最終回 本当の刑事

 神原浄の肉体に乗り移った水口老人が言った。

「……知らない方がいい場所だ」

 窪田シゲオの末路がこれから始まる。

「かれは決して根っからの悪人ではなかったが、善人ではなかった。この世の人間が死んで、それをすべて天国地獄へ割り振るのは難しいというものだ。幸いにも宇宙は広く、次元はあまりある。窪田には、他にふさわしい場所もあるってことだ……。かれが幸せに過ごせる場所ではないだろうが」

「これで終わりだろう?」

 すべての重荷を取り払って、自由になった神原が言った。

 水口は頷いた。

「霊喰いは死んだ。きみの放った火は、怪物の死体に燃え広がった。今まであの怪物が飲み込んだ魂のすべては解き放たれた」

「サカガミはどうなります?」

「怪物の死体を調べるものが現れるだろう」

「つまり?」

「社長が死んで、工場が不気味な怪物を作り出していたスキャンダルが発覚する。生き残った葉月刑事と高倉警官が、怒りのままにそれらをすべて暴露するだろう。この町の資金源は激減して、住民の多くが立ち去り、過疎化が戻る。……だが、やがて平和は訪れるだろう。誰かが、新しい産業を考えつくさ。善人が町を取り戻す」

「そう都合良くいきますかね」

「信じなきゃね」

「あの触手の目玉は?」

「土砂に埋まった。町の癌は息絶えたよ」

「……あんたの思い通りになったのかな?」

 水口老人は笑顔を見せて頷いた。

「次は、どこへ導いてくれるんです?」

「そんな必要はないようだ。どこに行くのか自分で決められるようだよ」

 水口が天を指さした。

 神原浄が空を見上げると、光があった。

 空を覆うかのように巨大な光のアーチがあった。すうっと神原の体が宙に浮き、吸い寄せられるかのように光に向かう。

 台風一過の青空。

 空はこんなに青かったのか――と思わせた。まるで宇宙まで透けるようだ。

 虹が美しかった。

 自分の死を受け入れた者が向かう場所だ――ぼんやりと神原は思った。確かに、窪田の行く場所ではないようだ。神原のみが導かれていた。

 神原は天国や地獄を信じていなかったし、頭上の光はそういった場所へ導くものには思えなかった。もっと遠くへ行くようだ。

 よく見ると、周りには似たような人間たちが浮かんでいた。ちょうどこの町で息を引き取った者たちだった。あの配水トンネルで触手に囚われていた住民たちも解放されていた。

 ヤンキーの少年の霊、ユズルが見えた。

 ユズルも神原に気づき、手を振った。

 何人かの向こうに、佐々木の姿があった。水口老人に導かれて、及川好美と引き合わされたようだ。佐々木は少女を抱きかかえ、幸せそうな表情だった。神原が、学生時代に敬愛した自信あふれる笑顔だった。佐々木も神原を発見し、微笑んだ。ありがとうと言ったのが分かった。

 好美も合わせて幸せそうな笑顔を見せてくれた。ルウちゃんという金髪の人形さえ一緒だった。天国があるとすれば、天国には何でもあるということだろうか。

 ……良かった、と神原は思った。

 神原は笑って、「おれも行くか」といった感じで上空の光のアーチに向かった。

 素晴らしい輝きがあるのに、眩しくない。

 神原は、あの向こうには今までいた場所とは違う何かがあるように感じていた。生まれ変わるのか、それとも違う世界があるのか。胸のうちにわくわくするような期待感が生まれ、今までに感じたすべての不安とわだかまりが嘘のように消え去るのを感じた。

 あの向こうには何があるのか、見たい。

 辿り着くときには、何かが変化するのだろうか。

 それとも、何かに変化するのだろうか。

 もしかして、もう自分自身ではなく別の何かに生まれ変わってしまうのだろうか……。輪廻なんて考えは信じないが、このまま消えてしまうのではなさそうだった。何かに生まれ変わるのか。

 全く何も無くなってしまうのではなさそうだ。

 神原は、それも悪くないと思った。おれの物語は、ふさわしい幕が下りたのだ。町を彷徨う霊に成り下がることは避けられた。故郷に対して、まんざらでもないマシなことも出来た。冷たかった兄貴たちも、たまにはおれのことを思い出してくれるかも知れない……。

 生まれ変わったらまた刑事になるか、と神原浄は思った。

 本当の刑事に。

                                 <終わり>


 いままで読んでくださった読者の方々、ありがとうございました。(作者より)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

霊喰いレヴィ 佐藤陽斗 @hirotosatou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ