第5話 サエグサ
核山竜介が脱走してからもう2週間がたったある日、
「今回の責任、分かっているな?」
薄暗い部屋の中で壁に取り付けられた巨大なモニターのブルーライトが不気味にその部屋を照らしていた。
そのモニターの画面の前に濃い緑色の制服を着た宮木信夫は立っていた。
画面の先に映っていたのは紺色のスーツと紫色のネクタイを付けた。いかにも政治家らしいスーツを着ている男が椅子に座っていた。その後ろにはアメリカの国旗が立てかけてある。
この男は「クリス・フォード」バイオ・アメリカの国防大臣だ。
「宮木大佐、なぜ我々は貴官等の「特生自衛隊」を生かしたと考えている?」
クリスが言う特生自衛隊とは、怪獣大戦中、度重なる怪獣の襲来に対応するため国連で締結された「ボストン条約」によって各国連合で組織された「ボストン条約機構軍」が誕生、しかし日本は軍を持っていなかったため通常の自衛隊では条約機構軍に参加できなかった。
そのためG-Forceの次ぐ新たな組織が誕生した、それが「対特殊生物自衛隊」、通称特生自衛隊である。この組織は解体されたG-Forceの元隊員と幹部によって構成された。
しかしバイオ・アメリカの侵略により自衛隊は解体される事となったが、特生自衛隊は解体せずバイオ・アメリカに編入されその後、傀儡軍事組織「第二日本軍」として誕生した。
宮木は元々、特生自衛隊の元「一等陸佐」であったが第二日本軍となってからは、「大佐」へと肩書きは変わった。
「今回の件、もし外部に漏れ世界にこの事が知り渡れば貴官は間違いなく処刑になるだろう」
「はい、順々承知しております。」
どうやら政府はこの件を隠蔽しようとしているのだろう。もしゴジラを使った、兵器が研究所から脱走したという失態が世界に知れ渡ったら、バイオ・アメリカは間違いなく孤立する。それを恐れてのことだろう。
「だが貴官にはチャンスをやる、手段は問わない、見つけ次第殺せ、あの脅威を生かしておくことは出来ない。良いか、これは命令だ。」
やはりか・・・―――宮木の勘は的中した。ようは隠蔽したとしてもバレるのは時間の問題、ならば作り出した脅威は早めに片付けなくてはいけない。
しかし宮木には二つの懸念があった。
それは、ゴジラの能力を持った奴を人間の力で殺せるのだろうか?
銃弾もましてや無反動砲にすら耐えた奴を・・・
奴一人を殺すのにどれだけの部下が犠牲になるのか?
しかし脅威を作り出した以上、他に選択肢は無かった。
そして宮木が危惧するもう一つの懸念、それは、奴が反乱自衛隊の手に渡ってしまったら・・・
その矛はこちらに向く、ならば何としても奴をいち早く殺さなければ。
「ハッ、必ずや仕留めます!!」
「それと言い忘れていたが、研究所から逃げ出したのはどうやら一体だけでは無いようだな」
そうである、この研究所から脱走したのは竜介だけでは無かった。それを聞いた宮木に緊張が走る。
「そのもう一体も殺せ」
一方、竜介が研究所を脱走してこの施設に保護されてからもう2週間が経過した。
竜介は今ではすっかりと施設の子供たちに懐かれている。
そんな中、竜介は百合実に呼ばれ、百合実が待っている施設の裏側にある庭に向かった。そこに両手に手袋を着けた百合実がいた。
「何の用だ?」
「ごめんね、突然呼び出したりして・・・」
そう一言謝罪を述べる百合実だが、少し様子がおかしい、何かもどもどしているというか、顔の表情はやけに暗く両者の間でしばらく沈黙が流れた。だが百合実は一瞬、覚悟を決めたかかのように顔を上げた。
「単刀直入に聞くけど、竜介は精神科学開発センターに所属していた?」
と質問した。
「精神科学開発センター?」
竜介はその聞いたことの無い施設の事を聞かれ困惑した。
(精神科学開発センターって何だ?私がその施設に所属?どういうことだ?)
「すまない、聞いたことが無い」
その問いを聞いた百合実は一瞬、落胆した表情になる。
「なっ、ならサエグサ姉さんは知ってる!?」
しかしすぐに表情を戻すと多少冷静さを失っているのか今度は少し声を上げて、
竜介に「サエグサ」という見知らぬ人物について質問された。
「すまない、知らないんだ」
「本当に知らないの!?」
百合実は何度も「サエグサ」について質問するが結局、竜介には分からなかった。
「そうか・・・ごめんしつこく質問して・・・」
百合実の言う「サエグサ」とは一体?こんなにも聞いてくるとは百合実にとっては大切な人なのかもしれない。
記憶を失った竜介には過去の事も思い出せない、自分が何者なのかも知らない。
唯一、記憶にあるとしても研究所で実験体にされ左腕が怪獣と化してしまった事と研究所から脱出するときにそれを邪魔する敵を殺戮した事だけだった。
それも現在からたった2週間前の過去に過ぎない。
だが竜介には一つ疑問に思うことがあった。
「精神科学開発センターって何だ?」
その質問に百合実は一瞬表情を強張らせながらもその施設について話した。
「私が昔、幼い頃に所属して場所なんだ。小さい頃から私は変わっていて、例えば・・・」
すると百合実は右手に着けていた手袋を外す、すると右手の甲から焼き付く様に刻みこまれた米印に似た紋章が浮き上がったのだ。
そして、竜介の前で見せ付けるかのように施設の壁に立てかけていたシャベルの方に紋章が付いた右腕を伸ばす、すると触れていないのにも関わらず立てかけていたシャベルが倒れる。それだけではない、何と倒れたシャベルがそのまま地面を這うかのように動きこちらに近づいたのだ。
いや、性格には百合実が近づけたのかもしれない。
そのままシャベルは百合実の足元で止まった。
その光景を見た竜介は信じられなかった。
「今のは一体!?」
「私は三歳の頃からこの力を持っていて、それが原因で母親からも気味が悪いと言われたの、でも父親の紹介で精神科学開発センターに所属する事になったの。」
その後、精神科学開発センターについて百合実は全て話した。
どうやらその研究機関は、超能力などを研究している機関らしく、生まれつき能力を持った子供たちが多数養成または訓練されている場所らしい。
百合実もその施設に所属していた。
「開発センターでの日々は楽しかった、何故なら誰にも気味が悪いと言われなかったから、でも・・・・」
すると百合実の表情が曇る。
「怪獣の襲来が頻繁になって精神科学開発センターも無事ではすまされなかったの、私の母親も私が養成されていた時に怪獣に殺された」
多分怪獣大戦の事だろう、全世界で怪獣が出現が多発、瞬く間に都市などは蹂躙され数多くの犠牲者を出した。
日本も勿論例外では無かった。多分のその犠牲者の中に百合実の母親がいるのだろう。
「怪獣大戦が終わっても暫くして今度は軍服を着た兵士が来たの、最初は子供たちの保護と言っていたけど・・・」
百合実の表情はさらに暗くなり、竜介は話の結末を察した。そしてそれは決して良い結末なんかでは無いということも。
すると百合実は突然地面に倒れたと思うと四つんばいになってもう一方の手で口を覆った。そして何度も嗚咽を漏らす。
その百合実の表情からは恐怖が感じたが、その瞳からは怒りと憎しみ憎悪にこもっていた。
そして嗚咽を漏らしながらも百合実は話し続けた。
それはまるで懺悔するかのようだった。
「連れて行かれたのは研究所の施設だった・・・するとその兵士達は私と一緒にいた子供たちを無理やり・・・」
「よせ!!」
すると竜介は四つんばいになって苦しんでる百合実を優しく抱いた。右手を百合実の肩に優しく添えるとその肩は小刻みに震えていた。
そこから研究所で何があったか、そしてどんだけの恐怖と痛みを感じて来たかを物語っている。
すると竜介はその肩をポンポンと優しく叩く。
「すまない、思い出させてしまって、もうこれ以上は言わなくていいから・・・」
そう百合実に優しく呟くように言うと、百合実は竜介の胸に顔をべったり付けるとそのまま百合実は両腕を竜介の背中に掴んだ。
そして暫くの間、竜介は無言で嗚咽を漏らす百合実を優しく抱擁した。
これが竜介に出来る唯一の恩返しでもあるからだ、もし百合実と出会わなければ竜介はここに辿り着くことはなかっただろう。
「クソっ!やはりか・・・」
一方の真臘は焦っていた、神奈川県の反乱自衛隊との通信が途絶えたため、念のために第二日本軍の通信を傍受した所、遂に反乱自衛隊が抵抗を続けていた神奈川県が陥落した事を知ったのだ。
戦況はますます悪化していた、反乱自衛隊の残る拠点は東京のみとなり、その陥落も時間の問題だろう。
さらには次の東京に対しての第二日本軍による総攻撃は3日後。アメリカ亡命政府からの物資などの支援すら絶望的状況となっている。
さらに真臘が恐れた事は、このままではいずれこちらからの通信などを辿ってここが特定される。そうなればここの子供達はどうなるか真臘には想像がついていた。
時間は残り僅か。真臘はこの危機的な状況を打開する方法を考えるが妙案が出てこない。
あったとしてもこの施設を捨て、違うところに移す事、だがここにいる子供は30人以上いる、それもまだ幼い子が大半占めていた。移動は困難だろう。一瞬、傭兵である元米兵が頭に過ぎるが子供を預ける事に信頼は出来ない。
だが真臘は一つ思い浮かぶ事があった。
それは竜介の存在だった。
竜介は真臘に呼ばれて部屋に向かった、そしてその呼ばれた部屋に入ると真臘はいた。
「突然の呼び出しで悪いな、」
続く
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