後編
「あの!」
「へ?」
ダダダダッ、とかけてきた帽子を被った男の子に、何なにナニなに何?! と身構えれば、「きみ、この前、助けてくれた子だよね?!」と聞き覚えのある声が、彼から聞こえる。
「知り合い?」
不審者か? といわんばかりの顔の
「その楽器のケースについてるぬいぐるみ、間違いない! 絶対にそう!」
「え、あー……」
近くにきて、そう言った彼にはやっぱり、見覚え、聞き覚えがある。
「あの時の」と返しかけた瞬間。
「あっ?!」
彩良が一瞬おどろいた声をあげたあと、バッと自分で自分の口を手で塞いでいる。
落ちるんじゃないかと思うほど、目一杯に見開いた目が、私と彼を忙しなく交互に見やる。
そんな彩良の様子に、何かを察したらしい彼が、「あー……」と言って、少しだけ赤くなった頬を、カリ、とかいた。
「この前、本当にありがとう。本当に助かりました」
「あ、いえいえ。あのあとは大丈夫でしたか?」
「うん。もう大丈夫。完全復帰! 本当に助かった。ありがとうございました」
「いえいえいえいえ」
改まって御礼をいう彼に、困ったときはお互い様です、と告げれば、かいとさんは笑う。
「あの、御礼がしたいんだけどさ。って言っても……もう食べちゃってるか……。シェイクとかいる?」
「あ、いえ、大丈夫です」
「え、あ、じゃあ……えっと……あ、そうだ」
私たちのテーブルの横に立ったままのかいとさんが、「ちょっと待ってて」と言って、レジ近くに立っていたスーツのひとのところへ走り寄る。
二言三言、なにかを話したかと思えば、スーツのひとから何かを受け取ったかいとさんが、また駆け足でこちらへと戻ってくる。
「これ、もし興味があったら来てみて。今週末のイベントのチケットだからさ」
「え」
「まだ駆け出しだから、出番も少ないんだけどさ」
「あ、ええと」
「あ、じゃあ、ごめん。行かなきゃ。興味なかったら捨ててもいいから!」
ポン、と私の手のひらに押し付けるかのように細長い紙を2枚、置いていった彼は、嵐のように、去って行く。
「
「……へい」
ぽかんとしたままだった私の名前を、彩良が呼ぶ。
「強めの供給は止めてほしいわ……」
「ごめんて……」
あの日、声をかけた高校生は、どうやら親友がいま最も推したい新人声優グループのうちのひとり、で確定、だったようだ。
「で? 行くの? それ」
「どうしよ」
「行くなら連れてって。てか連れてけ」
「いや、行くなら彩良としか行かないけど、っていうか、彩良、ほっぺた真っ赤だよ」
「いやだって推しと同じグループよ?! 突然がすぎるでしょ。興奮もするでしょ?!」
「え、あ、うんー?」
がくがくぶんぶん、と私の手を掴んで彩良が振り回す。
一体この細い手のどこにそんな力があるのやら。
そんなことを思いつつ、もらったチケットをちらりと眺める。
「…………推しじゃ、ないんだけどなぁ」
「優愛?」
ぱたり、とテーブルに顔を突っ伏して、小さく呟く。
―― 良い声してた。
低音好きな私の真逆なタイプなのに、あの声が耳に、残っている。
ふと、チケットの裏に何かが書いてあるのに気がついて、ぺらり、とチケットをひっくり返す。
そこに書いてあったのは ――
「なにも、関係者用じゃなくても良かったのではないかと、思うのですが……」
「えー、でもこんなところ一生来れないかも知れないじゃん?」
「まぁ、そうだけどさあ」
イベント会場の一角。
出番終わりに、控室に繋がる通路に来てほしいとメッセージを関係者パスとともに伝えられ、言われたとおりに
その様子に、彩良は感動しっぱなしだし、私は私でなんだか落ち着かないし、とそわそわしていたら、むこうから彼ともうひとりがこっちに向かって歩いてくる。
「え、ちょ、待っ。待って待って待って、優愛。やばい、どうしよう。なんでピンポイント?! なんで?!」
「あ、本当だ。彩良の推しがいる」
「うわ、死ぬ無理」
「生きろ」
慌てて髪を整えた彩良に、「大丈夫、可愛いよ」と告げれば、本当?と彩良が不安げに聞き返す。
そんな彼女にもう一度、大丈夫、と答えた直後、「こんな所にごめんね」と少し離れたところから声がかかる。
「あ、いえ」
その声に視線を動かしながら言えば、かいとさんが彩良の推しに肩を組まれながら苦笑いを浮かべている。
「えと……あ、ご招待いただきありがとうございました。えと……お疲れ様でした」
「すごい良かったです……! すごかったです……!!」
ぺこり、と興奮する彩良とともに御礼を伝えれば、「あ、いや。こっちこそありがとう」とかいとさんが笑う。
「オレからも言わせて〜。かいとのこと助けてくれてありがとう〜」
「い、いえ……!!」
にこぉ、と屈託のない笑顔を浮かべていう彩良の推しに、彩良がヒュッ、と小さく息を吸う。
そんな彩良に、相変わらずだなぁ、とぼんやりと考えていれば、ふと、見られている気がして、視線の先を追う。
―― ええと……?
すっごい見られている気がする。
困惑したまま、視線が合ってしまった彼に、へら、と笑えば、彼が大きく目を見開く。
そんな反応に首を傾げた私と彼を、親友の推しが楽しそうな表情で見比べて、口を開く。
「おやおやぁ? 恋が始まっちゃう感じー?」
「え?」
「は?!」
「始まっちゃってもいいけど、かいと、秘密にしなきゃダメかもだよー?」
「な、
「だってー、かいちゃん、見てみなよー。どう見てもこの子たち現役高校生でしょー? かいちゃん、大学生なんだから、年の差問題発生するじゃーん」
「だっ」
大学生?!
同い年はなくても、1つか2つ上だと思ってました?! 童顔か?!
思っていたよりも年上だったことに驚きを隠せずにいれば、「言わなかったっけ?」ときょとん顔をした彩良が言う。
「聞いてないよ?!」
ひそ、と小声で抗議すれば、「ごめんて」と彩良は笑う。
そんな私たちの会話を、「あの……!!」とかいとさんの声が止める。
「え、あ、はいっ」
思わずピシッ、と姿勢を正した私に、「あ、そんな畏まらないでクダサイ……」と何故か語尾をカタコトにしながらかいとさんが言葉を続ける。
「あの、えと……れ、連絡先、聞いてもいいですか!!」
「っ?!」
ぶんっ、と頭をさげなからスマホをこっちに差し出すかいとさんに、驚きで言葉が出ない。
―― 漫画や小説じゃあるまいし。
けれど、もう一度交わった視線に、囚われた気分になる。
私は主人公じゃないんだが。
そんな言葉しか出てこない私に、おにーさんがたたみかける。
「もし良ければ、お友達から……なんて」
「え……?!」
ちらり、と私を見上げた頬は、あの日みた頬とは真逆の赤に染まっていて。
「あ」
―― 耳まで真っ赤。
その赤色に、秘密のなにかが始まる予感が、したような、気がした。
あなたは推しじゃないですが 〜秘密の恋、はじまります……? 〜 渚乃雫 @Shizuku_N
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