第1話の解答編
放課後、おれと馬場と大久保の三人は、四丁目歩道橋までやってきた。
数分おきに電車が行きかっている線路の向こうには、新宿ガーデンタワーがそびえ立ち、ガラスの外壁に午後の強い光を跳ね返している。
「なあ高田。なんで通報したか、そろそろ教えてくれよ」
馬場が懇願するような声を出す。
大久保も「撮り鉄のマナーが話題になることはあるけど、何も通報するほどじゃないんじゃないの?」と困惑気味だ。おそらく、大久保はこの場所で写真を撮影したことがあるのだろう。
「大久保。スマホもってたら、それでちょっと何枚か電車の写真を撮ってくれないか?」
「いいけど」
大久保は新宿方面から走ってきた山の手線の車両を撮影して、「こんな感じ?」と見せてくれた。なかなか上手に撮れている。
「サンキュー。ちなみに、馬場が登校してくる八時過ぎから、蕪木が登校してくる八時半前までの間で、ここを珍しい車両が走ったりするか?」
「八時前に踊り子の回送車両が通るくらいかな。以前は185系が走っていたけれど、今は走ってないし、車両自体は珍しくはないよ。平日の通勤時間帯だから、マニアが撮影したがるような編成は通らないんじゃないかな」
「だとしたら、どういうことだ?」
馬場が首を傾げたので、おれはひとつひとつ説明することにした。
「まず、馬場が見たカメラ男だが、スポーツカメラマンが使うような、大きなレンズをつけていたんだよな? だけど、ここは線路から数メートルしか離れていない。スマホレベルのレンズでも十分、車両が写せるんだ。多少の望遠レンズならわかるけど、何十倍もの超望遠レンズはここから電車を撮影するにはあまりにもオーバースペックだ」
「少しでも大きく写したいんじゃないの?」
「仮にそうだとしても、三脚を使ってないというのも気になる。スポーツのように、動きの速い被写体を追うためには三脚を使わないこともあるだろうけど、超望遠レンズだと多少の手元の動きでも写真がブレてしまうから、三脚撮影が基本だ。電車を撮影する場合は、あらかじめ撮影者が決めた構図の中に電車が入ってきた瞬間にシャッターを押すことが多い。旅行者なら荷物を増やさないためにあえて三脚を使わないこともあるけど、だったら毎日、この場所に撮影に来るというのも変な話だ。珍しい車両が走っているわけでもなさそうだったし、旅行者ならここよりも新宿や東京といったターミナル駅にいたほうが、いろんな車両を撮影できる」
「でも、あくまで一般論だろ? もしかしたらE231系の超絶マニアなのかもしれないぜ」
「通勤型車両の超絶マニアがいるのかどうか、おれにはわからないが、そうだとしてもおかしな点はまだある。それは時間帯だ」
「時間帯?」
「この歩道橋は線路の西側にある。ここから電車を撮影しようとしてカメラを構えるとどうなる?」
おれがいうと、大久保が「あっ」と短い声をあげた。
「逆光!」
「そう。ここからだと朝日にレンズを向けることになるから、朝は車両撮影をするのには条件が悪い。通勤型車両のマニアだとしても、他に条件のいい場所はいくらでもあるのに、こんな悪条件の場所にわざわざ通うか? ましてや、特別な車両の通過を待っていた訳でもない。でも毎日、同じ時間にここにいるってことは、毎回同じ目的でここにいたはず。馬場、電車以外に、このあたりを毎日同じ時間に通るものってなんだ?」
「毎日同じ時間に通る? 電車以外に……」
馬場はハッとした表情を浮かべていった。どうやら気づいたらしい。
あいつが毎朝、同じ人物とすれ違うことに。
「電車の乗客……通勤客か⁉」
「ああ。カメラ男は、電車撮影をカモフラージュに、その望遠レンズで、近くを通る通勤客や通学生の盗撮や監視をしていた可能性がある」
「……まさか、おれの今田美桜を盗撮してるのか⁉」
いつ今田美桜がお前のものになったんだ? っていうか、別人だ。
「カメラ男が、その人を狙ってるかは知らん。でも、少なくとも近隣でストーカー被害があったんだ。警察にとっては重要な捜査情報になりえるはずだろ」
おれたちは歩道橋を渡ると、そのまま高田馬場の駅前にある、レトロゲーム店にむかった。最近、二十年も昔のゲームで対戦するのにハマっているのだ。
この街には、いつもどこかに小さな謎が転がっている。
知ってか知らずか、馬場はそれを見つけてきては、おれにいうのだ。
「そういえばさ……」
歩きながらそういって振り返る馬場を見て、思わず口角が上がる。
この言葉こそが、馬場がおれに送り付ける謎解きの挑戦状なのだ。
そういうわけで、おれはいつもこいつと一緒にいる。
ちなみに、後日、地域防災メールに四丁目歩道橋付近で、盗撮行為を行っていた不審者が捕まったとお知らせがあった。
おれの連勝記録がひとつ更新された。
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