第40話 墓参り

「そうだ、リーニャ。父さんに挨拶して行きたいんだが」

「あ、そうね。パパも久しぶりにカルロスちゃんの顔を見たいでしょうし、行きましょうか」


 再びリーニャの案内で、カルロスとナディアは祭壇の裏から伸びる地下への階段を下っていった。

 下りた先には温かな光が灯る墓地があった。


「エルフは長命だから、あまりお墓を立てる習慣はないんだけどね…本人の意思や家族の意思で、こうして生きた証を残すこともあるの。パパのお墓はこっちよ」


 少し寂しそうに目尻を下げるリーニャが案内したのは、小さな大理石の墓標だった。墓前には色とりどりの花が添えられている。


「父さん、久しぶり」


 カルロスは膝をついて、墓標を撫でると、両手を合わせた。ナディアも一歩下がったところで同様に手を合わせた。


 目を開けたナディアが、カルロスの父の墓標の隣にも、墓標があることに気づいて視線を移した。ナディアの視線に気づいたカルロスも同様に隣の墓標を見て柔らかく微笑んだ。


「それは俺の親友の墓だよ」


 そして、懐かしそうに墓標の名前をなぞった。そのままカルロスは目を閉じて、暫く黙祷していた。親友に何か語りかけているのだろうか。

 ナディアは遠慮がちにカルロスの手元を覗き込み、墓標に刻まれた名を読んだ。


「アー…ロン?」


 どこかで聞いたことがあるような…


 ナディアが思い出せないで頭を捻らせていると、目を開けたカルロスが立ち上がったため、慌てて後を追った。


「あら、ゆっくりしたらいいのに。もう挨拶は済んだの?」


 離れたところで見守っていたリーニャが意外そうな顔をして言うと、カルロスは苦笑して答えた。


「男同士は深く語らなくても伝わるもんさ」

「ふぅーん?そういうものかしら?」


 リーニャは面白くなさそうに唇を尖らせていたが、私には分からないわと首を振ると、階段へ向かって行った。

 カルロスとナディアも後に続き、里へと戻った。


「さ、今日はうちに泊まって行きなさいね。王都へは明日最寄りの森まで繋いであげるわ」

「それは助かる」


 カルロスは素直にリーニャの好意に甘えることにした。エルフの里の民は、森を通じて国中に転移することができるのだ。

 ナディアはカルロスの生家に泊まれると分かり、嬉々としている。


「うふふ〜」

「ナディア、楽しそうだな」

「だって、ご主人様がここで生まれ育ったのかと思うと…幼いご主人様が駆け回る様子が目に浮かぶようで…ぐふ、ぐふふ」


 ナディアは妄想を巡らせてだらしなく口元を緩ませた。心なしか涎が垂れているようだ。カルロスは困ったように眉根を下げながら言う。


「あー、確かに生まれはこの里だが、幼い頃は父の故郷で育ったんだ」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ、見た目は父に似ていたからな。人里でエルフの血筋だとは言わずに人間として育ったんだ。ま、身体が弱かったから家に篭って魔術書ばかり読んでたけどな」

「そう、でしたか…」


 ナディアは何と返事をするのが正解か、分からなかった。カルロスの幼少期は、もしかすると出自が原因で何か苦労があったのやもしれない。カルロスの口調からそのような気配を感じたのだ。

 ナディアが少し肩を落としていることに気付いたカルロスは、気にするなとばかりに優しくナディアの頭を撫でた。


 そうこうしている間に、里のはずれにある木造の小さな家に到着した。


「ここよ。遠慮なく入ってね」


 リーニャに案内され、ナディアは恐々としつつも玄関をくぐった。他のエルフと違い、手作りと思われる家であるが、中はやはり外観よりも広く感じた。

 木の温もりを感じる暖かな家であった。


「ふふ、ここはね、パパと一緒に建てた大事な家なのよ。当時は色々大変だったけど、大好きなお家よ」


 リーニャは嬉しそうに木の柱を撫でた。


「さて、と。せっかくカルロスちゃんが来てくれたんだもの、腕によりをかけて夕飯を作らないとね」

「ふ、楽しみにしているよ」


 リーニャはウキウキとエプロンを身につけると、台所へと消えて行った。カルロスは気恥ずかしそうにしつつも、どこか嬉しそうに席についた。


 その日の晩、カルロスはリーニャの手料理に舌鼓を打ちつつ、昔話に花を咲かせて、温かな気持ちで床についた。

 久方ぶりに幼少期の話をしたからか、はたまた墓参りをしたからか。カルロスはその日の夜、夢の中で優しく微笑む父と、数十年ぶりに対面し、たくさん語り合ったのだった。

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