第58話 戦士の平穏

「無法者を現行犯逮捕する! 抵抗する者には容赦するな!」


 ようやく衛兵分隊がライフルを構えて突入して来る、そちらに一瞬気をとられたカルロスめがけて強固な衝撃術式をぶちこんでやった。防壁が起動したが、そのまま壁に叩きつけられてコンクリートに亀裂が入る程叩きつけられてしまう。


 直接的な怪我はしないだろうが、急制動による脳震盪位は起こすだろうな。シートベルトありで衝突したようなものだよ。目を回している隙に衛兵に拘束されてた。直ぐに気が付くとこちらを睨んで来る。


「お前どうなってやがる、急に動きが良くなったのは」


 私はアリアスと目を合わせるとニヤリと笑う。答えてやるつもりなど毛頭ない。


「さあな、何のことやら。もう悪さはするなよ、宝珠は帝国のためにのみ利用するものだ」


 決して風呂を沸かすために私的利用しちゃいかんぞ。そんな記録は消去されてしまったがな。プログラムの隅っこをつつくかのようなやり方で、宝珠の記録は抹消することが出来るのを知ったよ。口外すると私の命が危ないので、秘密は墓までもっていくつもりだ。


 ふと時計を見ると、朝の七時だった。そういえば新年を祝ってのことだから、元旦なわけか。とんだ騒動になってしまったな、呼び出された奴らにもご苦労の一言位はあってしかるべきだ。


「諸君、新年早々厄介ごとに出動してもらってすまんな。私は帝国参謀本部外局のデグレチャフ中尉だ、貴官らの働きは必ず報われるだろうと確信している。ラーケン衛兵司令にもよろしく言っておいて貰いたい」


 形式的な挨拶ではあったが、それはそれで役立ったらしく笑顔が見て取れた。カルロスは眉を寄せて不満がありそうな顔をしていたが、丁重に無視することにした。後日事情を詳しく聞きたいと言われて了承したので、衛兵が去って行った。


「日が登ってしまったが、我等も帰宅するか」


「中途半端にしか寝ていないので、もう一度寝たいですね」


 確かに寝不足だ、休みはまだ続くんだ別に二度寝をしたっていいだろう。そういえばどこまで連れてこられたんやら。外に出ると警察車両もやって来ていて、立ち入り禁止のテープが張られている。


「そこのお嬢ちゃんたち、勝手に中に入ったらダメだよ」


 制服警官にそんなことを言われてしまい二人で笑ってしまう。事情を知る衛兵も行ってしまったようで、何ともしまらない状態だ。


「帰宅したいけれどタクシーは呼べないか?」


「警察は便利屋じゃないぞ。この時間だ、店舗も開いてないだろうし連絡するのも難しいだろうが」


 そんな態度はないだろう、ということだよな。ああわかってるさ、でもこれが地なんだよ今は。眠くて余計なことはあまり考えたくない気分だ。


「巡査部長、帝国陸軍所属のデグレチャフ魔導中尉だ。帝都上空を飛んで戻るわけにもいかん、協力を要請するが頼まれてはくれないか?」


 手帳と認識番号札、そして九七式の宝珠を提示して冗談ではないことを証明してやる。面倒だから余計なことはそれ以上言わない。運よくというか、本来ならばあたりまえの証明を素直に認めてくれた。


「えー、中尉殿、電話をしてくるので少々こちらでお待ちください」

 

 大した労力でもないので言われた通りにすることにしたらしい。十分も待っていると赤白黒の国家色に塗装されたタクシーがやって来た。客を探しているので歩み寄る。


「軍の将校用フラットまで頼む。場所は解るか?」


「え、はい。どうぞお嬢さん」


 後方のドアを開けて招き入れるとそっとドアを閉める。接客とはこういうものだぞ、と誰に言ってるやら。半ば意識が欠落しそうになりつつも、何とか到着する。釣りは要らないと渡すと、階段を登っていく。


「アリアス、しっかりと歯を磨いてから寝るんだぞ」


「はぁぃ」


 半分目が閉じている状態で何とか鏡に向かって歯を磨くと、ベッドの傍で服を脱ぎ捨てて布団に潜り込んでしまった。全く、士官学校で何を学んできたんだ。衣服はしっかりと畳んで揃えておく、常識だろうに。


 これに関しては何ら違和感もなく受け入れたぞ、今までだってそうだったからな。朝の時間は何故か夜よりも貴重なんだよ。自分の衣服も脱いだら畳んでしまい、隣に置くと布団に入った。


「何とも長い夜だったな。荒っぽい想い出にはなったか?」


 世間一般の想い出という単語とは随分と違うだろうなと思いつつ、目を閉じるとすっと吸い込まれていく感覚を得た。いつもこうやって寝入ることが出来たらどれだけ幸せか。


 …………胸が苦しい、なんだ何があった? 意識を取り戻すと俄かに体が動かなかった、異変か!


 起き上がろうとしても上体が動かない、目を開いても真っ暗……かと思ったら、アリアスの髪が盛大に顔に乗っかっている。ついでにいうなら、私に覆いかぶさって寝るのはヤメロ。


「おいアリアス、起きろ」


「お姉さまぁ、まだねむいですぅ……」


「はぁ。じゃあ寝ていろ」


 よいしょ、と乗っかっているアリアスを横へ転がしてしまい意識をはっきりとさせた。燦燦真っ昼間ではあるが、良い朝を迎えたということにしておくとしよう。


「ま、平和だってことでいいか」


 幸せそうに寝て居るアリアスを見て、つい微笑んでしまう。これから始まる地獄の日々はまだ少し先で、つかの間の平穏に浸ることに決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼女戦記・歴史の行間 愛LOVEルピア☆ミ @miraukakka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ