秘密のピュアブラックサイレントLOVE

玉瀬 羽依

秘密のピュアブラックサイレントLOVE

 ”初恋“


 それは、甘くて切なくて、青春の香りがするもの。



 ずっと、そう思っていた。

 ――――最近までは。

 だけど、今、七森ななもり咲妃さきは誰にも言えない、ブラックコーヒーのような初恋をしている。




「おはよっ。ねぇ、昨日の投稿、見たっ!?」

「見たみたっ! やばいよね!! ついに映画デビューでしょ」

 夏休みが間近に迫っている朝の教室。

 女子中学生たちの悲鳴に近い声が響き渡っていた。

 咲妃は、一人静かに窓側にある自分の席につく。

 学校に来れば、テレビを見ていなくても最新のニュースが勝手に耳に入ってくる。――――主に芸能ニュースばっかりだけど。

「咲妃、おはよ!」

「あ、みっちゃん! おはよ」

 肩を叩かれ、振り返ると親友の美千留みちるが目を輝かせていた。

「ね、聞いて! 彼氏が、今度海に連れて行ってくれることになったの!」

「へぇ、例の高校生彼氏さん?」

「そうそう! めっちゃ楽しみっ」

 素直に全身で喜びを表す美千留。

 そんな彼女が少し羨ましい。

 咲妃には不思議と輝いて見えた。

「咲妃は? 夏休み、どっか行くの?」

「うーん。暑いの苦手だから、家にいるかなぁ」

「えー、勿体ない! どっか一緒に出かけない? 映画とかさ」

「んー、みっちゃんとなら、出かけようかな」

「よし! じゃあ、テスト終わりにのやつ、観に行こっ」

 予期せぬ美千留の言葉に心臓がドクンと跳ねる。

 実は、今朝から女子の間で噂になっている人物。

 その名前に秘かに反応してしまう。

 だが、タイミングを読んだかのように始業の鐘が鳴り、咲妃はほっとする。自分の席へ戻っていく、美千留の高く結ってある長い髪が軽やかに揺れる後ろ姿を見つめながら、小さく息を吐く。

 未だに親友である彼女にも言えていないことがあった。

 それは――――、“あらたくん”こと神城かみじょうあらたは、咲妃のだということ。

 彼は高校生モデルとして活躍していて、最近人気上昇中でついに今度は映画にも出ることが決まったらしい。

 新の母親と咲妃の母親は、大の仲良し姉妹で休みになるとよく家族ぐるみで会っている。

 周りは新の仮面に騙されていると常々、咲妃は思う。彼は、「優しく気遣い上手なジェントルマンで、ストイックな人」というで人気がある。

 それを聞いた時は、自分の耳を疑ってしまった。

 あので超がつくドSが、優しくてジェントルマン?

 いやいや、ないないっ。絶対にありえない。

 みんな、目を覚まして欲しいと切に思う。

 その一方で、彼を取られてしまったような、何だか寂しいような、自分でも上手く説明できない気持ちになる時があるのだ。



 *******


「よぉ、チビ咲妃。何の用だよ? まさか、俺に会いたくなっちゃった?」

「……。お母さんにお遣い頼まれたの」

「ほぉ。チビも一人でお遣い出来るようになったんだな?」

 学校帰りに例のの家に立ち寄ると運悪く、張本人と遭遇してしまった。

 頭上で片肘を乗せられて、身動きがとれなくなる。

「相変わらず、ちっせ」

が無駄にデカくなったんでしょっ?」

 下から睨み付けるように見上げるが、新はどこ吹く風だ。

 昔は咲妃の方が背が高く、女の子みたいに線が細かったのに、気付けばこっちが見上げる程の身長差になり、どんどん男らしい体格になっていて会う度にドキドキさせられる。

 新が不思議そうに見下ろす。

「で? お遣いってなんだよ」

「……これ。おばさんに渡してって。というか、おばさんは?」

「今、買い物に行ってる。――――上がっていくか?」

 ドキリとする。

 急にさっきより少しだけ、ほんの少しだけ優しい声色になった気がする。心なしか表情も和らいでいるように見えた。

「し、仕事は?」

「今、テスト前だから減らしてもらってる。……そういや、咲妃もそろそろだよな?」

「う、うん」

 顔を覗き込まれて、目を合わせることができなくなり、声が裏返る。バクバクと心臓の音がうるさい。

 今にも相手に聞こえてしまいそうで、落ち着かなくなる。

 いつからだろう。

 こんな風に彼のことを意識するようになってしまったのは――――。

「……数学とか教えてやろうか?」

「えっ」

 まるで心を見透かされたかのような言葉に驚き、思わず固まってしまう。

「な、なんだよ。そんなに驚かなくてもいいだろ。小学生の時も教えてやってたんだし」

「いや、あれはいつもうちのお母さんが無理矢理……。そもそもあっくんから誘うの、珍しくない?」

「い、嫌なら、別にいいぞ。無理にとは言わない!」

 新は逃げるように背を向け、リビングの方へ足早と向かった。

 心なしか耳が赤くなっているように見えたけど、気のせいだろうか。

 不思議に思いつつも小学生の頃が懐かしくなった。


『あっくんー、ここ分かんないっ』

『んだよ! こんな簡単な問題も解けねぇのかよ、バカ咲妃』

『バカでいいもーん。あっくんの説明の方が先生より分かりやすいし、あっくんと一緒にいれる時間が増えるし!』

『なっ!? お、お前は……!』

 顔を真っ赤にしながらも丁寧に説明してくれた彼。

 勉強が全くできなかった咲妃は、咲妃の母の頼みでよく新に宿題を教えてもらっていたのが、最近のように思い出せる。

 当時小学六年生だった新は、クラスでも頭が良くて運動もできて、他の同年代の男の子たちよりも大人っぽい雰囲気があった。

 咲妃にとっては、自慢のお兄ちゃんみたいな存在だったが、当然周りの女の子たちがそんな才色兼備な彼を放っておく訳がなかった。

 バレンタインにはいつも大量のチョコを持って帰って来ていた。食べきれなくて、よく咲妃も分けてもらっていたこともある。

 そんなある日、たまたま新が同じクラスの女の子と二人で一緒に帰っているのを見かけた。

 今でも覚えている。

 その時に見た、新の相手を大切に思っているのが伝わる優しい眼差し。

 その眼差しは咲妃には向けられたことのない、初めて見る表情かおだった。

 何故か急にモヤモヤとした気持ちになり、胸が苦しくなった。上手く説明できない突然の感情に咲妃自身も困惑して、それ以上彼らの姿を視界に入れてはいけないと思い、二人とは反対方向に走り出した。

 後になって、その時のモヤモヤの気持ちが”焼きもち“だったのだと少女漫画を読んで知ったのだった。


「……き。おい、咲妃! お茶、でいいか?」

「へっ!? あ、う、うん」

 新の声で我に返る。リビングには、コーヒーの芳ばしい香りが漂っていた。

 カウンターには二つのマグカップが並んでいて、片方は新の愛用マグカップで、どうやら香りの元はそこからのようだ。

「あっくんって、コーヒー飲めるの?」

「まあな。ガキ咲妃とは違って、俺は大人だからなっ」

「いやいや、そんなに歳変わらないし」

 つい、いつもの癖で突っ込みをいれてしまう。

 だんだん昔のような距離感に戻ってきた気がする。

 台所で準備をしている新の背中を何とはなしに見つめ、ぽっと心に炎が灯った。


 ――――そうだ。新を意識するようになったのは、あの優しい眼差しを見たときだ。

 自分にだけ、向けてほしい。

 そう強く恋願うようになってしまってから、彼との距離が変わってしまった。

 普段の意地悪な彼とは打って変わり、優しく相手を大切に想っていることが一目見ただけで分かる、あの眼差しに目を奪われた。


 生まれて初めての“恋”をしたのだ。


 けれど、すぐにその灯りはすっと消えていく。


 誰にも、本人にさえも言うことのできない、この想い。

 決して実ることのない、まるで苦味のあるブラックコーヒーのような、ちょっぴり大人な恋――――。

 それは、自分の中だけの


 誰にも言えない代わりに、今、この時間だけは一人占めしてもいい……よね?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秘密のピュアブラックサイレントLOVE 玉瀬 羽依 @mayrin0120

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ