百均のオハナシ 🛍️

上月くるを

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 屈んでキッチン用品の品出しをしていると、お客さまから呼びかけられました。

 すみません、カフェなどで冷房除けのひざ掛け代わりになるもの、ないかしら。


 振り仰ぐとまん丸い顔をした老婦人で、お忙しいところ、ごめんなさいね、と。

 いえいえ。スミレは急いで立ち上がり、タオル類のコーナーにご案内しました。


 あいにくベージュのバスタオルが1枚、あとはフェイスタオルしかありません。

 あら、これ、ふかふかで、イイ感じね~。はい、マイクロファイバーですので。


 たったこれだけのことですが、スミレはこの仕事に就けてよかったなとしみじみ。

 誇り高いお客さまばかりの以前の仕事では、こんな触れ合いは望めなかったので。



      👕



 つい一昨年まで、スミレは高級ブランドのセレクトショップの専務取締役でした。

 アパレル業界を渡って来た夫の夢だった店を開いたのは、結婚して2年目のこと。


 まだコロナは来ず、ブティックや専門店もそれなりに経営がまわっていたころで、スミレの店にも上客がついてくれたので、一時はかなりの利益があがっていました。


 でも、飽きっぽいのが世の常ですから(笑)セレクトショップの存在自体の新鮮味が失われ、日本全体の景気の失速に加え、悪魔の手先のような感染症が上陸し……。


 一着数万円から数十万円もする高級婦人服を扱っていたスミレの店からもしだいに客足が遠のき始め、気づくと、銀行の融資も断られるほど経営が悪化していました。


 それから思い出しただけで動悸が激しくなるほどいろいろなことがありましたが、一時は危ぶまれた夫婦関係も持ち直して、夫も製造業で地道に働いてくれています。



      ⏲️



 ハローワークで百円ショップの職を勧められたとき、スミレは一瞬ひるみました。

 そして、高級店の専務取締役時代の意識が抜けきれていない自分を悟ったのです。

 

 けれども、働き始めてみると、なかなか楽しい職場でした。 ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

 みな訳あり風のスタッフは朗らかで親切ですし、お客さまも気さくな方々ばかり。


 思い返せば、ご自身が……というより、夫の社会的ポジションをプライドにされているお客さまが多かった(笑)セレクトショップでは、会話にも気をつかいました。



      💎



 ねえ、あなた、ご存知かしら? 当市のゴミ事情。

 ゴミの事情、ですか? さあ、いかような?……。


 ◇▽地区と一般地域を比較すると、圧倒的に◇▽地区のほうがゴミが少ないのよ。

 あたし、市の審議委員をやらされているでしょう? 先日、議題にのぼったのよ。


 ふんわり軽くて暖かい代わりに定価もハンパではない正絹のドレスをさすりながら小鼻をうごめかせてみせた、◇▽地区の豪邸住まいのお客さまのお顔がよみがえります。


 あの方がいまのわたしをご覧になったら、どうお思いになるかしら。

 すぐ捨てられる百円商品を販売しているわたしを軽蔑なさるわよね。



      👙



 でも、ここで働いてみて分かったのですが、百円には百円なりの尊厳があります。

 いまでは、こんなに安く提供すること自体が社会奉仕だわと胸を張りたいくらい。


 ついでに言えば、困窮する社会をよそに自分だけ贅沢をする神経こそ下品では?

 高級下着で締めつけて食べるステーキの費用、こども食堂に寄付したらいかが?


 機知に富んだ百円のアイディアを素直に喜んでくださるお客さまが愛しくて……。

 小柄な身体をてきぱき動かしながら、スミレはいま、店長を目指しています。💅



 

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