0051 戦闘終了させるまでの60分(加速する無限分身編)


 距離さえ近づければ、壁は関係ないのだ。

 

 しかし、


(クッソ……届かない……!!)

 

 バスルームの壁は冷たい。

 これでもかと角っこに顔を密着させても、

 スキル範囲10メートル以内にブツが入らない。

 バスタブに伏して

 頂点の角っこに顔をめりこませても同じだ。


(顔がつぶれる……!!)


 こうなれば、戦線を上げるしかない。


《 甚五さんッ玉井さんッ、

 キメラを3メートル後退させることはできますか!? 》


 十桜は魔法通信を送ると、

《わかりました! 必ずやり遂げますッ!!》

 と玉井はやる気満々で頼みを快諾してくれた。

 一方、甚五は《面倒やの~》と渋り、

 綺羅々さまが《甚五ォ、殺すよ!》と叱ると、

《わかったんじゃ~》と快諾。


 そして、十桜は廊下に出ると、

《地龍》の騎士たちにも頼みを伝えて

 承諾してもらい、

 タンクトップの人にも頼みを伝えた。


「ヌンチャクの方ァ、

 ぼくの援護をお願いできますかァァ!?」


 彼も“キララちゃんバッジ”をつけてはいないので

 声を張る。すると、

 タンクトップのおじさんは、

 振り向くと同時に敵を弾き、こちらを向いた。


「わたしィ――!?」

「そうですッ!!」 


 返事をする彼はその動きを止めず、

 ノールックでネズミ共を粉砕しつつ

 十桜の目をジッと視てくる。


「……煙幕を発するアイテムを分析するので、

 それまでの護衛をッ!!」

「ハイッッ!! わかりました――ッ!!

 あなたァ、凄みのあるまなこをしてますなぁ――!!

 ハイ――ッ! ハイッハイッヤァァ――ッ!!」


 ブラックタンクトップ・ヌンチャクカンフーおじさんは、

 襲いくる牙ネズミ共を華麗にさばきつつ、

 十桜の護衛を引き受けてくれた。


 ここからチート・アイテムに近づく。

加速装置アクセラレータ》は使わない。

 ヤツとの決戦のときまで取っておく。


 地龍の騎士は《挑発》スキルを使い、

 6キメラの意識を引き付けつつ後退。

 甚五は低い姿勢でヤツの脚を狙い、

 玉井はヤツの上半身にハンマーを叩き込む。

 十桜とタンクトップおじさんは

 ネズミを露払いして前衛に着いてゆく。

 一進一退でジリジリと前線を押し上げてゆく。


(よしッ!!)


 3メートル行かずとも《煙幕筒》の反応が視えた。

 余裕を持たせるためにあと1メートル進む。

 その頃には、この《煙幕筒》の異様さが視えていた。


『トラップ:――』


(トラップ……!? ただのチートじゃないのかッ!?)


「皆さん、《煙幕筒》にトラップがありますッ!

 触れないでください!

 あとッ、移動はここまででッ!!」


 十桜はすぐさま声を張った。

 そのまま進んでもよかったが、

 トラップ付きの《煙幕筒》に近づくことになるし、

 後退する騎士たちのダメージが大きかったからだ。 


 すると、甚五以外が立ち止まった。


 次の瞬間、


 6キメラが跳躍した。


 甚五と玉井の頭上を越えるソイツと目が合った。

 スローモーションで十桜に影が落ちる。

 だが、すでに回避動作はしていた。

 しかし、


(速ッ……!!)


 ヤツは、

 自然落下よりも不自然に勢いのある速度で落ちてくる。

 やられる、と思ったときには、

 十桜の体は斜め前からの衝撃で吹き飛んでいた。


「ウォッ――」


 壁にぶつかり、床に転げながらも、


加速装置アクセラレータッ」


 スキルを使い、倒れた場から瞬時に後退する。

 その眼に映るのは、


 黒いタンクトップから露出する筋肉を

 朱に染める男の姿。

 彼は、ヌンチャクの鎖だけで

 6キメラの両足スタンプ攻撃を受け止めていた。 

 タンクトップの人が十桜をかばってくれたのだ。

 彼の肉体は淡い朱に染まり、

 さっきよりもデカく見える。


「十桜ォ! 大丈夫かい!?」

「三日月さんッ……」


 十桜は、

 綺羅々さまと青石のところまで下がっていた。

 青石は十桜のロングTシャツの前裾から

 胸元に煎じた薬草を塗り込む。

 こそばゆいが体がスーっと楽になる。


 前線では、

 オーガのごときキメラが、

 ガードに使われた鎖から跳躍。

 高速でかかとを落とす。

 が、紙一重で避けたタンクトップの人は、

 着地したキメラの首に、胸に、みぞおちにと

 連打をかます。その刹那、


 キメラの右ストレート。と、同時に右後ろ蹴り。

 パンチはタンクトップの人を狙い、

 蹴りは背後から接近していた甚五への迎撃だった。

 タンクトップの人はこれもスレスレで避け、

 避けながら回転ヌンチャクの一撃。

 一方、甚五は蹴りを顔面に喰らってしまう。


 なのだが、


 その脚を、甚五のゴツい腕がガッチリと掴んでいた。

 彼は鼻血を垂らしてニィっと笑う。

 そこに迫る赤い影。


「ハアアアアアアァァ――――ッ」


 燃えるような髪をなびかせた玉井紅だった。


 玉井は引きずるように運んできたハンマーを、

 低空から、


(うわあッ)


 キメラの股に打ち付け、

 そのまま一本背負いするかのようにすくって投げた。


 ――ズッッ


 十桜たちとは逆の方向へ、

 ヤツは、5,6メートル宙を飛び、

 背中から床にベタッと落ちた。

 なかなかの勢いで投げられたのだが、

 その体躯は床に弾むことはない。

 このキメラは、

 衝撃を吸収する鎧をまとっているのだ。

 しかし、持ち上げれば浮くらしい。


 すかさず騎士たちがヤツに迫る。


《 甚五さん、騎士の回復をッ! 》


 十桜は通信で甚五に指示するも、

 彼は《 あん程度で男が回復なんかせんやろ! 》

 と、謎の意地っ張りを見せるが、

 綺羅々さまが《 いいから盟主リーダーに従いなッ! 》

 と一括して、騎士たちを回復。


 元気になった彼らの攻撃は何回かは当たるものの、

 ブレイクダンスのように立ち上がるキメラに反撃を受ける。

 そして、ヤツは、目の色を変えて玉井に向かった。


 その前に、タンクトップの人と甚五が立ちはだかる。

 ヘイトは十桜から玉井に移ったのだ。

 ヤツは、投げられたことがかなりしゃくに触ったらしい。


 しかも、


(金的だったもんなあ……)


 思い出すだけで股がキュッとなる。

 それは置いといて、

 十桜は加速装置を切り、

 ゆっくりと動いて《煙幕筒》を青白い眼の範囲に捉えた。


 目の前で“ライオンヘッド・オーガ”ってあだ名が付きそうな

 シックスキメラとタンクトップの人たちが激闘を繰り広げている。


 その中で、十桜は、

 “襲いくる牙ネズミ共と戦うことを頑張ってる人”

 になることに徹した。

《煙幕筒》のある左側の壁に体を向けるようにし、

 目立つ青白い眼は、

 キメラの視線を遮るようにして二刀のナイフを構える。

 十桜は、敵からみて取るに足らないモブになりきり、

 その”眼”で問題のチート・アイテムを視詰めたのだ。


 その結果……


(こッれは……)


『トラップ:爆発(中)』


(“中”ってどれくらいなの……!?)


 “大”の爆発なら、“大爆発”だろうが、

 中爆発は想像がつかない。

 しかし、危険なのは間違いないのだ。

 ホテル客の避難は、この四階全部と

 403号室の上下階にある部屋でしか行われていない。

 これは、ホテル側の要望によるものだろう。

 牙ネズミも、爆発物も想定外のことなのだ。


 十桜は通信を使い、

 キララちゃんバッジのみんなにこのことを伝える。

 そして、

 甚五から冒険者たちに爆発のことを伝えるように

 頼み、甚五渋り、綺羅々喝し、

 

(めんどくせえ……)


「煙幕筒の罠は爆発っちゅう話やッ!

 気ぃつけえ皆の衆ッ!!」


 甚五は声を張った。

『トラップ:爆発』のことは皆に伝わったが、

 まだ、罠の解き方がわからない。

 

(どうする……!?)


 前衛の戦闘では、徐々に戦線が押されてきていた。

 

(何をすればいい……!?)


 チート・アイテムにもっと近づく必要がある。

 モノを間近で見れば、罠解除の《視透し》も早くなる。

 そのためには、ヤツを突破しなければならない。


(何かないか……?)


 突破率を上げる何か――


 十桜は、自分の持つ全スキルを数え、

 次に、リュックの中のモノを思い出そうとした。


 その瞬間に、


(忘れてたァ――ッ!!)


 大事なモノを思い出したのだ。


 十桜は、飛びかかってくるヤツらから伸びる

 赤いスポットを連続で切り裂き、

 リュックのなかの小さな巾着を出した。

 そこから取り出したモノは、

 青く透きとおる大きなビー玉。

 それは、そういう外観をしている。


 この青いたまは、

 おとといの無限分裂増殖スライムから

 ドロップしたアイテムだ。

 名前は《無限分身》。

 その名の通りの“スキル”を覚え、使用することのできる代物。

 しかし、“スキル”の使用回数は一回。一度きりだ。

 アイテム自体も一度だけ使用可能な消費アイテム。


 十桜は、このアイテムを

 一生つかうことはないと思っていた。

 ソレを使うつもりはないが、

 お守りのように持ってきていたのだ。


 レア・アイテムを使えば、クエストクリアは楽なのだが、

 使わなくともなんとかクリアーできるだろう。

 そう考えてしまう。

 それは、

 ゲームから生まれた言葉、

 “エリクサー症候群”のようなものかもしれない。

 

 だが、今こそコレをつかうときなのだ。


 無敵めいた6キメラに、超大群の牙ネズミ亜種。

 そして、悪意しかない爆発のトラップ。

 これでは手が足りない。

 手が足りないのなら増やせば良い。


「やるぞッ」


 十桜は際限なく襲いくる牙を蹴散らし、

 珠を握りしめ、《息吹アルモニー》をその手に込める。

 

 ――ドクンッ


 心臓が鳴った。

 体は熱を帯びる。


「三日月さん……えッ……?」 


 十桜の後方にいる青石は、ロープを操りながら

 こっちに気がつき目をまるくした。


「十桜ぉ……? えッ……? なんで……二人いるのぉ……?」


 綺羅々さまも、魔法を使う手をかざしながら

 大きな瞳を更に大きくしている。

 

「手をねぇ、こうしてあげてるだけで疲れるんだけどぉ……

 あたしぃ疲れてるのかしらぁ……あ、三人になったぁ……

 あたし、乱視かしらぁ……菫ちゃん、薬草で回復してぇ……」

「はい……」


 十桜の体はにわかに青く輝いていた。

 莉菜の《うさぎさんのじゅつ》のときよりも、

 すこしだけ水色がかっているだろうか。

 その状態で立つ十桜の隣に、同じ顔の十桜がいた。

 その反対の隣にも同じ顔の十桜がいた。

 いま、前にも増えた。

 と言ってる間に後ろにも「にゅおっ」と増えた。

 その様は、ボディシャンプーの

 モコモコの泡を引っ張るとそうなるように、

 体が分裂して二人、三人になったかのように見えただろう。


 十本のナイフはそれぞれに動き、

 四方八方から迫りくる牙ネズミ亜種の大群を切り裂いていた。

 そして、

 本体の周囲に十字に並んだ十桜たちは、皆、一点を視ていた。

 青白い眼に映る、6キメラ。

 オーガのようなライオンヘッドを。

 実際、ソイツはライオンの頭に二本の角を生やしている。

 

「――加速装置アクセラレータ


 中央に立つ十桜がつぶやいた。

 すると、


「――加速装置アクセラレータ……」 


「――加速装置アクセラレータ……」


「――加速装置アクセラレータ……」


「――加速装置アクセラレータ……」


 一人一人が異口同音、同じ音声でしゃべった。   

 その次の瞬間には、

 分身四人が駆けていた。

 

 味方のアタッカーたちをかわしつつ、

 ナイフを構えてキメラに突撃。

 一人、二人と分身は殴られて消える。

 三体目はソイツの腕にナイフをヒットさせる。

 

 ――キンッ


 弾かれる音が響く。

 この十桜の分身は、

 ただの幻影ではなく質量の在る分身だったのだ。

 HP・防御力は低いが、本体に近い攻撃力があった。

 

 しかし、

 そのときには攻撃を当てた三人目も

 ぶち飛ばされて消えていた。


 だが、風は吹き抜けていた。


 戦闘をすり抜けた四人目の分身がチートアイテムに届く。


 その背中をミサイルのような金棒が貫通した。

 キメラの攻撃だった。


 手を伸ばした四人目は、背中の穴が広がるように消えてゆく。

 分身は霞んでなくなり、そこを風が吹き抜けた。

 五人目、六人目の十桜が駆けていたのだ。


 いや、


 十桜は七十七人に増えていた。



 0051 戦闘終了させるまでの60分(加速する無限分身編)

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