がそう返した。

「無駄口はよせ」

 すると先ほどのリーダー格の男が二人を黙らせる。するとバリンッとガラスが割れた様な物音が聞こえた。尽かさず小銃を物音が聞こえた位置に向けた。

「まだ生きてたガキがいたか?」

 その音が聞こえた場所はまだ煙が充満してなにも見えない、だが明らかに気配を感じたそれを尋常ではない、あきらかに只ならぬ何かがいる、そう確信した。

「ジョン、ウィリー、見て来い」

 すると小銃を構えたままその男が静かな声で二人の部下を指名すると小銃を構えたまま煙の中に入っていった。その間に複数の兵士を集めて膝を着き射撃姿勢をとる。銃口が向けられた先は先ほど物音が聞こえた施設の室内だった。

 その時、煙の中で銃声が響く、それも一発では無く、二発、三発と銃撃音が立て続けに響き、煙の中で銃から放つ閃光が何度も点滅した。

 すると突然、何者かが一人の兵士をこちらに投げ飛ばした。断末魔を上げながら投げ飛ばされた兵士はそのまま壁に激突した。さらにもう一人の兵士もこちらに勢いよく飛ばされ、射撃姿勢をとっていた一人の兵士に衝突した。この投げられた兵士は先ほどのジョンとウィリーだった。

 その瞬間、煙から勢いよくこちらに突っ込んできた竜介は一瞬で間合い詰め、そのまま射撃の隙も与えずもう一人の兵士を左腕で殴り飛ばした。

 慌てて横にいた兵士は持っていた小銃で狙い撃とうとするが、竜介は腰から生えた黒く太い尾でその兵士の顔面を殴打した。尾からは骨が折れた感触がした。その瞬間その兵士は首は飛んでいった。首の部位を失った兵士の体はそのまま力なく倒れる。

 そんな中、竜介は静かに立ち竦んでいた。無くなったと思っていた背鰭は再び剣山のように鋭く、連なるように生え、腰からはまた黒くゴツゴツとした太い巨大な尾が伸びる。

 そして左腕はあの時と同じように太くなり、鋭い爪、黒くゴツゴツとして焼き焦げたかのような皮膚。竜介が吐息を吐くとそこから熱気の感じる煙のような、白い息が吐かれる。 その竜介の眼光は鋭く、憎悪が篭っており、凄まじいほどの殺気を放っていた。庭を見渡すとそこにも多くの庸兵がいた。

「ガアァァァアッ!!」

 まるで悲痛の断末魔に近い雄叫びを上げながら庭にいる兵士たちに突っ込んだ。

 庸兵たちは突っ込んでくる竜介を狙い持っていたM4で撃つが5.56ミリの銃弾など竜介に大してダメージを与える事は出来ない。竜介の体に命中した銃弾はいずれも強固となった皮膚によって弾かれた。そのまま間合いを詰めると一人の傭兵の顔面を左腕で鷲掴みにしてそのまま地面に叩き付けた。

 その叩き付けた衝撃で周囲の地面に亀裂が入った。

「なんだコイツ!!?弾が効かないぞ!!」

「アアアアアアアッッッ!」

 すると竜介は叫びながら今度は尾で周囲にいる傭兵を薙ぎ払い、今度は鋭い爪で後ろにいた傭兵の顔面を切り裂いた。その時の帰り血で竜介の顔面は赤く染まった。

「クソッ!!くたばりやがれぇぇ!!!」

 そう叫びながら一人の庸兵がM4に装着されたグレネードランチャーを竜介に向けて発射した。だが竜介は左腕でその弾を掴み、握り潰す、そして爆発した。

 だが脱走するときに放たれた無反動砲に比べたら爆破の威力はあまりに小さい。 その為、竜介には効かなかった。

「アアアアアアアアッ!!」

 グレネードランチャーを直撃したのに関わらず、竜介は突っ込み、背鰭を青白く発光させ、それに続いて青白い炎が左手を包み込む。そしてその左腕を地面に叩きつけた。その瞬間、爆散、青白い爆炎が周囲にいた兵士達を包み込み、爆風で吹き飛ばした。そして残りの兵士に向かって再び竜介は突っ込んで行った。 雄叫びまるで悲痛の断末魔のようで、眼光は鋭く表情は怒り狂っていた。

 もはや竜介に人間性など関係ない。ただ竜介は大切なものを失い、それに怒り狂い、暴れた。時には怪獣と化した左腕で兵士を叩き潰し、尾で薙ぎ払う。

 その姿はまさに怪獣だった。雄叫びは、もはや咆哮。気づけば、敵はもうどこにもいない、いや全員殺してしまった。庭には兵士たちの死体が散らばっている。背中に連なっていた背鰭は再びどんどんと小さくなっていき、尻尾も縮むようになくなった。太くなった左腕も再び細くなり、容姿は施設にいた頃に戻った。

 左腕はその時の血で赤く染まっていた。だが罪悪感は無い、いやそもそも何も感じなくなっていた。

 竜介は静かに歩き始め、倒れている百合実の所へ行く。 そして竜介は百合実を静かに抱える、だが百合実からは体温は感じなかった。

 その瞬間、この施設での思い出が脳裏に写る、たった2週間と短い間だったが、この施設に保護されてから色々な事があった。そしてその色々な思い出が記憶として刻まれた。

 百合実は自分を「人」だと言ってくれた。この施設は竜介を人間として見てくれた。子供達にも懐かれ、色々な事を教えてくれた。

 だがそれはこんな結末を残して、記憶に刻まれた。


 だがもし、この施設に竜介が辿りつかなければ襲撃される事は無かったんじゃないか?―――


 もし、竜介と百合実が出会わなければ・・・こんな事にはならなかったんじゃないのか?―――

 

 その途端、何も感じなかった竜介は喪失と後悔と罪悪感に吞まれる。


 もしあの時、あのゲートを通らなければ・・・―――


 百合実を抱えていた竜介はやっと我に帰った。そして竜介が抱えている百合実はもう死んでいるということを受け入れると、その瞬間、竜介の瞳から涙が溢れ出た。

「すまない・・・すまない・・・」

 そして何度も百合実に懺悔する。

 勿論、返答は無い。














 竜介は破壊された施設の瓦礫を掻き分けるとそこから埋もれていた剣を取り出した。そして部屋に火を放つとそのまま轟轟と施設ごと赤い炎が包み込んだ。そして別れを告げるように、炎で赤く燃え盛る施設を背にして、竜介は前に歩き出した。

 行かなければならない場所があるからだ。






 竜介は東京に向かい、歩き始めた。 










                                    続く

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