最終話 君がいる憧れの海へ
空を進んでいると、MMLのロゴが大きく書かれた調査船が見えてくる。甲板にあるヘリポートには白衣を着た女性が仁王立ちをしていた。長く伸ばした金髪を後ろで一つに結んでいるその様子から、遠目でもすぐに釣井であるとわかった。
連れてきた深月と共にヘリを降り、目の前の釣井の元まで小走りで向かう。
「天海先輩、深月さんまで。お久しぶりです。すみません、お疲れのところ」
「ヘリまで使うとは、よほど重要なことなんだろうな」
「はい。私の研究にはもちろん、人魚化にも関わる可能性があります」
今日の彼女は天海が今まで見てきた中で一番真面目な顔をしているように見えた。深月も只事ではないと改めて思ったらしく、二人は歩み始めた釣井の背中を追った。
案内されたのは船内の研究室。中央には大きなモニターがあり海底の映像が映し出されていた。
「ここは……」
深月が何かに気が付く。釣井は彼女の反応に頷いた。
「そうです。セイレーン海底遊園地の建設が予定されていた場所です」
「何だって?」
「セレンにカメラを付けて撮影・調査しています。そしてようやく見つけました」
セレンは天海らが『小さな水の星』で助けた人魚で、今は釣井研究室の人魚でもある。誰かに倣って名前をつけているらしい。そして網野の研究を活かし、セレンと簡単なコミュニケーションを取れるよう練習したと言う。その成果もあってか、簡単な指示はセレンが聞けるようになり、このようにセレンにフィールドワークを手伝ってもらえるようになったという話までは聞いていた。
釣井はセレンに指示を出す。すると画面に石造の遺跡のようなものが現れた。それを見て、天海の記憶の中にあるものが掘り起こされる。麻里が海底遊園地の建設に向けた調査の際に見つけたものに間違いないだろう。
遺跡の入り口となるような穴は損壊しているが、人魚一人くらいなら通れる大きさだ。
「セレン、もう一度穴に入ってくれる?」
『わかった』
セレンが流暢に返事をすると、カメラが段々と穴に近づいていく。やがて水中の塵がライトを反射するだけで何も見えない闇となった。しばらくその状態が続くと、深海のものとは思えない光が見えてくる。まるで洞窟の出口のような、太陽の光に見えた。次第にその光が大きくなり、画面がホワイトアウトする。
カメラが光に慣れ、画面が綺麗になった時。天海も深月も空いた口が塞がらなかった。
開けた景色には神殿のようなものが無数にそびえており、天井には光を発する貝のような生き物たち。見たことのない魚たちも泳いでおり、極め付けは何百という人魚が泳いでいるところだ。
「……人魚の巣?」
天海は何とか言葉を絞り出す。
「私は、巣というよりも生まれた場所じゃないのかと思うんです。神殿らしき建物がその理由です」
釣井は映像に映る建物を指差しながら話を続けた。
「もしもあれが人間が作ったものだとしたら。ここがもともと地上にあったものだとしたら」
「少なくとも人類史にこういう話はなかったはず。アトランティスやオーパーツ的な話になるのかしら」
「似たようなものだと思います。人間が関わっているのだとしたら、人間と人魚、人魚化には密接な関係があると言える」
彼女の主張に天海は頭を抱えながら、思わず近くにあった椅子に座ってしまった。
宇宙よりも行ったことがある人がいないと言う深海。ほとんどが解明されていない海。それ故に信じられないものがあってもおかしくない場所ではある。
「にしてもだろ……」
常識を凌駕する、という域ではないと思った。その感情は先ほど『ちゃんと理解もせず拒否するのはやめてほしい』とマスコミの前で言った自分に強く突き刺さる。
だからこそ自分たちが向き合わなくてはならないのだ。
海は自由だ。縛るものがない。だからこそ自分たちの力で渡っていかなくてはいけない。網野はそんな海に憧れ、自分で決めた道なき道を進んだ。
「俺たちもやるぞ。網野といつ再会してもいいようにな」
「はい。まずは撮れるだけ映像の記録を残します」
自由の海は荒波だ。航海は簡単じゃない。
辿り着いた先が、たとえ自分が求めたものじゃないかもしれない。
自分が求めるものを求めないものもいる。
だからこそ知らなければいけないのだ。
正解を見つけるのはそれからだ。
「セレン、進んで」
所々天井が崩れ落ちている。そのせいか壊れた神殿もあった。麻里が行った調査の影響かもしれない。
その瓦礫の隙間を泳ぐ二人の人魚に目を留める者はいなかった。
金髪のマーメイドと、黒髪のマーマンに。
君がいる憧れの海へ Into the Freedom Sea Where You Are. 雨瀬くらげ @SnowrainWorld
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