第42話 王立神殿
「すごい…すごいです…!人がこんなに!はっ!あの建物は何ですか!?あっちには何が!?」
「ふっ、気持ちは分かるが少し落ち着け」
立派な城門をくぐり、カルロスとナディアは王都へと足を踏み入れた。巨大な建造物があちこちに立ち並び、商業施設や飲食店も充実している大通りに入ると、ナディアの興奮は最高潮に達し、御しきれなかった魔力により少し身体が浮いてしまっている。カルロスに頭をポンと撫でられたナディアはようやく我に返り、地に足をつけた。
カルロスたちが目指すは、カルロスの妹がいるエスメラルダ王立神殿である。王国が管理する神殿であるため、その規模はこの国随一のものである。仕える神官やシスター達の数も多い。カルロスの妹も同様に神殿に従事しているのである。
「王城の前に広場がある。そこから神殿に向かうのが分かりやすいだろう」
カルロスは幾度か王都に訪れたことがあるため、ナディアを案内するように先行する。ナディアはキョロキョロ辺りを見回しながらもカルロスの後を追った。如何せん大都市なため、中央の広場に到着するだけでもかなり時間がかかる。所々で出店されている露店で買い食いをしつつ、二人は広場に到着した。
広場は白を基調にした造りとなっている。精巧に嵌め込まれた煉瓦が、幾何学模様を成形している。そして、その広場の前には巨大な門があり、その奥にこの国の王が住む王城が聳え立っていた。白亜の城は太陽の光を反射して、美しく、荘厳な構えで聳え立っている。いつも興奮して騒ぎ立てるナディアもその佇まいに圧倒されたように息を呑んでいる。
そして、広場の真ん中には剣を掲げる人物の立派な銅像があった。よく磨き上げられており、丁寧に管理されていることが窺える。
ナディアが近付いてよく観察してみると、銅像の台座には『勇者アーロン』と記されていた。
「ご主人様、この方は…」
「…ああ、100年前に魔族の王を討ち倒した英雄さ」
カルロスもナディアの横に並び、銅像を見上げていた。その表情は逆光でよく見えなかったが、その声音には懐かしむ響きが込められているようだった。
ナディアは最近どこかでその名を見た覚えがあるな、と首を傾げたが、カルロスがパンと手を叩いたためハッと我に返った。
「さ、今回の目的地は王城じゃなくて神殿だからな。あれがそうだ」
カルロスが指差す先、広場を突っ切り大通りを進んだ先に聳え立つ丸みのある建物がエスメラルダ王立神殿であった。窓には色鮮やかなガラスがはめ込まれ、建物内に降り注ぐ陽光を優しく色付かせている。
カルロスとナディアは、神殿の入り口前までやって来た。両開きの扉を押せば、神殿の中に入れるのだが、カルロスは僅かに躊躇している様子だ。
「はぁ、着いてしまったな…」
ボソリとカルロスが呟いたが、ナディアが聞き返す間は無かった。口を開こうとした途端、ドドドドドと忙しない音が接近してきて、バンっと目の前の扉が内側から開け放たれたのだ。
「はぁはぁ…やっぱりお兄様でしたか!!!!リリは…リリは本当に…会いとうございました…!!!」
そして弾丸のように飛び出して来てカルロスに勢いのままに抱きついたのは、リーニャを小さくしたような儚い少女であった。髪は透き通った金色で、耳は特徴的に尖っている。そして翠緑色の煌めく両眼は涙でいっぱいだ。
「うっ…リリアーナは相変わらず、元気そうだな」
心なしかメキメキとカルロスが締め上げられているようだが、ナディアは呆気に取られて動くことができなかった。リリアーナと呼ばれた少女は、カルロスを締め上げながら激しくスリスリスリスリとたくましい胸板に頬擦りをしている。思考が停止していたナディアだが、主人の危機を悟り、慌てて仲裁に入った。
「はっ、離れてくださいぃぃ!ご主人様の骨が砕けてしまいますッ!」
「あら、ごめんなさいっ!私ったらつい興奮しちゃって…」
ナディアの姿をようやく確認したリリアーナは、慌ててカルロスから離れ、ペロリと舌を出して頭を小突いている。仕草は何とも愛らしい少女だ。
「…って、あなたは何者ですか?お兄様とどういったご関係で」
我に返ったリリアーナは、ナディアを見定めるように上から下まで視線を何往復もさせている。この辺りもリーニャにそっくりだ。
「あっ、私はナディアと申します。ランプの魔神で、今はご主人であるカルロス様と共に旅をしております」
「…お兄様と旅……?な、な、ななな」
すると突然ぷるぷると肩を震わせて顔を真っ赤にするリリアーナ。カルロスの顔にも焦りが浮かんでいる。
「この…泥棒猫ーーーーーっ!!!!」
すぅーっと肺いっぱいに息を吸い込んだリリアーナは、ナディアの鼓膜が破れんばかりにそう叫んだのだった。
ランプの魔神ですが、ご主人様が最強すぎて願い事を言ってくれません! 〜仕方がないのでのんびり一緒に旅をしています〜 水都ミナト@【解体嬢】書籍化進行中 @min_min05
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