592.血を分けた孫〜ソビエッシュside

「新たな記憶の中のベルは……寒くなかったのだろうか」


 ふと、言葉を漏らす。


 ベルと茶会をする度、描きためていた絵。

あの後、更に私は1枚の絵を描いて保管した。


 温かな陽光の中、微笑むベルに白いリコリスの花束を持たせて。

 

 保管した絵の中から厳選した絵は今、王城のどこかにあるはずだ。


 そうでない絵は……ロブール邸に、ベルの住んでいた小屋を模した離れを造った日、燃やした。


 厳選した絵には清らかなベルに相応しい、聖属性の魔力を纏わせ、しっかりと保護魔法もかけ、存在感を与えた。


 自己主張の激しい絵にして、私はオルバンスの蟄居先へと送りつけている。


 微笑むベルを見たオルバンスは、何を思って死んでいったのか。


 苦しみ続けて死んだなら、本望だ。

ベルが恨んでなくとも、私はオルバンスが今も憎い。


 死地に向かうベルを止められなかった己も……憎くて仕方ない。


「ソビエッシュ様?

きっと時期的に寒かったとは思いますが……」


 シャローナ、そういう意味ではないぞ。


 長年の癖から、心中でそっとつっこみつつ、ベルが死地へと向かったあの日の冬を思い出す。


『シャローナと、ついでにチェリア家も。

きっとこれから、悪意と殺意に襲われる。

シャローナは、物理でなら魔法をかけてあるから守れるけど、それ以外の事からは難しい。

チェリア家ごと守れるのは、四大公爵家の中でもロブール家だけだと思う。

エッシュ。

私の代わりに守って。

最初で最後のお願いだ』


 行かせれば死んでしまうと直感した私は、止めようとベルに追い縋り、結局ベルに昏倒させられた。


 意識を失う前に、愛する女性の初めてで、たった1つとなった願い事。


 叶える為に籍を入れ、妻となったシャローナを、ベルのように愛しているとは言い難い。


 何より父親から、ロブール当主の権限を条件付きで奪った……いや、奪わせてもらった以上、私にはロブール家を存続させる責務もあった。


 シャローナも私も、互いに負担でしかなかった政略結婚。


「シャローナ……ラビアンジェは……いや、後悔していないか?」


 恐らくこれから、私達はラビアンジェと会うだろう。

ラビアンジェの正体に、シャローナも気づいている。


 だとして、長らく夫婦として過ごした時間を、シャローナはどう感じているのか……。


「ソビエッシュ様。

後悔していないと言えば、嘘になる。

きっとソビエッシュ様も同じでしょう」

「……そう、だな」

「けれど私達はベルジャンヌ様から、最善を模索する事。

そして最善だと思う事を実行しないと、後悔しても、し足りない。

ドツボというものにハマる、という事だけは学んでいませんか?」

「……ドツボ……」

「はい、ドツボです。

それに存外、政略結婚でもソビエッシュ様は優良物件だったと思いますよ」

「……優良物件……」

「だって私達の本命は、常にベルジャンヌ様。

類友というやつですが、だからこそ生まれた相互理解と、この先も続いていくと無条件に信じられる夫婦愛があるのですから」

「……類友……」


 ふふふ、と笑う妻の言葉に、なるほどと思う。


「ふっ……そうだな。

夫婦愛か……この先も、私は死ぬまでシャローナを妻として愛する事だけは、確信しているな」

「はい。

私もソビエッシュ様を夫として、この先も愛していくと確信しています」


 これが私の、私達夫婦の最善。

そう思える事が、私の幸せなのだろう。


「あの部屋ですね。

参りましょう」

「ああ」


 そうして入った部屋で、孫娘となったベルを目にして、どうしてこうなったのか、すぐに察した。


 ラビアンジェはベルジャンヌと違い、生き続ける方を選んだ。


 体中に走る聖印は、ラビアンジェを苛んでいる。


 しかし同時に、悪魔が体内に侵入するのを守りつつ、悪魔からラビアンジェという存在を隠している。

隠すというより、認知されにくくしていると言った方が正しいかもしれない。


 悪魔がラビアンジェをハッキリ意識すれば意味を為さないが、それ故にラビアンジェの存在は、悪魔から認知され難かったはず。


 そしてラビアンジェを中心に展開している魔法陣は、条件付きであらゆる魔法を強制解除してくれる。


 ラビアンジェの抱える聖獣達は、ラビアンジェの中で暴れる聖印を抑えつけている。


 国王はラビアンジェの魔法陣を維持し、それ以外の者達は、探索者となって魔法の発現を完成させようとしている。


 探索者は……ミハイルとレジルス第一王子。

それから、もう1人いるな?

ラビアンジェにとって縁の深い人物なのは間違いないが、顔は知らない。


 シャローナに触れてエスコートしつつ、魔力を纏わせる。

目配せすれば、私が何をしようとしているのか察したようだ。


 私とシャローナは互いに片方の手で、氷結していないラビアンジェのそれぞれの頬へ、各々触れた。


「ご無事でしたか、国王陛下」

「ああ。

そなたの孫娘に助けられた。

手助けできそうか?」

「私達夫婦の、血を分けた孫ですから」


 国王との短いやり取りをして、瞳の力異能で妻を導きつつ、魔法陣へと干渉を始めた。




※※後書き※※

いつもご覧いただき、ありがとうございます。

No.269で出てきた絵の作者が、やっと判明です!

他にもレジルスが離宮の壁を壊して、出てきたこの絵に救われたとしたシーンがあったはずですが、ちょっとどこだったか見つからなかったΣ(・∀・;)


これにてソビエッシュsideは終了となります。

変わった過去の部分がある程度ハッキリするよう書こうとしたら、長くなってしまいました!

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《書籍化、コミカライズ》稀代の悪女、三度目の人生で【無才無能】を楽しむ 嵐華子@【稀代の悪女】全巻重版 @arashihanakokaku

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