0050 戦闘終了させるまでの60分(霞の中の攻防編)


 牙ネズミがキメラを喰っている。


 ボーっとするあたまでソレを眺めていた。

 ステータスに『軽度放心』が付いているのだ。

 それでも、青白い眼にはソイツらの情報が視えていた。

 

【 牙ネズミ(亜種) 】

 Lv 20~30

 HP 35~70 MP 1~5 AP 35~55


 攻撃力 :28~56   防御力 :19~31

 ・

 ・

 ・

『食欲旺盛』 

『繁殖力が高い』



 ソイツは仲間のはずのモンスターを襲っていた。

 もちろん、十桜にも飛びかかってくる。

 それは、パーティー《ロウゼキ》の三人に対しても同じなのだ。


「イテェックソッ、ウワアアァァ――ッ!!」

「……っざッけんなァ!!

 オイ! 待てッ! イサジこれ止めろッ!!」

「イサジ止めろッ!! オイッイサジィ! 止めろッてェ!!」


 室内に悲鳴が響く。

 僧侶は自分を回復しながら部屋の外へ走っていった。

 魔術士も自分のローブを燃やしながらそれに続く。

 ネズミを召喚した騎士はどんな命令を下したのか。

 召喚主の騎士だけはネズミに襲われずあたふたしている。


(そうかッ命令だ……!!)


 十桜は、ハッとなった。

 ボーっとしたまま露払いをしていた身体を騎士に向けた。


 そのとき、


「グゴオオオオ――ッ グルウウゥオオォォォ……!!」


 キメラの大きな体躯が隣のベッドに倒れ込んだ。

 壁を蹴りながらジタバタし、再び口を大きく開けた。

 火球が飛ぶ。


「ウワッ!!」


 それは天井にぶつかり跳ね返り、

 騎士の上に落ちてきた。


《――跳躍》


 弾丸になって騎士を吹き飛ばす。

 彼はソファーに収まり、

 十桜は一回転して背中から壁に激突。

 火球は床を燃やし、ベッドシーツにも火を付けた。


(イデェ……)


 またかよッ!! と心の中で愚痴りつつ、

 手をついて床への直接落下を回避。

 起き上がり、

 ちょうどソファーにドッシリと腰をうずめる騎士の手を取る。 

 召喚札をそいつに握らせる。


 刹那、


 その手に痛みが走る。

 牙ネズミに手の甲を噛まれたのだ。

 かと思えば、

 次の瞬間、

 札を奪われた。

 別のネズミに。

 緩んだ握力の隙を突かれたのだ。

 

 その札を奪ったヤツは、壁を伝って窓の外に逃げた。

 ソイツは、頭から背中にかけて赤毛のモヒカンのようになっていた。

 一部のネズミたちも赤毛に続いて窓から出ていく。

 ソレを追うと、窓の下でキメラと機動隊員が戦っていた。

 さっき部屋から出ていった魔術士が札から召喚した一体だ。

 おそらく、窓から逃走しようとして揺動のために放ったのだろう。


 赤毛の姿は視えない。

 吹き抜けのロビーは黒いドットがどんどん増えていた。

 

(クソッ……ヤバイな……!!)


 なにからしたらいいのか、

 一瞬あたまが白くなる。

 そのあたまに、喜多嶋の声が響いた。


《 綺羅々さん、皆さん、

 ランクフォー以下の攻撃魔法の使用許可が下りました 》

《 よかった~、ていうかぁ~もうつかってたりしてぇ~ 》


 綺羅々さまはマイペースだ。


《 三日月さん、

 逃走をはかった”僧侶”と”魔術士”の二人は確保しました。

 ですが、召喚札は壊されて後でしたので、

 モンスターは暴走状態です。

 私たちの三人と地龍は403号室に踏み込みます 》

《 了解です 》


 十桜が返事をしたときには、

 機動隊員たちと喜多嶋は部屋に入るところだった。

 

「確保ッ!」


 403号室に残ったロウゼキの二人は機動隊の騎士たちに抑えられ、

 魔道士系は消火活動。

 喜多嶋は電撃魔法でキメラにトドメを刺し、

 その流れで魔法円から生まれる塊を凍死させていった。

 それに機動隊員たちも続く。

 喜多嶋探偵事務所の《高位僧侶》は十桜を回復。

 ステータス異常『軽度放心』は消えた。

 噛まれた手の傷も治った。


「……よかった……これで元気ですね」


 彼女は、十桜の額に手を当てがいほほ笑む。

 その額からほわっとしたものが体全体に伝わる。

 スキルや魔法は使っていないはずなのに、

 体がほわほわして心がふわふわする。

 いいにおい。

 その彼女は、喜多嶋と合流したときに

 紹介してもらった事務所員の一人だった。


「三日月さん、

 回復が必要になったらいつでも言ってくださいね」

「……は、い……」


 十桜は“放心”が治っているのにぼーっとしてしまった。


 彼女のしっとりとした声と胸元の大いなる母性に痺れ、

 そのほほ笑みを前にすると、

 赤ん坊に戻ってしまいそうになる。

 心臓がくすぐったい。


「……ありがとう、ございます……碧海あおみさん……」

「いいえ、がんばって事件を解決したいですね」


 そういってまたほほ笑む彼女に、

 さっき名刺をもらった。


『最近こっちに引っ越してきて、

 きのうはじめてつくってみたんですけど、

 最初の名刺、もらっていただけませんか?』


 ファースト名刺だった。

 そのときもぼーっとした。

  

 彼女の名前は碧海あおみ 紗結子さゆこさんといった。

 そこには名前以外に、得意料理 オムライスと記されていた。

 かわいい。

 十桜の大好物だ。

 そして、名刺は二枚あった。

 もう一枚は『ぽめちゃん』のだ。

 ぽめちゃんは寝ているので後で紹介すると言った。

 それは置いといて、

 名刺までいいにおいがしていた……


 この前の四人組女冒険者の僧侶といい……

 女性の僧侶というのは……


 十桜は自分の頬を両手でビンタした。

 のぼせている場合じゃない。

 赤いヤツを追わなければならない。


「喜多嶋さんッ!

 “赤毛の牙ネズミ”に召喚札を奪われました!

 アイツは意志を持ってるようですッ、

 皆さんに伝えてくださいッ!!」

「わかりましたッ!

 召喚札を奪い返しましょうッ!」

「はいッ……!」


 返事をして出口に向かう十桜は肩を落としていた。

 

 おそらく、召喚札を奪った“赤毛”の狙いは、

 ホテルから出て繁殖すること。

 召喚者に召喚を解除されれば、

 自分らは札に戻されてしまう。

 それを阻止するために札を奪い逃走したのだ。

 

 召喚モンスターは召喚者を攻撃できない。

 ゆえに、召喚者が札を握ってさえいれば、

 それを奪われることはなかった。


 十桜は後悔した。


 モンスター召喚を止められなかっただけではなく、

 その召喚後に、自分が札を握ってしまったのだ。

 そのために現状がある。


 しかし、それは後出しジャンケンでしかない。

 今は動くしないのだ。

 部屋から出た時、喜多嶋から通信が入った。


《 三日月さん、

 どうか、このまま走り続けてください 》

《 喜多嶋さん…… 》

《 お気をつけて 》


 喜多嶋との通信が切れると、また通信をつかった。

自身の即席 《冒険者同盟アライアンス》にも“赤毛”と召喚札のことを伝えつつ移動。

 そして、6シックスキメラから

 9メートル離れた地点についた。 

《ダンジョン・エクスプローラー》の範囲内だ。

 青白く光る眼はモンスターを捉えた。


「十桜ォ~あんたホント強いねェ~♪」

「三日月さん……ご無事で……」

「綺羅々さん、青石さん、サポートありがとうございます!!」


 この廊下の煙幕はやわらいでいた。

 綺羅々さまが風の魔法で煙を除去し続けていたのだ。

 魔法使用中の彼女を大群の牙から守るのは、

 結界の壁を作るかのように動く青石のローブだった。


 視界良好になった廊下の先では、

 冒険者・機動隊とシックスキメラの戦闘が続いていた。

 そこに、牙ネズミ亜種の大群が押し寄せて乱戦となっていた。

 キメラは甚五と機動隊の騎士系二人の挟み撃ちになっている。

 彼らは冒険者として相当な実力があるはずなのだが、

 キメラの方が押しているように見えた。


「オラァーッ!! 自分ッ! どんだけ体力あんねんッ!?」

「ハッ!! ハッ!! えいッ!! 数が、すごい……!!」

「ハイッハィッ、ハイッヤッ!! 最小限の動きで行こうッ」


 甚五は自身を自動回復しつつ、

 キメラとボカスカ殴り合い、

 その後方では、玉井とタンクトップのひとが

 甚五をカバーしてネズミを潰していた。

 

 玉井は燃えるような赤い髪と白いハンマーを振り回し、

 床、壁、天井も関係なく立体的にネズミを叩く。

 その戦う姿は未来のゲーセンのようだった。


 もう一方、


 タンクトップのひとはもうガスマスクをつけていない。

 その顔立ちは、若いおじさんといった感じだ。

 38歳に見える32歳くらいだろうか。

 汗を飛ばし、巧みなヌンチャク捌きで

 黒い大群をいでいた。

 その動きは、まるでアクション映画を

 LIVEでやっているかのように華麗で、

 つい、見惚れてしまいそうになるレベルのものだった。


(凄ッ……!! レベルが違う……!!)


 新宿広場での冒険者たちも迫力があったが、

《地龍》の騎士たちも含め、

 この場にいる冒険者たちには圧倒された。


 しかし、

 “冒険者大好き”を発動させている場合じゃない。


 6キメラの情報は更新され続け、

 各関節部など、

 少しずつ黄色いスポットが伸びてきた。

 しかし、それは使い古した鉛筆のように短く、

 とても貧弱なものだった。


(こいつ……!)


 十桜が、青白い眼の光を強めても、

 黄色が大きくはならない。

 今の状況ではヤツは倒せないようだ。

 青石のロープ攻撃の援護を受けつつ、

 キメラを視詰め続けた。 

 

(とっととキメラをヤろうとしたけど……)

 

 四分近く経っても殺傷可能点である

 赤いスポットが視えないのだ。


(ヤバいなあ……)

 

 ならば、先に煙幕をなんとかしたほうがいい。

 コレさえ無効化できれば、

 綺羅々さまも攻撃に参加できるのだ。 

 そして、6キメラを撃破できれば、

 この廊下の七人も“赤毛”探しができるようになる。

 

 そのアイテムの落ちている場所は、

 キメラとやりあう騎士たちの後方6メートル辺り。

 左の壁際。

 魔法の風に吹かれていても、

 そこだけ煙がもくもくと色濃く出続けている。

 これを壊せばいい。


 だが、十桜はイヤ~な感じがしていた。


(なんでにあるんだ……?)


 アイテムは《煙幕筒》だ。


 402号室の前で謎のホテルマンが使用し、

 そのあと、

 その地点から4、5メートルしか移動していない。


 ソレは、細いアルミ缶くらいの大きさで

 そんなに重いものじゃない。

 だから、強風が吹けば

 もっと遠くに吹き飛んでもいいものだろう。

 それとも、煙が出続けるチートアイテムだから、

 見た目よりも重量があり、

 吹き飛びことがなかったのだろうか。

 そういうことならばいい。

 だが、もしもソレ以外の理由があったとしら……


(視といた方がいいな……)

 

 しかし、


《煙幕筒》はスキルの範囲外。

 

 だが、


(行きたくねえ~……!!)


 まだ、キメラに近づくのは避けたい。


 だから、綺羅々さまがドア口で魔法を使う

 402号室に入り、

 バスルームのバスタブの中に立った……


 距離さえ近づければ、壁は関係ないのだ。



 0050 戦闘終了させるまでの60分(霞の中の攻防編)






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