第10話 クラッカーボール
「びっくりしたか?」
磯崎翔太に続いて、東岸連合二番隊の隊員だと思われる少年たちが、大吾のもとへ歩いてきた。
東岸連合のメンツは、クセのある者が多いと大吾は思っているが、二番隊はその中でも特異なものだった。
染めた髪や、やたら大きいサイズのボンタンといったいわゆるヤンキーの格好はしていない。どこにでもいる、Gパンによくわからない英語のロゴのTシャツを着た中学生のガキだった。不良集団というよりは、ただの中二病の集まりに見える。
隊員たちの移動手段は自転車らしく、公園の隅に置かれていた。大吾は、無免許運転という犯罪行為をしたくないからバイクには乗らず自転車だが。二番隊の隊員は、自転車で移動することを恥じてはいないようだ。
言われなければ、不良グループの構成員だとはわからないだろう。
大吾は面食らった。集会意外で磯崎や二番隊とまともに話すのは初めてで、何を話せばいいかわからなかった。
「磯崎さん、何の音だったんすか! めっちゃビビったっすよ!」
ジャッカルが言った。どうやら翔太たちに助けられたと思っているらしく、強い大吾を見た時のように、目を輝かせている。
しかし翔太は、飄々とした表情のままだ。
「え、クラッカーボールやん。ダイゴロンは知らんの?」
翔太はポケットから、白い小さな袋を取り出した。『クラッカーボール』と書かれた袋で、中にはパチンコ玉ほどの、紫色の球体が何個も入っていた。
「僕、見たことないな」
大吾は正直に言った。昔も、現代でも見たことがないものだった。
「これ、めっちゃ大きい音出ておもろいんや」
翔太は別のポケットからパチンコを取り出した。パチンコというのはY字型の、ゴム紐で小球を射出する装置で、スリングともいう。大人の遊戯のパチンコではない。
パチンコは大吾も見たことがあった。現代ではわからないが、昔は露天や駄菓子屋などで売っていた。
翔太はパチンコにクラッカーボールをはさみ、ゴムが引きちぎれるのではないかと思われるほど強く引いて、トイレの壁めがけて発射した。
着弾した瞬間、パアーン、という先ほど聞いた大きな破裂音がした。
クラッカーボールというのは、衝撃で破裂し、大きな音を出す玩具だったのだ。
「す、すごい。それで僕らを助けてくれたんだ」
「え? 助けたってどういうことや」
「えっ?」
「俺ら、近所で遊んでたらダイゴロン見かけて、脅かそうと思ってクラッカーボール撃っただけやで。ここの近くの神社でお祭りみたいなことやっててな、出店でパチンコとクラッカーボール買ってきたんや」
「そう、なの? なんでそんなもの買うの?」
「え? 出店あったらパチンコとクラッカーボール買うやろ、普通」
「ええ……」
「このパチンコ結構ええやつやねん。ゴムが強いし、BB弾が入っとる。これで300円は安いで。ええ買い物したわ」
翔太は無邪気な顔で、パチンコの柄の一番下の部分を取外して見せた。柄の中は空洞になっていて、BB弾が入っているのだ。大吾はパチンコで遊んだことがないので、こんな凝ったおもちゃだったのか、と少し関心した。
どうやら翔太は、特になんの目的もないが、大きな音を出して楽しむ、それだけの理由でパチンコとクラッカーボールを買ったようだ。
普通、というのは、磯崎の生まれ育った町内会では習慣になっているという事かもしれない。田舎ではそういった、子どもたちだけに脈々と受け継がれる文化のようなものが発生する。とはいえ大吾には経験がなかったので、磯崎が何を言っているのかわからなかった。
「それより助けたって何や? ここにはダイゴロンとジャッカルしかおらんやん」
「僕たち今、斎川中の古川とその取り巻きに囲まれそうだったんだよ。斎川中でいじめられている子を助けてたら、あいつらが因縁つけてきたんだ」
「そうだったん? なんも見えんかったわ」
大吾が確認すると、確かに、翔太がパチンコを撃ってきた方向からは、木が邪魔になって、古川たちの集団は見えないようだった。
大吾もジャッカルも、翔太が自分たちを助けてくれたのだと信じていたが、実際は、ただ翔太がふざけていただけだったのだ。
「ま、ええか! 帰ってPSOでもするわ」
翔太と二番隊の連中は、斎川中の古川という名を聞いても全く動じなかった。というか興味がなさそうだった。翔太が帰ると、二番隊の連中もついて行った。
公園には、大吾とジャッカルが残された。
「ダイゴロンさん……俺らどうします? 古川と言い合ったのやばいっすよね」
「うん……」
冷静に考えたら、ただ対峙しただけでなく、翔太がクラッカーボールという銃器と間違われるような飛び道具を使って撃退したのは、状況をかなりややこしくしたように思う。
この場は古川を撃退できたが、このことを根に持って、何か復讐されるかもしれない。
大吾とジャッカルだけでは、古川たちに勝てないだろう。
こういう時、大吾は、大人の視点であった。
「一度戻って、東岸連合のみんなと今後のことを相談するよ」
一人で解決できない課題に対して、一人であがいても無駄である。
足りない力は、誰かに助けてもらうしかない。
報告、連絡、相談。いわゆるホウレンソウだ。
これしかなかった。
「あー、そうっすよね、それがいいっすね」
ジャッカルは、人生経験の差があって、その重要性はわかっていないようだったが、大吾の言うことには従った。
こうして二人は、斎川公園を離れた。
労災で死んだので異世界チート無双できると思っていたら、絶対に戻りたくない暗黒の中学時代にタイムリープしてしまった 瀬々良木 清 @seseragipure
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