0053 戦闘終了させるまでの60分(熾烈な八人の役目編)


「牙ネズミが、増えてる……!?」


 十桜がつぶやいた。

 そのとき、分身の視界が三つ同時にアップになった。


 それは角度が違うだけで、

 どれも同じ地下のボウリング場を映していた。


 全8レーンあるそこのガラス戸は

 すでに粉々に破壊されていて、

 至るところに牙ネズミが走り回っていた。


 そのなかで目を見張ったのは、

 投げたボールがリフトで戻ってきてストックされる台だ。

 その、ボールが戻ってくる用の穴から

 牙ネズミが何匹も出てきていた。

 まるで、そこから出動しているかのように。


(あれ……こいつら……)

 

 なにより、ソイツらの大きさには違和感があった。

 その体躯は、平均よりも小さめで子ネズミに見えたのだ。

 しかも、その子ネズミたちはどんどん大きくなっていった。

 ヤツラは急激な成長をしていたのだ。 


(……これは、マジか……!?)


 牙ネズミ亜種のステータスを思い出す。


 ・

 ・

 ・

『繁殖力が高い』

 ・

 ・

 ・


(……もう産んでるのかッ!?)


 そうとしか考えられなかった。


 三人の分身は、ひとまず全部の穴をボールで塞いだ。

 その間に分身の応援が五人来て、

 そして八人でボウリングをはじめた。

 ピンはセットされてはいないし、

 皆、だいたいヘタクソだった。

 だが、

 ピンが吸い込まれるはずのあの隙間から、

 驚いた牙ネズミがざっと千匹以上飛び出してきたのだ。

 

 そのレーンを駆ける何匹かの尻から、

 子ネズミが数匹転がり落ちていた。

 ソイツらはなんと、

 走りながらのエクストリーム出産をしていたのだ。

 

 そこに、機動隊の《ソードマスター》と

《大魔道士》が応援にかけつけ、

 ボウリング場殲滅戦が開始された――


   ◇


 同時刻、四階廊下の様子。


 みずたまくんにキャノン砲をカマしたキメラは、

 ロープでグルグル巻きにされていた。


 青石の《捕縄とりなわ結界》にかかったのだ。


 こうなるまでにいくつかの苛烈な攻防があった。


 ヤツは、エントランスから応援にきた、

 機動隊の大魔道士と綺羅々さまの魔法によって窮地に立った。

 いままで一番HPが減ったのだ。

 だが、

 咆哮を上げて怒りをあらわにすると、

 EXスキルを二つも発動させたのだ。


 まずは、《超回復オーラガード》で回復と

 物理防御・魔法耐性を上昇。

 その後すぐに《怒髪突進ラッシュ》で

 二人の騎士のガードを削って粉砕。

 そして、騎士たちの後衛にいた大魔道士を撃破。

 騎士の一人はかろうじて助かったのだが、 

 ヤツは一気に二人の冒険者を『戦闘不能』状態にしたのだ。

 

 それからヤツは、攻撃スキル使用後に硬直したのだが、

 その間に仕掛けられた攻撃は有効打にならなかった。

 硬直とステータス上昇がほぼ同時に切れたヤツは、

 次に綺羅々さまを標的にした。


 甚五を吹き飛ばし、

 玉井とタンクトップの人の攻撃をしのぎ、

 綺羅々さまに迫った。

 なのだが、

 組子細工のように

 廊下の壁に張り巡らされたロープに絡まったのだ。

 絡まったロープは、

 生き物のように動いて6キメラをグルグル巻きにした。


 そして、大きなミノムシが廊下に転がったのだ。


 そこにタンクトップの人と

 玉井もキメラに近づいてくる。

 残った騎士は回復をしつつよろよろと移動してくる。

 皆、追い打ちをかける気だろう。 

 

 しかし、


 青白い眼には、

 拘束されたモンスターの次の手が視えていた。 


 EXスキル『鬼獅子乱舞、暴』


「止まってッ! 凶暴なスキルを使ってきますッ!!」


 十桜は叫び、三人を止めた。

 

 だったのだが、


「自分ッ! よう遊んでくれたやんけえエェ――ッ!!」


 復活した甚五が騎士を踏み台にして、

 跳躍からの攻撃スキルを放ってきた。


 そのときには、

 モンスターを縛るグルグル巻きのロープは

 ズタズタに斬り裂かれていた。

 キメラの二本角と、腕と足の爪がグンと伸びたのだ。

 ヤツは寝転がったままで首と手足を暴れさせ、

 轟音をあげて凶暴な駄々っ子状態になっていた。


 ――ゴゴオオオォォォォォォォ


 振り回される角と爪は光を放つ。

 弓なりに落下する甚五は、

 対人ミキサーの上に落ちてこようとしていたのだ。


 そのとき、


 ――バァチィ――ッッ


 甚五の身体は見えないバットに打ち返えされたかのように、

 玉井とタンクトップと騎士たちのあたまを飛び越え、

 天井にぶつかって床に軽石のようにバウンドしていった。


「……なんでまたこんなんなるんヤァ~~……!!」


 綺羅々さまの衝撃波魔法が飛んだのだ。

 

「まぁったく脳みそドテカボチャなんだからぁ~」 


 甘ぁ~い声がつぶやく。


 その綺羅々さまにヤツの蹴りが伸びた。

 ソイツは、

 ぐちゃぐちゃに動きながら一瞬で立ちあがっていたのだ。

 しかし、

 ロングベアクローのような蹴りは二体の十桜が止めた。

 分身たちは彼女の盾になったのだ。


 二体は両腕のガードのうえから

 身体をひしゃげさせながら消え、

 彼女の身柄は別の分身が引き離していた。

 床にいたみずたまくんはみんなに蹴飛ばされ、

 壁の牙ネズミを吹き飛ばしながら端っこにころがった。


 攻撃をスカったキメラは止まらず、

 綺羅々さまを奪った十桜に跳び蹴りをカマす。


 分身はまた消える。


 そのときには、彼女はまた別の分身が引き取っていた。


 蹴りから着地したヤツの四肢を青石のロープが縛り、

 そこから伸びるロープの先を床に固定。  

 タンクトップ拳闘士の飛び蹴りスキル、

《飛龍剛脚》が決まり、

《地龍》上位騎士の剣技 《突撃》が刺さり、

 玉井のハンマースキル《雷槌イカズチ》が襲う。


 ヤツのHPはグーンと減る。

 しかし、そのHPは減ったそばからグングン回復してゆく。

 ヤツは、拘束からの三連コンボを受けたにも関わらず、

 痛がりもせずにロープを引きちぎってまた

 綺羅々さまに迫った。

 

 冒険者、機動隊員の猛者たちに囲まれ、

 それでも立ち続けるソイツの強さは

 コレらの特性によるものだった。


 一つは『オート回復・再生(大)』。

 これは【ヒーラーフロッグ】の能力だ。

 ダンジョンの奥に生息するレア・モンスター。

 こいつは、

 カエルの天敵であるヘビ系モンスターに丸呑みされても、

 その腹の中で生き続ける。


 ヘビの強力な消化液に溶かされながら、

 自信を回復・再生し続けて未消化状態で生き残る。

 すると、

 ヘビは長時間経っても

 腹の中のモノを消化しきれないストレスで、

 せっかく捕まえたカエルを吐き出してしまうのだ。

 ヤツは、このヒーラーフロッグの

 回復再生能力で苛烈な攻撃をしのいでいた。


 そして、

 もう一つは【アーマーオーガ】の能力、

『スーパーアーマー』。

 これは、相手の攻撃を受けても、

 のけ反ったりせずにすぐに反撃ができてしまうという能力だ。

 この特性は、

 自身の攻撃モーションも潰されず邪魔をされないので、

 一対多の集団戦にも有効だった。

 

 これに、

 5キメラにもあった

【マツカサウオ】の薄黄色い鱗のアーマーをまとい、

 煙幕のなかを見透す【砂塵フクロウ】の目と、

【サーベルモンキー】の爪強化能力と体捌きに、

【怒髪ライオン】の凶暴さと

 俊敏さという6つの能力を併せ持っていた。


 そんな化物が、綺羅々さまを執拗に追って爪を伸ばしていた。 

 こいつにとって、やはり彼女の呪文は脅威なのだ。

                                  

 残った十桜たちは綺羅々さまを連れて階段を降りた。

加速装置アクセラレータ》を使っての逃避は一瞬の出来事だった。

 その一瞬に、分身がどんどんヤられていった。


 そして、二階まで降りて、

 北と南の宿泊棟を繋ぐ空中廊下までに

 十桜一人と綺羅々さまだけになった。


 タンクトップの人や玉井たちは

 まだ階段を降りている最中だ。


 窮地のなか、すぐ横の、

 六階にまで渡るガラスの壁面は夕焼けをうつしていた。


 エントランスホールの吹き抜けを見渡せる廊下の真ん中で、

 一人になった十桜は綺羅々さまをかばって消えた。

 彼女とともに駆けた分身はいなくなってしまった。 


 分身が消えていく間、

 綺羅々さまは呪文を詠唱していた。

 その瞳は闘志に燃えている。

 眼前のキメラに手のひらをかざし、

 その手がほのかに輝き、空気が揺れた。


 ――ヒュオオオオオォォォォォォォオオオオオ


 それは、


 スーパーアーマーが受け止められないほどの風だった。


 アーマーオーガの能力は衝撃なら吸収する。

 しかし、

 廊下の床に固定されているわけではないヤツの身体は、

 体重以上の風力をもった気流にながされれば、

 その身体は、簡単に吹き飛ぶ。


 キメラの爪は、

 彼女の額にまであともう少しで触れるところで遠のいた。

 

 青白い眼に、

 夕日を反射する薄黄色の背中が迫ってくるのが視える。

 遅れて階段を降りてきた十桜は、

 空中廊下のたもとで騎士剣を構えた――



 ――そこから遡ること十数分前。


 廊下での6キメラとの戦闘中、

 十桜は七体をそこに残して402号室にはいっていた。


 そこは、戦闘前に待機していた部屋だ。

 青白い眼は、壁を何枚か隔てたそこでずっとヤツを視ていた。

 廊下で牙ネズミを払いながらだと、

 どうしてもヤツに集中しきれないからだ。


 玉井がぶち抜いたドアは、

 床に落ちていたので回収して玄関に立て掛けた。

 空いてる隙間はアメニティのバスタオルや

 ベッドの布団で埋めた。

 これで牙ネズミの邪魔はなくなった。


 それでも時間はかかった。


 途中、アイテム分析役の十桜が部屋に入ってきて、

 バスルームで四苦八苦していた。

 顔は合わせなかったが、

 お互い大変だなあとは思った。

 ていうか、ドアちゃんと立て掛けろよォ!

 とも思った。

  

 それは置いといて、


 ヤツには6種もの生物が合成されているのだ。

 その中には、

 さっき倒した5キメラのものよりも、

 強力なモンスターが何種も入っていた。

 それに、どれだけ集中しても、

 いつまで経っても黄色いスポットしか視えなかった。

 十桜はハッとなった。

 ヤツはメチャクチャ強靭で強い。強者だ。


“そもそも、俺のナイフじゃ無理なんじゃね?”


 そう感じた十桜は、403号室の喜多嶋に魔法通信を送った。

 彼に、機動隊の強い剣を

 借りられないか聞いてほしいと頼んだのだ。 

 すると、

 立て掛け直したドアにトントンとノックがした。

 隙間を覗くと、

 愛らしいフクロウくんが重そうに騎士剣を運んできてくれた。


 剣を握りしめる。

 重い。

 それに自分に扱えるかはわからない。

 だが、6キメラを視詰める。


 すると、


(……これだァ――ッ!!)


 視えたのだ。


 とても薄い色だった。

 だが、たった一点。

 赤いソレだけが視えた。


 時間はかかった。

 しかし、化物と戦う皆のおかげで視切ることはできた。


 6キメラを視切った十桜は、ヤツとの戦闘に戻ろうとした。

 そのとき、

 綺羅々さまを護衛する十桜たちは、

 彼女を連れて逃げ出したのだ。


 そして、


 騎士剣を握る十桜は、空中廊下たもとまで

 綺羅々さまと6キメラを追ってきたのだ――



 ――ヤツに額まで迫られた綺羅々さまは風魔法を発動。

 あの、苛烈な攻撃にビクともしなかった化物が浮いた。


 玉井の投げ技でもそうだったが、

 ヤツの『スーパーアーマー』は持ち上げる攻撃には弱いのだ。


 その体躯は、

 十桜のところへ、アーチを描いて落ちてくる。


 中空から近づいてくるキラキラしたゴツい背中。

 腰辺り。

 背骨の位置のちょい左。

 そこから赤いスポットは伸びていた。


 ソイツの胸も背中も、心臓部分は隙間なく鱗で覆われている。

 しかし、腰のちょい上辺りは隙間ができていた。

 腰を曲げるための隙間が。


 そこに、小学生がカンチョウをするような鋭い角度で、

 剣を突きいれる。

 

 刃は鱗と鱗との間に分け入り、

 肋骨を一本へし折り、

 筋肉をズタズタに千切り、

 心の臓にズブリと刺ささると、

 コレを全て貫いた。

 

 キメラの体重が腕に身体に押しかかる。

 

 ヤツのHPを示すゲージは、

 八割あったライトグリーンから

 グーンと減って一気に赤くなる。


 同時に数字表記も0になり、

 ステータス表記は半透明になった。


 かと思えば、


 HPが1増えた。


 HPゲージも僅かにレッドを灯す。


 しかし、数字はすぐに0になり、また1に戻った。

 その後も0と1が交互に表示を切り替え続ける。


(……回復、再生……ッ!?)


 そう思ったときには、

 十桜の脇腹にヤツの爪が突き刺さっていた。


 あたまが真っ白になる。


 自身のHPは0になる。

 身体はなくなってしまったかのように力を失い、

 硬い背中の下敷きになって崩れた。

 

 ヤツのHPの点滅は消え、

 0で固定され、

 十桜の身体も霞のように消えた。

 6キメラ討伐を担った分身八人は、

 その役目を全うし終えた――


   ◇


 一方、同時刻。

 

 本体の十桜は、

 吹き抜けのエントランスホールで

【赤毛の牙ネズミ亜種】を追いかけていた。


 最初にエントランスに降りた分身が、

 この赤毛を見つけたのだ。

 そのときに、

 本体の十桜は六人の分身を連れて移動し、 

 6キメラとの戦闘に八人の分身を残した。


 この八人の自分が、

 無敵めいたモンスターを倒してくれたのだ。


(よくやった……)


 本体十桜は走りながら大きく息を吐くと、

 キララちゃん人形に手を置いた。 


《 ……綺羅々さん、無事ですか? 》

 

 いま十桜は、彼女と20メートルも離れていない

 目と鼻の先を走っているのだが、

 通信の方が肉声よりも聞こえはいいだろう。

 

《 どこ?

 ……十桜ちゃん、こんどデー……ひなたぼっこしない?

 公園でぇ…… 》 


 綺羅々がそういって応答をしたすぐあとに、

 空中廊下の彼女とちょうど目が合った。

 二階の高さの、

 色素の薄い大きな瞳とバチッと合ってしまった。

 その目を、すぐに標的にもどす。


《 え? あ……はい…… 》


 十桜はぼそっと思念を送り返すと、

 ちゃんとまじめに【赤毛】を追った。 


 

 0053 戦闘終了させるまでの60分(熾烈な八人の役目編)






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ダンジョンがある日常 ~通勤時間5分以内の労働条件掲げていたら家から30秒のところにダンジョンができてしまった~ 上野乃桜木 @sakuragiginnzasyoten

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