第41話 王都へ

「昨日はよく眠れたかしら?」


 カルロスとナディアが世界樹の里にやって来た翌朝、温められてホワホワと湯気が立つ野菜スープを注ぎながら、リーニャが尋ねた。


「ああ、よく眠れたよ」

「とっても気持ちよかったです!」


 草木で作られた天然のベッドは優しく身体を包み込むような寝心地で、カルロスもナディアもぐっすり朝まで眠ることができた。


 三人はテーブルにつくと、リーニャ手製のパンと野菜スープで胃袋を満たした。

 温かいミルクを飲み、片付けが済むと、早速リーニャは王都へ案内すると言って世界樹へと向かった。後に続くカルロスの足取りは重い。ナディアは昨日から疑問に思っていたことを問うた。


「ご主人様は、妹様と仲が悪いのですか?」

「…そういうわけではない。むしろあいつは…いや、何でもない」


 カルロスの返答はなんとも歯切れの悪いものであった。ナディアはカルロスの様子が気になりつつも、それ以上問いただすことはやめた。


「着いたわよ」


 世界樹に到着し、リーニャはその樹皮をそっと撫でながら転移について説明をしてくれた。


「この世界樹はね、この国に深く深く根ざしていて、その根を国中に伸ばしているのよ。だからその根が届く範囲なら、私たち里の民の力で転移することができるの。さ、世界樹に手を添えて。目を閉じて意識を集中させるのよ」


 リーニャに言われた通りに、カルロスとナディアは目を閉じ、世界樹の表皮に触れる。すると、手のひらを通して、温かい魔力の波が押し寄せてきた。その波動は、渦巻き身体を包み込むように奔流する。


「行くわよ」


 リーニャの声が響いたかと思うと、ぐんっと身体が世界樹に引き込まれるような感覚に襲われた。波に揉まれ、激しく流されていく。ナディアはぎゅっと目を閉じ、カルロスも少し体を硬らせながら、波に身を委ねた。

 身体が反転したかと思うと、再び何かに手を引かれる感覚がし、次の瞬間にはドサリと地面に尻餅をついて着地をしていた。


「うっ」

「あいたたた…こ、ここは?」

「うふふ、無事に着いたようね。ここがエスメラルダ王国の王都よ」


 カルロスとナディアが尻をさすりながら立ち上がり、辺りを見回す。どうやら小高い丘の上のようだ。目の前の視界は開け、広大な青空が広がっている。

 ナディアが丘の頂上へと数歩足を踏み出し、手庇を作って薄く目を細める。すると、丘から望める眼下には、視界に収まり切らない程の巨大な都市が広がっていた。


「ふわぁ…すごい…」


 サルモンの街も大きな街であったが、王都の壮大さには足元にも及ばなかった。白亜の巨大な城を中心に、放射状に広がる街並み。いくつか立派な建物が見受けられるが、主要な施設か何かだろうか。


 ナディアが王都の巨大さに興奮して鼻息を荒くしているのを、リーニャは微笑ましそうに眺めている。そして、カルロスに向き合い、そっとその両手を握った。


「短い里帰りだったわね」

「…ああ」

「落ち着いたら、またナディアちゃんを連れて里へ遊びに来てちょうだいね。今度はゆっくりとおもてなしをするわ」

「ふっ、ああ、そうするよ」


 カルロスは一瞬笑みを深めると、覚悟を決めた眼差しで王都の街を眇めた。そして、リーニャに再び視線を戻すと、その名を呼んだ。


「リーニャ」

「うん?ママって呼んでって言ったでしょう?」


 カルロスに名を呼ばれ、リーニャは不満げに唇を窄めた。


「ありがとう」

「っ!…うふふ、母親が子供に手を貸すのは当然のことでしょ。頼ってくれて嬉しかったわ。くれぐれも、あの子にもよろしくね」

「…はぁ、分かったよ」


 カルロスのお礼の言葉に、リーニャは一瞬驚き目を見開いたが、嬉しそうに口角を上げた。


「じゃあ、私は里へ戻るわね。困ったことがあったらいつでも訪ねなさい」

「お母様っ!お世話になりました!また改めてご挨拶に伺いますっ!末永くよろしくお願いします!」

「だから、結婚の挨拶じゃないんだからそんなにかしこまらなくていい」


 ナディアに鋭く突っ込むカルロスの様子に、クスクスと笑みを零しながら、リーニャは丘の上の一本木に手を添えた。すると、眩い光がリーニャを包み込み、瞬きの間にその姿は消えてしまった。


「素敵なお母様ですね」

「…少し説教臭くて騒がしいがな」


 ナディアの言葉に、カルロスは微笑した。そして王都の一角を睨みつけ、覚悟を決めたように言った。


「さあ、行こうか。エスメラルダ王立神殿へ」

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