0052 戦闘終了させるまでの60分(増殖する敵味方編)


 決して広くはない廊下に七十七人の三日月十桜がいた。


 いや、厳密にいえば、

 本体一人と七十六人の分身三日月十桜ということになる。


 シックスキメラを突破した

 五人目の分身がチートアイテム《煙幕筒》を凝視。

 六人目はキメラの方に向いて構える。


 アイテム情報は更新され、

 その映像は本体十桜の視界に、

 半透明のウインドウとして現れる。

 

 右斜め上に表示されたそれを注視すると、

 窓枠は拡大された。


『トラップ解除方法……』


(来たッ!!)


 と思った瞬間、映像は途切れ、視界がひらける。


 分身が二人同時に撃破されたのだ。

 

 6キメラの肉弾攻撃スキル、

《ハイパードロップキック》が炸裂、 

 ガードする六人目を貫通して五人目まで届いていた。


 しかし、


(もう視えている)


《煙幕筒》を視透す眼は、二十個に増えていた。

 そのうちの半分が無くなった頃には、

 爆弾トラップの解除方法が更新されていたのだ。


 分身の一人が《煙幕筒》を持って逃げ出し、

 走りながら筒の底を外す。

 中に仕込まれた、

 薄っすらと輝く『爆破の宝玉』が顔を出す。

 その玉に《息吹アルモニー》を流し込むと、

 拡張現実のように暗号入力ステータス表示が現れる。

 

(……85699471)


 そこに、すでに視えていた八桁の番号を入力。

 すると、シューというかすかな音がにじみ、

 薄い光は静かにおさまった。

 こうなれば、

 チート・アイテムに現れた赤いスポットを

 ナイフで串刺しにするだけだった。


 ――ザッ


 そして、邪魔な煙幕は消え去った。


「煙幕の処理は終わりました!

 綺羅々さん、攻撃参加お願いしますッ!」

「OK~! 十桜やるね~ッ!

 さすがあたしの見込んだ男だ~ね~♪」


 綺羅々さまが歓喜の声をあげた。

 そして彼女は、

 さっそく呪文を攻撃に切り替えた。


「《……燃え上がれ……》

 十桜を消すんじゃないよッ!

 《上位のファイアボール》」

 

 妖艶な呪文の声と、

 よくわからに怒りとが乗った火球が

 甚五のケツをかすめて6キメラに炸裂ッ!!


「アチチチッ何しまんねんッ綺羅々さまァァ~~ッ!!」


 それが合図だったかのように、

 七十体の分身三日月十桜は所々に散った。


 いまいる四階の廊下の端々はもちろん、

 各階の廊下に一階のエントランスホール。

 それと、

 ホールからつながるボーリング場などの各種施設へと。


《 いまスキルで作った俺の分身をたくさんばらまきました!

  こいつで牙ネズミを叩きつつ、“赤毛”を探しますッ! 》

 

 十桜は思念通信によって皆に報告と宣言をした。


 無限分身によるネズミ退治がはじまったのだ。


 それはいいのだが、

《無限分身》といってもそれは理論的なことでしかない。

 実際は分身を増やせば増やすほど、

 その数に応じて『APアルミモニー・ポイント』が消費される。


 なので、一度に増やせる分身には限りがあった。

 それに、《ダンジョン・エクスプローラー》をはじめ、

 各スキルの使用にもAPを消費する。


 だけではなく、裏ステータスの行動体力も消費するのだ。

 いまの十桜は、電子レンジとエアコンの同時使用状態だった。

 簡単にブレイカーが落ちてしまう。


 なのだが、


「……青石さん、AP回復薬お願いします!」

「はい……」 


 バンディット青石菫のサブクラスは《薬師くすし》だ。

 様々な薬草の調合を冒険者スキルで行い、

 特殊な薬草を作り出す。


 これを使用することで、

 HP・MP・APをはじめ、

 様々なステータスの回復を可能にする。


『すみません……

 ……私、昼間体調がよくなくて……お役に立てませんでした』

 

 薬草の粉をふりかけてもらっている最中、

 牙ネズミを切り飛ばしながら彼女の言葉を思い出していた。


 彼女はあまり体が丈夫な方ではないのだろう。

 だから、このスキルを身に付けたのかもしれない。


「……三日月さん……

 しばらくの間、

 HP・MP・APと、

 行動体力が回復し続けるお薬をつかいました」


 彼女はそう言っている間も、ノールックでロープを操り、

 襲いくる三匹の牙ネズミを

 ぐるんと巻いて掴んで壁にぶん投げていた。

 その、キリッとしつつもかわいい瞳は十桜を見つめている。

 それは、いままでにない自信を感じさせる眼差しだった。


「……あと、精神消耗も抑えられます」

「そんな、高価なものを……?」

「はい……三日月さん、大人数なので、お腹がすきますよね」

「お腹……大人数……?」

「じょうだんです……」

「あ、ははっ……冗談いうんですね~」

「……はずかしいです……」

「うれしいです。チームになった感じがして」

「……はい……チーム……です……」


 彼女の顔はほのかに赤くなっていた。

 それでも、

 ロープはノールックでモンスターたちを蹴散らしつづける。

 十桜のほうも、彼女のかわいい仕草に見とれたまま、

 両手のナイフは別人が操っているかのようにキラめいていた。


 ちょっとした少女漫画のスクリントーンが

 背景に舞いそうな空気。


 一方、足元の床には、

 小さな悪魔たちの躯が重なっていった。


 それは置いといて、


 APが回復した十桜は、分身をさらに三十七人増やした。

 その内の十六人をエントランスにまわした。


 他方、エントランスホールの分身三日月十桜たちは、


 まず、玄関の扉やガラス張りの壁面を重点的に攻めていた。

 ヤツラはガラスを割って表に出ようとしていたのだ。

 その体躯の割に巨大で鋭い前歯は、

 分厚いガラスにヒビをはいらせていた。


 牙ネズミたちを絶対に外に出させてはいけない。


 こいつらを外界で繁殖させれば、街は大混乱になる。

 しかし、それだけでは済まないだろう。

 こいつらがそのまま増え続ければ、

 日本中が牙ネズミで溢れ返るのだ。


 そうなれば、国は終わる。


 この牙ネズミ亜種を、

“最強のモンスター”と呼ぶことは何も間違っちゃいないのだ。


 大げさかもしれないが、十桜はそう考えていた。


 だから、ヤツらの外界脱出だけは、

 絶対に阻止しなければならない。


 青白く光る眼には、

 そのネズミたちの恐ろしい行動の多くが視えていた。


 本体の十桜と彼ら分身たちはその視界を共有していたのだ。

 複数のパソコンモニターに囲まれているような感覚。

 または、複眼を持つ昆虫になったような気分だろうか。


 自身のメインモニターは大きい。

 あとは小さなサブモニターが無数にある。

 十桜の興味が引かれるものが映ると、

 サブは逐一移動し大きさを変えるのだ。

 そして大事な情報は、

 メインモニターにウインドウとして置くこともできる。

 

 こうして、十桜は合計百八の視界を

 利用しているのだが混乱はない。


 十桜自身にはよくわからないが、

 なんだかうまく情報処理がされているのだ。

 その仕事をしているのは助手の助手たちだった。


 ステータスにある、

《ダンジョン・エクスプローラー》表示横に扉がひらき、

 そこからネコ顔の助手の小さいバージョンが十匹出てきた。


 彼らはみな、

 ねじり鉢巻にぐるぐるメガネで電卓を叩いていたのだ。

 いや、その中に一匹だけそろばんをはじくやつがいる。

 こだわりを感じる。


 また、疑問だったのは、

 これだけの黒い塊どもの情報を溜め込んでいて、

 自身の脳みそは大丈夫なのか?

 熱持って煙が立たないのか?

 ということだ。


 それが、なんと大丈夫だった。


 十桜の目の前、そのはしっこには、

 拡張現実のように浮いているみずたまくんがいる。

 牙ネズミ亜種の個別情報が更新されるたびに、

 この子が大きくなっていったのだ。


 そして、


『たまたま~』


 増えた。

 なんと、謎の生物みずたまくんが分裂して二玉に増えたのだ。

 

『たまたま~』

『たまたま~』


 うれしそうにハモっていた。

 電卓・そろばんはじく助手の助手たちの周りを

 ぴょんぴょん跳ねまわっている。

 かと思えば、この子らはさらに大きくなり、そして分裂。


 最終的には、


「たまたま~」


 具現化した。


 十桜の周囲に、スライムのようにそいつが現れたのだ。

 ちゃんと触れる。

 ぷにぷにしていて心地いい。

 そのときも、ちゃんと牙ネズミは打ちのめす。

 また触る。

 ぷにぷにしてる……

 これは、なんというか……


(……外付けハードディスク……)


 なのだろう。

 

 おそらく、みずたまくんは、

 十桜にとっての

 大容量記憶装置てきな役割を担っているのだろう。 


 牙ネズミを切り裂きつつそんなことを思っていると、

 エントランスホールの端っこに

 赤毛モヒカンの牙ネズミを見つけた。

 

 すぐさま、

 八人をその場に残して七人の十桜が一階に向かう。


 廊下のみずたまくんは緊張感なく、

 襲いくる牙ネズミをぽよんっと跳ね除けていた

 いまだ四方八方から飛んでくるソイツらを掻っ捌いては、

 スライムのようなその子をさわる。

 自分へのご褒美のように撫でる。


 すぐ目の前で、

 6キメラに氷結呪文をカマしている綺羅々さまさえ、

 この子をチラ見していた。

 彼女にもあとでさわらしてあげよう。


(あっ……)


 いま、青石と目があった。

 彼女にうなずく。

 すると、彼女はノールックでモンスターを捌きなら、

 おそるおそるみずたまくんにふれた。


 ぷるんとゆれる。


 そのぷるんとした子を目掛けて、

 キャノン砲のように金棒が飛んできた。


 ――パンッ


 そして、

 みずたまくんは破裂するかのように周囲に飛び散った。


「キャッ……!!」

 

(ウソだろォ――ッ!?)

(なんで……!?)


 かと思えば……

 その子は……


「たまたま~」  

「たまたま~」

「たまたま~」

「たまたま~」

「たまたま~」


 野球のボールや、

 ビー玉大のみずたまくんに分裂して跳び跳ねたり、

 宙に浮いていた。

 

「無敵ッ……!!」


 その大小のみんなが集まって合体したとき、

 6キメラが甚五を吹き飛ばし、

 十桜を睨みながら迫ってきていた。


 他方、二十三の味方が増えたエントランス組は、 

 赤毛を追う十二と、

 その他、

 とにかくガラスを割ろうとしているヤツラを

 やっつける組とに分かれていた。

 

 しかし、


 困ったのは、そのエントランスホールの巨大さだ。

 ここは六階部分までが吹き抜けになっている。

 そのため、

 天井近くまであるガラス壁面上部を突つくネズミを潰すため、

 耐震補強用の鉄パイプジャングルジムと

 格闘しなければならなかった。

 分身の十桜たちは、足場の細い高所に緊張していた。  


 多くの十桜たちのあたまに、

 妹とのやり取りが再生される―― 


『おい……はなせ』

『いや……このままぎゅっとして……」

『……お兄ちゃんはもう落っこちたりしないから』

『ほんと?」

『ほんとうだよ……もう、タワマンなんて登らないよ』

『うん……』


 ――もちろん、タワーマンションほどではないが、

 高いは高い。

 

 そんななか、

 

 第十一機動隊がエントランスで暴れていたキメラを仕留めた。

 これで、十二人の《地龍》がフリーになった。

 彼らの魔術士系たちは風魔法などをうまくつかい、

 高いところの牙ネズミを床に落としていった。

 これでネズミ退治が有利になる。

 魔法円から召喚は、喜多嶋たちが抑えてくれているため、

 403号室からの増援はほとんどないだろう。


 そのはずなのだ。


 だが、


「……増えてるッ……!!」


 黒い塊どもは、エントランスを埋め尽くそうとしていた。



 0052 戦闘終了させるまでの60分(増殖する敵味方編)






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