第5話 聖女になる


 私の腕を掴んでいた、もう一人の聖女の手がものすごく熱くなった。

 その熱で私の腕が焼けていく。


「熱い! 放して‼」


「自分の魂を燃やす攻撃魔法。

 魔王と一騎打ちの時しか使えないけど、習得したの。

 貴女だけ幸せになるなんて許せない」



 エイモスが私を助けようと剣を振り上げ、彼女を切り付けようとするのが見えた。


「エイモス、止めて!」


「どうして⁉」


「それだけはダメなの‼」



 私には攻撃魔法と浄化魔法が使える。

 たった1つだけの、私の聖女魔法。


「聖焔よ、聖女たる彼女の心を浄化せよ」



 聖焔が私と彼女を包んだ。

 すると私を掴んでいた手が熱くなくなった。

 彼女が驚きで手を離したのだ。



「なんなの、これは?」


「聖焔。あなたが欲しがる聖女の攻撃魔法よ」


「こんな……こんなひ弱なもののために私は必死になってたの?」


 彼女は脱力して座り込んでしまった。


 いやひ弱って、あなたを落ち着かせるためじゃん。

 本当は強い攻撃もできるし、すごく役に立つんだよ。

 今はしないけどさ。

 でも正気に返ってくれてよかった。



「ねえ、あなた帰るところあるの?」


「ないわ。いえ、教会が私を引き受けてくれるとは言ってるけど」


「そこまで送るわ」


「いらない。自分がないものを欲しがってたってわかるから」



 するとエイモスがため息をついた。

「だったらこの鉱山の乗合馬車口まで送ってやる」


 すると彼女の周りに風が取り巻いて、彼女ごとふもとの方へ向かって行った。


「風属性魔法。簡単だし、転移みたいに触れなくていい」

 そうニッコリする彼がかわいくて笑った。



 エイモスが私の手を取った。

「さっきの魔法の傷、無くなってる」


「あっ、ホントだ」


「キラ、もしかして治癒魔法使えるんじゃないの?

 あの聖女の炎を聖焔で上書きしてただろ?」


「そんな! まさか防御魔法も?」


「聖焔を薄く覆えば防御もできるかもしれない」


 嘘でしょ?

 ずっとないって文句いってたよ!



 エイモスは私の手を取ったまま、聞いてきた。


「ねぇ、どうしてあの聖女を殺すのを止めたの?」


 どうしよう……。

 エイモスの迷惑にならないだろうか?

 でも自分の気持ちに正直に生きたい。



「あのね、私はあなたに勇者や聖女を殺してほしくなかったの。

 あなたは前に、はぐれの勇者を返り討ちにしたって教えてくれたよね」


「うん」


「あのときのあなたは冷静を装っていたけど、本当は苦しんでいた。

 その勇者もまたひどい人間たちの被害者で、すごく辛い思いをしてあなたを襲ってきたから……。

 だってあなたは本当に優しいヒトなんだもの」


「……」


「あなたは私のことも助けてくれた。

 私はそのことをとても感謝してるし、幸せでいっぱいなの」


「うん」


「さっき彼女に切りかかろうとしたときのあなたが、勇者を殺して苦しんでいるあなたに見えたの。

 私のためにあなたがもう1つの苦しみを背負うなんて嫌。


 だって私はあなたのことを愛してるんだもの」



 彼は驚いたような顔になって、それから私の手を取ってない方の片手で顔を覆った。

「参ったな、本当に降参だ」


「ごめん、あなたの負担になるつもりじゃなかったの」


「そうじゃないよ。すごくうれしい。

 だって俺も同じ気持ちだから」


「えっ、それじゃあ?」


「俺も君を愛してるってこと。

 たぶん君と出会った最初の頃から」



 私は嬉しくて嬉しくてたまらなくなった。

「わ~い、やった! やった!」


「もうどうしたんだよ。

 いつもはそんなにはしゃがないだろ?」


「だって嬉しいんだもの」


 私たちはしっかりと抱き合った。



 エイモスは私の頬に手を当てて、顔を近づけてきた。


「どうか俺の家族に、眷属になってください」


「眷属?」


「そう、俺は上級魔族で子孫を自分で残せない。

 上級魔族は魔樹という、特別な樹の核から生まれるから性別がないんだ。

 だけど家族にしたい人がいたら、眷属にして自分の力と命を分け与えることができる。


 眷属になれば、君は人間よりもずっと長い時を生きることになる。

 そして俺が死んで次の族長が君を引き受けなければ、君も死ぬことになる。

 それでもいい?」


「かまわない」


「即答だな」


「ずっと欲しいと思っていた家族に、私が一番好きで愛しているヒトがなってくれるのよ。

 こんなチャンス、逃すはずがない。

 あなたの子どもが産めないのは残念だけど、2人で生きていこう」


 彼が目を反らして、言いにくそうにした。



「何? まだ何かあるの?」


「あのさ、眷属は子どもが産めるんだ」


「えっ?」


「ただ俺の子どもじゃなくて、他の男の子どもだけどな。

 でも好きな子が他の男の子どもを産むなんて俺は耐えられない。

 だから……」


「私も他の人の子どもは欲しくない」


「うん、ありがと」



「あなたの仲間はどうしてるの?」


「わからない。

 俺の考えに合わなくて、ずいぶん前にバラバラになったから。

 その時の魔王に仕えたヤツもいるし、賛同してくれて例の切り殺されたヤツもいる。

 翼さえ隠せば、俺たちの見た目は人間とかわらない。

 紛れて暮らしている奴もいると思う」


「そうなんだ……」



 彼がニヤっと笑って、私を急にお姫様抱っこした。


「な、何? どうした?」


「さっきの聖女がお姫様抱っこされてたって言ってたから。

 俺の大切な人をお姫様抱っこして、連れてくのがいいのかなぁって思ってさ」


「いったい、どこにいくの?」


 エイモスは空に向かって指さした。

「天上の、俺の城へさ」



 私は彼の力強く美しい翼で、彼の城へ初めて連れていかれた。

 眷属になる相手しか、連れて行かないらしい。

 ただ途中雨雲の中を突っ切ったため、雷鳴ってるし、びしょ濡れになって大変だった。


 これ私が聖女じゃなかったら、死んでるからね!


 でもエイモスの指摘通り、聖焔を薄くまとえば防御魔法使えました。

 濡れる前に使うべきだった……。



 したかったのは異世界転生であって転移じゃない。

 ずっとそう思っていた。


 だけど私の本当の望みは異世界転生ではなく、家族ができることだった。



 聖女召喚は、元の世界で不幸な身の上だから呼びかけに答えるそうだ。

 私は戦うことは承諾しなかったと思うけど、家族ができるなら喜んで聖女になったと思う。


 

 ここに来る直前、私は絶望していた。


 私はまだ13歳の未成年で、あと5年も保護者が必要だった。

 義父の乱暴が認められても母と離婚するかは不明だし、離婚しても次の男ができただろう。

 次の人にも襲われるかどうかは、相手によると思うけど。



 保護してくれた施設の人に、目立って問題が起きないように早い時間に食事や風呂に入るように言われた。

 私が派手な顔立ちをしていることで、からかってくる入所者がいるかもしれないからだそうだ。


 いるかどうかもわからないのに、なんだか偏見で見られたような気がした。



 こういう顔に生まれてなければ、最初の父親の元で平凡な女の子として生きていたかもしれない。

 母も水商売に入らず、もしかしたら弟や妹もできて、友達だっている普通の暮らししているような。


 あの人生から逃れたかったのは間違いない。



 でも私は今の自分が好きだ。

 空想のために頑張ってきたことが、この世界で私の助けになっている。


 そしてエイモスと言う、心から愛するかけがえのない恋人が家族になった。



 私はこの世界に召喚してくれたことを、聖女になったことを最高に感謝している。





 おしまい



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施設にお勤めの方が偏見を持っているということでは全くありません。


たまたまキラが当たった担当の人がそういう発言をしたという設定です。

そうあってほしくないけど、イヤな目に遭わないように気をつけてって、たぶん気を遣って言うんだと思います。


でも辛いときにこういうことを言われると、通常時より響くと思うので採用しました。



『したかったのは異世界転生であって転移じゃない1』に追加投稿するも考えましたが、あの状態でも1つの作品として成立しています。


そしてすでに読者様方に評価をいただいておりました。

その評価はこの続きがない状態のもので、追加したらまた別の評価になると考えましたので、別投稿の形にいたしました。


どうぞよろしくお願いいたします。


5/18 上位魔族を上級魔族に修正しました。

内容に変更はございません。


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したかったのは異世界転生であって転移じゃない2 さよ吉(詩森さよ) @sayokichi

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