5分で見つける犯人探し ~ホシはいつでもすぐそばに~

ともはっと

その男――探偵

 私は探偵。

 この場で殺人事件があって、その犯人を特定するために呼び出された探偵だ。


 ……でも。

 ここで、いくつか言わせてもらおう。


 まず、いまどきの探偵と言うものは、このような現場に来ていきなり犯人を当てるということをしてはいない。どこのアニメかと思う。私はいるだけで犯罪を呼び寄せるような、体は子供、頭脳も子供な死神ではない。

 そう、もし私がそのようなことを専門に行う探偵であれば、私は今すぐ犯人の首元に「ぷしゅっ」と睡眠針でも当てて眠らせてしょっ引くだろう。

 時々外すくらいのユーモアさえも出せるくらいには余裕もあるだろう。



 違う違う。

 私は、ただ、近くで浮気の調査をしていただけの、探偵だ。


 今私が呼び出されたこのマンションの5階で殺害があったのはつい先ほど。

 私が依頼人から浮気の証拠集めの依頼を受け、あるホテルの隣マンションの屋上を借りて、現場を覗き込んで証拠を集めていただけだ。


 そんな仕事中に、大事な大事な高級望遠レンズをぽろりと屋上から落としてしまい、その望遠レンズを購入するくらいの探偵料を手に入れるには浮気調査を何回しなければならないのだろうかと絶望し。

 今日の浮気調査の収穫もなくとぼとぼと屋上から出て行こうとした私を、マンションの管理人が捕まえてマンション内でおきた不祥事を解決して欲しいと依頼され、今こうやって臨時収入のために頑張っているわけだ。


 で、行ってみたら、現場では人が死んでいる。

 いやいや、待て待て。殺人事件じゃないか。


 というかだね。


「あんた探偵だろっ! うちのマンションで殺害されたとかニュースになったらたまったもんじゃないから解決してくれよっ!」


 と、管理人に言われたのだが、殺害されたことは戻らないから、もうニュースになるんじゃないか? と思って実際言ってみたのだが、聞く耳もたれず。

 それさえもなかったことにしてくれとか言われているようで、それは探偵の仕事じゃなくて、何かしらの能力者ではないかとは思わなくもないのだが……。



 そして、現場。

 ここは10階建てのマンション。1階ごとに3LDKおおよそ5部屋程の、なかなか高級なマンションだ。

 そんな10階より1つ上の屋上から私は望遠レンズを落としてしまったのかと思うと、こりゃもう地面でばらばらになっているのということがよくわかる。


「で、探偵さん。何か分かったかい」


 マンションの管理人が急かすように私に声をかけてくる。

 私は、そんな現場で、びくりと身を震わせているところだった。


 ほら、私は浮気調査とか探し物を探したりとかしかしたことのない探偵だよ? それこそ、そんな、目の前に死体を目にして「おえっ」とならないわけないんだよ。

 必死にえずきを抑えているときにこの管理人は何を言うのかと殺意さえ芽生えてきた。


 そんな私に更に追い討ちをかけるのが、3人の容疑者だ。

 3人も容疑者がいるなんて驚きだろ? せめて1人であってくれよ。あ、それならここに呼ばれないか。


 だが、この3人の容疑者と、死亡した彼の関係性を考えてみると、おのずと犯人と犯行動機が見えてきそうでもある。

 私もなかなか冴えたものだと自画自賛しながら私は3人を注意深く見た。



 1人はチャラそうな男性。鼻ピアスが印象的なのでこいつは鼻ピアスと呼ぼう。鼻ピアスは「おいおい、死んじゃってるんじゃねぇかあれ」と、彼が死んでいることが分かっていないのか驚きの表情を浮かべている。最後にこの部屋に呼び出されたのか、状況を見えていない風にも見えた。


 1人はベッドに呆然として座り込んでいる女性。アッシュブラウンなショートボブがよく似合うのだが、死亡した男性と仲が良かったのか、先ほどまで涙を流していたようにも見える。いや、今も流しているのだが、それを拭くような仕草もしないことからかなり危ういようにも見えてくる。第1発見者なのかもしれない。彼女はすでに彼が死んでいることを分かっているようだ。


 1人はおとなしそうな女性。艶やかな黒髪と、鼻ピアスに寄り添われて少し困った顔をしている。にやにやとしている鼻ピアスが嫌いなのであろう。そりゃそうだ。今、そこで人が死んでいるのだから不謹慎である。だが、甘んじて受け入れているようにも見えるのだが、弱みでも握られているのかもしれないな。彼が死んでいることには気づいていなさそうだ。


 私は、ベッド脇にあった写真立てを持ってその写真を見つめる。

 黒髪の女性と死亡した彼がお互いを慈しむかのように抱きしめあう傍で、ちょっとふて腐れて二人を羨ましそうに見るショートボブの女性と、反対側で同じように不機嫌そうな表情を浮かべて、ショートボブの女性を気にしている様子を見せている鼻ピアスという、丁度死体の彼を含めての4人の集合写真だ。


 仲が良いのか悪いのか、よくわからんな。

 だが、私は彼、彼女、そしてこの写真を見て、すぐに気づいた。

 どう考えても、彼氏彼女の関係のもつれによる殺害だ、と。


 さすが名探偵。伊達に浮気調査を何年も細々とやっているわけではない。


 私の推理はこうだ。


 恐らく、黒髪の女性は、死亡した彼と恋人同士。そしてその死亡した彼のことを密かに好きであったのがショートボブの女性。黒髪の女性を狙っていた鼻ピアス。こういう関係性ではないか、と。

 鼻ピアスを掘り下げていくと、ショートボブの女性と黒髪の女性、ともに自分のモノとしようと考えている節もあったのではないだろうか。



 なぜそう思ったのかって?

 そりゃあれだ。



 勘だ。



 正しくは、写真立てをみただけの推理だ。

 黒髪の女性と死亡した彼が付き合っていたのは確かであろう。

 むしろここで、彼等のことを何も知らない私がそれ以外でどのように推理すればいいのかと思わなくもない。


「君達にいくつか聞きたいことがあるのだけど……」


 さ、ここから、彼、彼女達の中から、犯人を特定していくわけだが、何となく鼻ピアスだろうと思ってしまっている私。いやだってそうだろう。怪しいだろ、彼。


「あぁ? そんなことより、あいつ倒れてるんだからとっとと介抱してやらねぇと」


 鼻ピアスが私の脇を通って死体に近づいた。


「失礼。現場検証がまだでもあり、現場を荒らされないためにもそこから動かないで頂きたい」


 この鼻ピアスが犯人だと仮定した場合、現場に残ったなにかしらを証拠隠滅する可能性もあるので、死体の近くには容疑者を近づかせないことにした。

 ただし、近づかれてもそれはそれで犯人特定に繋がるには繋がるのだ。


「げんばけんしょぅ~? てめぇ、なんなんだよっ! どけよっ!」


 私に苛立つ鼻ピアスは、私をどんっと押して死体に近づいた。

 近づきそして、その手についた血を見て、さっと顔を青褪めさせる。


「言っただろう。すぐに離れなさい」


 鼻ピアスが何かを隠したりしないか注意深く観察することも忘れない。

 近づいた時に不審な行動をすれば彼が犯人だと特定できる。


 だが、鼻ピアスは、自身の手についた血を見て震えて動きを止めてしまった。


「おい……じょ、冗談だろ。……死んでるぞ」

「え、死んで……っ!?」

「言わないでっ!」


 黒髪の女性が口を隠すように押えて驚きを表現し、ショートボブの女性は狂ったように首を振って現実を否定する。


「だから、現場を荒らすなといったんです」

「お前はなんなんだよっ!」



 私が誰かって?

 なんだ、まだ分からないのか。じゃあ教えてやろうじゃないか。



「私か? 私は、探偵だ」



 ただし、浮気調査専門みたいな、な。

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