雪姫の過去

 次の日雪姫の姉、紅葉についての話をしたくて、俺はいつもより早めに起きた。


 昨夜は結局ブルブルと震える雪姫に詳しい話を聴くことがが出来なかったのだ。

 雪姫はまた布団に潜り込んでいたのでその肩を軽く揺すりながら話し掛ける。


「おーい、雪姫起きてくれ」

「うみゅ? なんじゃお主」


 雪姫は目を片手でこすりながらそう言って体を起こす。


「雪姫、お前に一つ頼みがあるんだが……」

 俺が言いかけた所で、

「嫌じゃ!!」

と即座に拒否された。


「えっと……まだ何も言って無いぞ」

「どうせ姉上の話であろう!! あんな鬼畜外道の話など聞きとうも無いわ」


 ……酷い言われようだ。一体過去に何があったんだよ……。

 だがここで諦める訳にはいかないので説得を試みることにする。


「頼むよ。……実は昨日、学校で紅葉先生に雪姫が神様になった経緯についても聞いたんだ」

「何っ! 本当かや?」


 雪姫は驚いたようなバツが悪いような表情を浮かべる。


「ああ、だから雪姫からもその時の事を聞きたくて……でも雪姫が嫌なら仕方が無いけど」


 そう言うと雪姫は少し悩んだ後、


「……分かった。話すのじゃ」

 と言ってくれた。

「ありがとな」


 俺は素直に感謝の言葉を口にする。


「その代わり姉上の話はもう二度とせんからな!!」


 釘を刺されたので仕方なく了承した。……そんなに紅葉先生が恐いんだな。


 そして、俺は雪姫の過去を聞くことになった。


 ****


 ……もう大昔の話じゃが、妾はある武将の姫として生を受けた。


 とと様は武勇に優れ家臣や民にも慕われ、かか様は美しい上に聡明で良く家中を纏めていた。

 土地のもの成りもよく、民草も何不自由なく暮らしていた。


 そんな土地柄に生まれ育った姉上と妾は、蝶よ花よと何不自由なく育てられ、その美しさは近隣の国々でも評判になる程じゃった。


 …………じゃが、今考えるとそれが良くなかったのかもしれん。


 折しも、当時日の本では国を真っ二つにした大乱が巻き起こっていた。 そんな中で豊かではあるが大した国力がある訳でもなく、跡継ぎが姫二人しかいない国など周りの国からしたら奪ってくれと言っているようなものであったのじゃろう。


 ある日とと様が近隣の諸侯に宴に招かれ出掛けて行ったと思ったら、その日の夕方には諸侯の軍勢が押し寄せて来た。

 ……そうじゃ、とと様は宴の席で闇討ちにあって討ち取られたのじゃ、我らの土地を奪うために。


 家臣達も当然抵抗するが、突然の事態しかも多勢に無勢、次々に討ち取られて行く。

 ……何とかそれでも、かか様がその身を囮に妾と姉上を逃がして下さったのだ。


 が、……どうやら敵中に妾と姉上の熱心な『ふぁん』が居ったようでな、敵は執拗に妾達に追い縋って来た。


 そしてとうとう妾達は、敵に囲まれ川岸の崖っぷちに追い詰められてしまった。……そして妾達は敵の虜囚となり辱しめを受けるくらいならと川に身を投げたのじゃ。


 ****


 俺は雪姫の話を聞き思わず息を呑んだ。


 大筋ではもみじ先生が語ったところと一緒だ。だが、雪姫から聞くとまた一層信憑性が増すと言うか、真に迫った語り口だった。


 雪姫は俺が黙り込んだのを見て、 少し心配になったのか、 恐る恐るといった感じで尋ねてくる。


「どうしたのじゃ?……やはり信じて貰えないかのう」


 悲しげな表情をする雪姫に慌てて否定する。


「違う! 逆だよ!! ただ余りにも凄すぎて言葉が出なかっただけだよ!!」


 それを聞いた途端、雪姫はぱあっと笑顔になる。


「そうか、 そうじゃろう。なんせ神たる妾の言葉だからな! うむ」


 その言葉を聞き俺はふと疑問を口にする。


「それで結局何で雪姫は神様になったんだ? 紅葉先生もそこはぼかして話してくれなかったんだけど」


 すると今まで得意げな表情をしていた雪姫が途端にしょっぱそうな顔をする。

 …… なんだか嫌な予感がするぞ。


「聞きたいか?」

「ああ、それが本題だし」

「……仕方ないのう。じゃが、話の後で笑ったりするでないぞ!」


 雪姫はそう念を押すとまた話し始める。


 ****


 川に身を投げてどれほどの時が過ぎたのだろうか、はっと気が付くと妾と姉上はどこぞの川辺に打ち上げられておった。


 辺りを見渡してとても仰天したのを今でも覚えておるわ、なぜならそこには 桃源郷もかくやという光景が広がっていたからじゃ。


 澄んだ空気の中でどこまでも広く続く草原、青々と茂る木々には果実を付けており、その甘く芳しい香りは妾達の疲れた体に染み渡るようであった。

 小鳥たちのさえずりと川のせせらぎが耳に心地良い。


 まあ、それからしばらくして知ることになるのだがそこはいわゆる天界。神々の住まう土地……。

 どういう訳だか妾達は神々が住まう世界に紛れ込んでしまったのじゃった。


 その後、妾達はある一柱の神に拾われその神の身の回りの世話をすることになったのだが……、ある日とても香しい匂いのする液体の入った瓢箪を見つけてな、それの中身を全部飲んでしまったのじゃ。


 その液体は妾達が世話になっていた神が、より上位の神からいただいた特別な神酒だったらしくてな。

 その神酒を飲んだ事によって妾は神としての力を得たのじゃった!


 じゃがそのことに怒った神によって、 妾は下界に飛ばされてしまったと言う訳じゃ……そのお目付け役が先日会った銀じゃ。


 ****


 話を聞き終わり、雪姫が語った内容を反芻しながら俺は一言だけポツリと呟いた。


「なんというか、しょうもな……」

「な、何じゃと~!!」


 俺の感想に雪姫が憤慨しているようだが気にせず続ける。


「いやだって、その程度で神様になれるんならみんななってんじゃねーの?」


 そんな簡単なことで神様とか、チョロ過ぎだろ? そんな簡単でいいのか? 俺の物言いに雪姫が更に怒り出す。


「な、何を言っておるか!! 貴様それでも神に仕える身かっ!? もっと敬意を払わんか!」

「はいはい、それよりそろそろ学校行く支度しないといけないから」


 そう言うと俺は、テーブルの上に広げていた教科書やらを鞄の中に詰めていく。その様子を見て雪姫が尋ねてくる。


「今日もいつも通り学校なのか?」

「そうだよ。何か問題あったか?」

「……ないけど、つまらんのぅと思ってな」

「……なら一緒に来るか?」

 ついそう口にしてしまう。


「へ……?」

 間の抜けた声を出す雪姫。

「だから、もし良かったら雪姫も一緒に行かないかって言ったんだよ」

「ほ、本当か!!」

 俺の言葉に雪姫は身を乗り出し嬉々とした様子だ。


「ああ、ただし授業中は静かにしてくれよ。あと、俺以外から気付かれないようにしておくこと」

 雪姫は素直にコクコクとうなづく。

「わかったのじゃ」

「よし、それじゃあ朝飯食べて行こうか」

「うむ!」

 雪姫はいつもより元気にそう返事をした。


 ****


 それから朝食を済ませ、食器を片付けて身支度をする。(なお、雪姫が俺の食事を毎度の事だが覗き込んでいたので、フルーツのバナナをあげたらご満悦で食していた)


 鞄を持ち雪姫と共に表に出る。

 自転車を転がして参道に出ると、親父がいつもの様に掃き掃除をしていたので声を掛ける。


「おはよう」

「ん? ああ、おはよう」


 どうやら親父は何事か考え事をしていて、こちらに気付いていなかった様だ。

 少し気になったので親父に尋ねる。


「どうかしたのか親父?」

「うーん。……ここのところ誰もいないのに何だか人の気配がしたり、奉納してあった菓子や果物が減ったりしてる気がするんだよ」


 俺はギクリとして隣に立つ雪姫をチラリと見る。

 本人は『およ?』とか抜かしてこちらを見ている。たぶん犯人はコイツだろう。

 兎に角ごまかさいないとと思い、俺は親父に拙く返事を返す。


「へ、へぇ。可笑しな事もあったもんだ」

「……お前、何か知ってるのか?」

「いや? きっと神様が摘まみ食いでもしたんじゃない?」

「まあ、そういう事にしておくか。金銭的な被害も無いし」

「うん、それが良いと思うよ」

 俺達はそう会話をしてその場を離れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣術少年とのじゃロリ女神様 ほらほら @HORAHORA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ