0049 戦闘終了させるまでの60分(黒い塊の召喚編)
十桜は思い出した。
昼間、
新宿ダンジョン前広場での、
クラス《勇猛戦士》の姿を。
彼女は、赤い髪をバサッとやりながらハンマーを振り回していた。
いま、十桜の目の前にいる彼女こそが、そのときの“戦士”だった。
「私が、行きます!」
戦闘の騒音のなか、
玉井は決して大きくはないのによく通る声で言った。
かわいらしさはそのままに、その声には気高さとシリアスさが生まれていた。
彼女はレベル31なのだが、それよりももっとハイレベルな冒険者に感じる。
その彼女は、
煙幕で肉眼が塞がれる灰色の廊下に飛び出し、
ハンマーをモンスターにブチカマしている。
青白い眼にはそれが視えていた。
玉井は煙幕対応のスキルを持っていたのだ。
まるで、消防署所属の冒険者のように。
「甚五さん、玉井さんのサポートをしてください!」
「ワシ、その言葉を待ってたんやあ、なぁ~んも見えんからのう。身内殴ったら綺羅々さまにバツが悪いけんのう……」
しかし、依頼とあらば“誤爆もしかたなし”ってことなのか……!?
煙る廊下の様子見をしていた甚五も部屋を出た。
「十桜ぉ、あたしはぁ?」
「綺羅々さんぼくにスピードと防御をください!
そのあとはみんなのサポートを!」
「うふふ♪ いいわよぉ~♪」
「青石さんは、綺羅々さんとアタッカー二人のサポートをお願いします!
ですが、視界不良ですので、全滅しないように距離をとっての行動を!」
「わかりました……あの、三日月さんは?」
「ぼくは、準備ができ次第となりの403号室に突入します」
「がっばって、ください……私も、がんばります……」
「はい! おたがいに……!」
青石はドア口に立ち、
綺羅々の呪文詠唱中、
十桜は403号室のキメラを視詰めた。
その間に甚五の低いダミ声が響く。
「……な~んも見えへんのじゃァ~~!! オラァッ!!
ワシ、目ぇ見えへんの嫌いやんけェ!! ドラァッ!!
自分ッ、このオトシマエキッチリつけさしたるさかいなァ――ッ!! ゲホッ……」
彼は、とりあえず目を閉じて音を頼りに肉弾となっている様子。
その様は、《拳闘僧侶》というよりも《狂戦士》のようだった。
だが、廊下は戦闘するには不向きな幅なので、
甚五が前に出ると玉井は窮屈そうにハンマーを振るっていた。
十桜は、上半身がうっすらと黄色にひかり、
腕と下半身が青くひかると部屋を出た。
驚異となるものを取り除くためだ。
そのために出た廊下は、炎と煙幕の地獄のようなところだった。
403号室前の壁が燃えている。
その炎は、
隣の部屋で召喚された
ソイツはまだその場から動かず、火球を放ち続けている。
だが、ソイツは問題じゃない。
突然廊下に召喚された【
ライオンの顔で完全な二足歩行。
両手で金棒を振り回している。
ガタイは小さめで小回りがきく。
コイツは、煙幕のどさくさで機動隊の《高位僧侶》を潰していた。
このモンスターは脅威だ。
しかし、コイツもたいした問題には思えない。
十桜の“カン”は、
403号室でまだ使われていない召喚札、
二つの内の一つを何よりの驚異としていた。
騎士の枕元にあるソレは、
青白い眼で視詰めてもまだ何が出てくるかわからないのだ。
なのに、鳥肌が半端なく立っている。
姿勢を低くして、
ハンカチを口と鼻にあてる。
十桜は普段ハンカチなどもたない。
いまつかっているそれは、
リュックの中にあった昨日の弁当を包んでいたものだ。
それはそらのハンカチだった。
十桜はまた妹に救われたのだ。
――ボゴオォォォォォォォ――ッ
煙が光った。
目の前を火球が通り過ぎ、壁面に着弾したのだ。
それは403号室のドア口から放たれたものだった。
わずかだが、爆風と破片を身体に受ける。
顔が熱い。焦げ臭さが倍になる。
これは、飛弾トカゲの一種、【炎弾トカゲ】の能力。
(まずい……)
いまので、ベッドに横たわる騎士の『睡眠』表示がなくなった。
この騎士は物凄く図太いヤツで、
周囲が騒ぎ、最初の火球着弾でも起きなかったのだ。
それから二度目、三度目の轟音が鳴ると、
『深い睡眠』状態から『睡眠』状態に変化した。
だが、その『睡眠』表示もなくなってしまった。
そのとき、十桜めがけて飛来する影があった。
(ウワッ――!?)
高速で迫るソレは、
しかし、しゃがんでいる背中に激突する前には、
「ハイーッヤッ!!」
気合いの叫びとともに別の角度に吹きとんでいた。
その声はこごもった感じがした。
飛来物の方はまた盾だった。
ソレを蹴りで弾き、
十桜を守ってくれたそのひとは妙なカッコウをしていた。
(……タンク、トップ……)
タンクトップなのか、ランニングシャツなのか、
黒いソレと拳法着のズボンを着用。
そして手にはヌンチャクという、
機動隊員とも冒険者とも思えない装備のそのひとは、
ごわっとしたショートボブの髪型で、ガスマスクを着けていた。
彼は、十桜の肩にぽんと手を置き、
ギュッと握ると、
(ありがとうございます……!)
十桜は、青白い眼を403号室の
すると、その部屋に突入した者がいた。
いや、ソレはメカだった。
そいつは、小さなブルドーザーのように見えた。
《 喜多嶋さんッ! 》
煙でよく見えなかったが、
そいつは喜多嶋のドローン・カバドーザーだろう。
この前のときよりも小型だが、
ボディーの大きさを変えられるのかもしれない。
《 三日月さん、彼を楯代わりにしてください 》
《 ありがとうございます! 》
喜多嶋と思念通信でやり取りをしていると、
「なんだこのオモチャ!? ラジコンか!?」
「……イサジッ! 寝ぼけてんじゃねーッ!! 早くソレつかえッ!!」
403号室から怒声があがり、
――ドォゥ――ッ
轟音と赤い光がまたたいた。
爆風を受け、
それを合図にするかのように、
(――
エクストラ・スキルを発動。
ヤツの“火球”は、連射が効かない。
客室の細い廊下で砲台になってはいても、つけいるスキはあった。
そして、その時点で青白い眼は、
ヤツの情報の九割以上を視透していた。
この5キメラは、新宿広場で十桜とゴダイを襲ったヤツだ。
これはそのときの再戦だった。
十桜は403号室にはいると細い廊下をダッシュした。
キメラと対峙するカバドーザーの屋根を踏み台にして、
鱗をまとったライオンの背中に飛び乗り、
目の前に大口を開いて迫った大蛇を、
さらに跳んで
蛇皮の頭にナイフを突き立てた。
赤いスポットはソコに生えていたのだ。
蛇のHPは0になる。
このヘビ形の尻尾は、
ライオン部分とは別の、独立したHPを持っていたのだ。
そのままソイツを踏みつけ、
ライオンの背中を滑り降りながら、
その横腹を蹴る。
そして、
騎士の持つ、召喚札に向かって針のように《跳躍》。
寝ぼけ顔のソイツから札を奪い取る。
次の瞬間、
――ドゴンッ
十桜は頭から壁に激突。
枕元に首と肩から落ちてそのまま一回転。
ベッドの下に尻もちをつく。
いつものヘルメットはつけていない。
しかし、意識はある。
綺羅々さまの加護のお陰だろう。
奪った札を見る。
十桜は札の状態に目を見張った。
そのくしゃくしゃの札は、
その真ん中に描かれている歪んだ六芒星は、
すでにまばゆい光を放っていたのだ。
目線の少しうえ。
ベッド上から光の壁が生えていた。
《 みんな防御を固めてッ!!
これから何が起こるかわからない!! 》
思念通信で警戒を促す十桜の耳に、
――チューッ
かわいらしくも、おぞましい鳴き声が聞こえた。
ベッドの魔法円から出てきたのは、よく知った牙ネズミ。
しかし、体躯は小さく体毛は黒い。
「なんだこりゃ!?」
「ネズミじゃねーかッ!!」
「なんでオレのやつネズミなんだよぉ……ふあぁ~……」
「あの野郎ッ、最強のモンスターつってたのによォ!!」
《ロウゼキ》の四人が騒ぎ、
怒声とため息が聞こえるなか、
ソイツがまた一匹、二匹と魔法円から出てきた。
そのときには、
手元にある札の情報が更新されていた。
『 牙ネズミ亜種十万匹召喚 』
(……なんだッ……これッ……!!)
鳥肌の正体がわかったときには、
ベッド上に黒い塊が生まれていた。
《 牙ネズミ亜種が大量に召喚されましたッ!!
みんな気をつけてッ!! 防御を固めてッ!! 》
十桜は思念通信を皆に送る。
しかし、モンスターの具体的な数字は伏せた。
恐怖と混乱を煽るだけだからだ。
《 わかりましたッ!! 》玉井が応える。
《 了解です…… 》青石も続く。
《 なんやそりゃあ? 牙ネズミなんぞワシの……
ウおお――ッなんやコイツらァ――ッ!? 》甚五がうろたえる。
「……んだこりゃあァ!?」
「気持ちワリィ……!!」
「つーか、テメエら何なんだよォ、警察か!? ギルドかァ!?」
男たちはうろたえ、剣士は十桜を睨み、
キメラはこっちを向いてベッドに前足をかけていた。
だが、ソイツらは放っておく。
十桜は立ち上がり、襲ってくる牙ネズミを切り裂き、
ポケットのポーションを握りしめて回復。
その間にも次々と応答が来る。
《 十桜ちゃんも気をつけるんだよぉ 》綺羅々さまはマイペースだ。
《 これはマズイですねぇ……カバドーザー戻って…… 》喜多嶋がいった。
《 十桜く~ん応援いこうかぁ~~!? 》平太がいった。
《 お願いします! 子機に戦闘能力はッ!? 》
《 けっこうやれるよ~~! 》
《 お願いしますッ! 》
《 よォし! じゃあいってみるわよォ~~!
今月のぉジックリコッテリメカァァ~~~~!! 》
彼が意気揚々に歌うようにいったとき、
ライオンの開いた口が赤く煌々としていた。
しかし、
ソイツは火球を放つことなく、唸りをあげてのたうち回った。
黒い塊がソイツを襲っていたのだ。
0049 戦闘終了させるまでの60分(黒い塊の召喚編)
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