第57話 正当防衛

 流石にこれにはラーケンも直ぐには応じることが出来なかったようで、暫しの沈黙があった。助け舟を出す必要があるな。


「身代金を支払おうがどうしようが、したければ出来ることに何故こちらが気負う必要があるんだ? やりたければさっさと花火を見せたらいいだろう」


 こちらが公務で行動しているなら制限になるが、今のところただの誘拐被害者でしかないぞ。正直他者がどうなろうと私は助かりたい! まあ、自力でどうとでも出来るがな。


「お前んとこのガキ共の教育はどーなってんだよ、ロクなもんにそだたんぞこりゃ」


 鼻で笑っていなされてしまう。修羅場を潜ってきているギャングは、胆力もセンスも違うな、これもまた経験が昇華された形ということか。


「余計なお世話だ。で、幾らをどこで受け渡しをするつもりだ。まさか札束を抱えてデリバリーしろとは言わんだろう?」


 ふむ、ラーケンが時間稼ぎのような態度に変わったな、準備は完了していてこちらの合図待ちといったところか。あの取り巻きが気になるが、どうやって不意打ちをしてやろう。術式封入のライフルはない、平坦な効果だけでどこまで対抗出来る?


 視線を合わせないようにしつつも、視界の隅には必ず入るように動く。格闘はごめん被る、室内の奴らを自由にも出来ん、となると電撃からの衛兵分隊突入待ちがベターだな。


「さてアリアス、ここはまるでエミーやアイナとテントで過ごした時と似ているな」


 戦闘を行うことを暗喩してやると、こくりと頷いた。共に過ごした記憶はこういうときに通じ合える、無論あちらは何を言っているんだと怪訝に思っているようだが、それでは万全とは言えんぞ。


 ぎゅっとアリアスの手を強く握ってやり、電撃術式を起動させる。狭い室内にバチバチと音をたてて高圧電流が走り回った。ギャングたちがその場に転がりのたうち回るが、あの取り巻きとヘインズは渋い顔をするだけで無傷だった。


「デグレチャフ中尉だ、賽は投げられた!」


 軍大学へ直接通信を行い戦いを始めた事を報告する。にやりと笑ったのを男達は見逃さない。


「クソガキが魔導師だと! おいカルロス、ガキ共を叩きのめせ!」


「任せて下さいボス。あいつが魔導師なのは解ってました、元特別偵察魔導中隊のエースだった俺が黙らせてやりますよ」


 特別偵察魔導中隊だと? そんなものは聞いたことが無いな、ハッタリかさもなくば本当の秘密部隊か。油断は出来んが回避も出来ん。


「ほうお前のようなうだつがあがらんやつがエースとは恐れ入ったな。どこでヒヨコを狩っていたんだ」


 待っていれば衛兵がやって来る、それに気をとられた瞬間が勝負どころだぞ。アリアスは自衛に努めている、そのお陰か奴の注意もこちらにだけ向いているな。


「言ってろガキ。魔導師の戦い方を教えてやる」


 目の前で閃光が走った、自動防御の遮断のお陰で失明は避けられたが今の今まで正面に居たはずの姿が無い。左手にはアリアスが居るんだ、右斜め後ろ、それも上方に居るはずだと防殻を厚くしてその場を離れようとした。


 激しい衝撃が想定したところからもたらされて、転がるように距離をとることになった。錐のように刺す攻撃術式だったな!


「ほう、これを防いだか、どうやらただパパに買って貰った宝珠というわけではなさそうだな。すると先ほどの中尉というのも冗談や自称ではないのか」


「そちらこそ、表向きの編制にはない部隊のエースだなんて言っていたが、存外本当に秘匿部隊のそれだったのかも知れんな」


 軍隊などというのは秘密の塊だ、隠そうと思えば個人どころか集団だって消してしまうことが出来る。少なくとも素人の動きではなかったし、訓練で身に着けたような正統的な動きでもない。あれは実戦で培った技だ。


「そこの金髪、それ以上動くな! お前が軍人というなら、市街地に仕掛けてある爆弾が爆発すると困るんだろ。大人しくしろ!」


 ちっ、ここで知らんふりをしてもいいが、後々面倒ごとになるな。功績を誇るためにもケチはつけられたくない、さてどうしたものかな。遠隔起爆なんてまだ技術的に出来ない、ということは手下に連絡を入れてそうさせるだけなんだろう。


 電話なんて出来るはずがない、そもそもヘインズはどうやって電撃を防いだんだ。こいつも宝珠を利用している? そこさえわかればどうとでもしてやるというのに。


「お姉さまは爆発を止めるような言動をなさってください」


「アリアスの言う通りだな。わかった、市民の安全を優先しよう」


 やれやれと両手を上げて頭を左右に振る。なぜそんなにあっさりと言葉を受け入れるかって? 決まってるだろ、アリバイ作りだよ。


「なんだこのガキ、俺をなめてんのか!」


 カルロスが真っ正面から襲い掛かって来るが、今まで以上に身軽になった私は簡単に避けてしまう。何と無く動きが先読みできるような感覚が産まれて来た。


「言ってるだろ、私は市民を優先すると。全力を尽くす所存だが、不可抗力で自衛のための反撃位は許して貰おうか」


 心が晴れやかになり、余裕が出来る。タネを知っていれば不思議でも何でもない、厄介な指揮型起動条件ではあるがね。予備知識なしだと正解にはたどり着けまい。


「くそっ、どうして当たらない!」


「おいカルロス、何をしている、さっさとやっちまえ!」


 敵をあざ笑うかのように全てをかわし、逸らし、対消滅をさせる。室内というこんな狭い場所なのに、こうも動き回れるのはお互い集中力というやつだな。


 さんざん逃げ回ってついに僅かな反撃を行う。カルロスを狙ったそれは、ギリギリで回避されてしまうが、見事にヘインズへ直撃するコースだった。


「ギャー!」


「ボス!」


 信じられないようで目を大きく開いて驚いている。もしかしてこいつが防御幕を提供していたのか? だとしたらそれを維持しながらのあの動き、エースと呼ばれても納得だぞ。案外本物だったとか。


「いや残念だ、不幸にも流れ弾で負傷するとは。もしこれで何かあっても不可抗力だ、私は守りに徹していたからな!」


 それで爆破を実行でもしてみろ、止める為に致し方なく攻撃を行ったことに出来る! 完璧じゃないか、これから非難されることはないぞ!


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