ホシはいつでもすぐそばに。

 私は、今、殺害現場で3人の容疑者と相対している。

 いや、正しくは、3人の容疑者と、マンションの管理人と、だが。


 困った。

 この3人の容疑者達が、どれも怪しく、どれも犯人だと思えないのだ。


 最初は鼻ピアスを疑った。

 だが、彼は死亡した彼を介抱しようとしたときは疑わしかったが、死んでいることに気づいた後の行動が、演技とは到底思えなかった。


 演技というなら、怪しいのは、黒髪の女性だ。

 写真を見ても分かる通り、黒髪の彼女は被害者の恋人だ。

 なのに、死んでいると伝えられた時とその後の行動がどこか嘘臭い。あまりにも演技かかっているというか、知っているからそこまでの行動しか起こせなかった風にも見えた。

 死んでいることを知っていた。そう考えれば理解もできる。


 知っていたと言うなら、ベッドに座り込んで泣き続けているショートボブの彼女もおかしいのだ。

 第1発見者なら。すぐに友人とその恋人に声をかけるのではないだろうか。

 なぜ二人が知らなかったのか。知られる前に証拠隠滅を図ったと考えればそれも納得できる。あれだけ泣いていて、それも信じがたいところだが。


「なあ、探偵さん。いい加減分からないのかね」


 何より。私が一番犯人であって欲しいと思うのは、マンションの管理人だ。

 この男は嫌いだ。

 急かされてもなにもいいことないだろう。なぜそこまで急かすのか。そこまで急かす理由は、この場所に人が居続けるとまずいことでもあるのではないかと勘繰ってしまう。

 ……いや、それはないんだけどね。私をここまで引っ張ってきて推理させようとしているんだから、誰よりも犯人ではないのだろう。

 だったら急かさないでくれ。俺は浮気調査専門みたいな探偵だっての。


「慌てないでください。貴方達容疑者には逃げられても困りますし、物的証拠を隠されたり壊されたりしても困るのでそのままそこで待っていてください」


 私はポケットから白い手袋を取り出した。

 いつかこんなこともあろうかと毎日忍ばせていた手袋だ。決して決闘用に持ち歩いていたわけではない。

 丁寧に、現場を荒らさないよう、まずは死体に手を合わせてから彼の死因について調べていく。


 被害者は、頭から血を流して窓近くに倒れていた。

 堅い何かで殴られてそのまま死んだのだろう。陥没したような傷痕だ。ただ堅い――そう、鈍器。鈍器のようなもので殴られ、一撃でこの世を去ったのだろう。


 それであればどこかに凶器があるはず。

 だが、辺りをみてもどこにも凶器が見当たらない。


「おい、探偵さん、どうなんだよ。何か見つかったのか」


 鼻ピアスが不安そうに私に聞いてきた。声は荒いようにも思えるのだが、震える声に彼がとても繊細な男なのだろうと思った。彼とのファーストコンタクトで黒髪の女性が寄り添うようにしていたのは、例えばふらついた彼女を支えていたのではないかとか第三者的に見てみると彼に好感が持てる気もした。


「犯行に使われたのは、鈍器と思われますね。こう丸く堅い形状のものかな」

「鈍器!? ここにそんなものないですよ!?」


 黒髪の女性がショートボブの女性を労わるように背中を摩ってあげている中、驚きの声をあげた。


「なぜないといえるのですか」


 だが、その驚きが私に疑惑を持たせる。なぜなら、すぐに否定したからだ。


「なぜって……」

「あなたは、彼と親しい関係だった。だからこの部屋になにがあるのかよく分かっている。そういうことですか?」

「それは……」


 私は黒髪の女性を疑い始めた。いや、彼女が犯人だろうと思い至る。

 疑っている。特定している。そう悟られないよう、追い詰めるためにも、私は現場に来た時から開いたままのスクエア型の窓へと近づき外を見た。


 外にはホテルの外観がある。

 先ほど屋上から見ていた私の本来の浮気調査の現場は、確か5階のこの辺りだった気がする。

 そう思っていると、目の前のホテルの窓が少し開いていることに気づいた。


 ……お、待て。何か中で動いているぞ。


 誘惑に駆られ、ほんの少し窓から身を乗り出す。


「探偵さん! 危ないですよっ!」

「いえ、外に何かないかも確認しないと」



 何かが、何かが……

 もしかしたら私の本来の調査である浮気現場の決定的証拠が見つけられるかもしれないのだ。だからお前達は邪魔しないでくれ。




 なんて。



 反対側のホテルの窓が少し開いていたからって、簡単に中が見えるわけがないじゃないか。

 先ほど私が屋上から落とした望遠レンズでもあれば話は別かもしれないが、こんな距離で望遠レンズで覗いている人がいたら、気味悪がられるのは間違いないな。


 罠だ、あれは罠だ。男心をくすぐる狡猾な罠だ。

 くっ。騙された。もしかしたらこの死者も同じように何度も騙されたこともあるんではないかと同情する。


「彼は先日ここに引っ越してきたばかりで、まだ荷を解いてなかったんです! 今日だって明日皆で部屋を整えるために買い物にいこうって言ってたくらいだから」

「古い荷物は向こうに捨ててきたからな。ここにあんたのいう固いものはないぜ」


 彼等の声を話半分に聞きながら私はあの開いた窓の先に何があるのか考えを巡らせる。今更何を言おうが黒髪の彼女が犯人だろう。かばい合っているのか、涙ぐましいものだ。


 もう決まり。後は証拠を見つけるだけだ。


 しかし……。この部屋なら、もしかしたら殺害現場となったここなら人の買い手もないだろうからこの場所を拠点としてあのホテルでの浮気現場を押えるのもありではないだろうか。もしかしたらワンチャン、中を見ることもできるかもしれない。うん。いつかは見れるだろう。なんて罠だ。なんて誘惑だ。




 ん? 浮気現場……? 中を見る……?


 待て。

 ここ、まさか……



 私は身を乗り出して上を見上げる。

 下から見ているからか分かりにくいが、先ほど私はこの場所をこう思っていた。


 浮気現場として、私が見ていた場所がこの辺り、と。 


 であれば、私が今見上げている先は、私が先ほどまでいた屋上だ。




 ……もし。

 もしの、話だが。


 死体の彼が、私と同じように目の前のホテルが気になって身を乗り出していたとしたらどうなるだろうか。







 ……なるほど。

 近い。近い。ホシはこんなにもすぐそばにいるものなのかと驚くほどだ。



 私は、地上を見た。

 そこに、犯行に使われたソレが、あった。


 つまり、犯人は……













「私だな」







 どれだけの確率。どれだけの偶然。

 私も彼も、とんだ不幸に巻き込まれたもんだ。



 さ。どうしたらこの場を切り抜けられるだろうか。

 私は、必死にこの場から逃げるため、いかにこの場をなかったことにできるかと、こんなときになにかしらの能力があればいいのにと、必死に考えを巡らす。




 その後私がどうなったのか、何がどうなって彼は死んでしまったのか、なかったことにできたのか、そこはあえて語ることもあるまい。








 なお。

 いろいろあった後で知ったことだが。



 黒髪の女性は、死亡した彼の妹で、仲の良かった兄と私たちが悪ふざけして騙そうとしているのだと思い、信用していなかったそうだ。

 ショートボブの女性は、兄妹があまりにも仲がいいから二人にほんの少し恋人として嫉妬していたようだ。彼はそんな彼女を見るのが嬉しかったそうだ。

 最後に鼻ピアスだが。

 黒髪の女性と死亡した彼とは生まれた頃からの幼馴染。二人とも普段からあのように近いスキンシップをしているが、恋愛関係はまったくありえないそうで、実際硬派な鼻ピアスは他に彼女がいるらしい。




 ……私の推理は、まったく当たってないではないか。


 探偵、辞めようかな。

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5分で見つける犯人探し ~ホシはいつでもすぐそばに~ ともはっと @tomohut

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