第39話 リーニャの千里眼

「ふぅ、まあそのことだとは思っていたわ」


 カルロスから要件を聞いたリーニャは、小さく息をつくと視線でカルロスとナディアを誘導した。二人は顔を見合わせると、大人しくリーニャの後を追った。

 里を突っ切るように進んでいくと、小さな石の建造物に到着した。白く滑らかなその石は、大理石だろうか。恐らく何百年、もしかすると何千年もこの地にあるのだろうが、寂れた様子はなく、綺麗に手入れがされていた。


「さ、狭いけど入って」


 大理石の建造物に扉はなく、ぽかりと空いた空間から中へと入っていく。


「ほわぁ…綺麗…」


 中に入ると、外から見るよりもかなり広さを感じた。外から切り離されたような、里に降りて来た時と似た感覚に襲われる。所々外の光を取り入れるように空いた出窓から、光の筋が差し込んでおり神秘的な様相を呈している。ナディアは思わず感嘆の声を上げた。


「ふふ、ありがとう。ここはね、代々私たちの一族が管理する神殿のような場所なの」


 リーニャがにこりと微笑むと、祭壇のように一段高くなった場所に近付き、何もない空間に手を翳した。


 すると、白い光がリーニャの手に集まり、パァッと眩い光を放った。思わず目を瞑ったナディアが、恐る恐る目を開くと、リーニャの手元には大理石の台座が現れており、その上には透き通る水晶玉がちょこんと乗っていた。透明度が高く、反対側まで透けて見える程だ。


 カルロスに驚いた様子がないため、彼らにとっては日常的なことなのだろう。


「じゃあ、いくわよ」


 現れた水晶玉に両手をかざし、リーニャは静かに目を閉じた。すると、白いモヤのようなものが水晶玉の中を渦巻き、次第に映像が浮かび上がった。


「こっ、これは…」


 驚き目を見開くナディアに、カルロスが説明をする。


「ああ、リーニャは千里眼の能力を持っていて、遠くの事象を見通すことができるんだ」


 やがて、リーニャは薄く目を開けると、静かに語り始めた。


「…カルロスちゃんの言う通り、この国のいくつかの場所で瘴気の気配を感じるわ。まだ数は少ないけど、放っておいたらどんどんと溢れ出てくるでしょうね」

「そうか。具体的な場所は分かるか?」

「ええ…頑張って探っているんだけど…ふぅ、やっぱり私の千里眼の力は衰えているみたい。これ以上のことは見えないわ」


 額に汗を滲ませて、水晶玉に魔力を流すリーニャだが、やがて諦めたようにその手を下ろした。


「衰えている…というのは?」


 カルロスの問いに、リーニャは小さく微笑んだ。


「力が遷移しているのよ。にね」

「……そうか」


 リーニャの言葉を聞いて、カルロスはぴくりと眉根を寄せた。少し気まずそうな表情をしている。


「ふふっ、だから、詳しいことを探りたいのなら、を訪ねるしかないわね」

「……はぁー、やっぱりそうなるよな」

「???あの子?とは?」


 どんどん話を進めるカルロスとリーニャであるが、ナディアには何が何だかサッパリ分からない。ナディアは答えを求めるように、溜息をつくカルロスの服の裾を握った。


「あ、ああ…すまない。たった今、次の行き先が決まったぞ」

「へ?どこですか?」

「……王都だ」

「王都!」


 ナディアはパァッと顔を輝かせた。エスメラルダ王国の中心部である王都へは、行ったことがなかった。国の中心街なため、豪奢で広大、そして珍しいものや食べ物に溢れる街として評判であった。


 ウキウキと飛び上がりそうなナディアに対し、カルロスはしきりに溜息をついている。


「もうっ、大の男がナヨナヨと、見てらんないわ」


 その様子に痺れを切らしたリーニャが、ぺちんとカルロスと尻を叩いた。


「おい、子供じゃあるまいし」

「何言ってんのよ。あなたは一生私の子供なんだから」


 不服そうに苦言を呈するカルロスであるが、リーニャには通用しなかった。妖艶な笑みを浮かべて楽しそうにしている。そして、腰に手を当てると、説教をするように言った。


「あのねぇ、たまには会いに行ってあげなさいよ?あなたのたった一人の妹なんだから」

「妹ぉ!?!?」


 リーニャの言葉に驚愕の声を上げたのは、ナディアであった。カルロスはやれやれといった風に片手で頭を抱えていた。

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