第38話 リーニャと世界樹の民の里
「カルロス、なのね…!?」
黄金の髪の女性は、もう一度確かめるようにカルロスの名を呼んだ。そして、エメラルドグリーンの瞳に涙を浮かべながら、カルロスへ駆け寄った。
一瞬迷いが生じたカルロスは、逃げるタイミングを逃し、勢いよく飛びついて来た女性を咄嗟に受け止めた。
「んきゃーーーーーっ!?ご主人様から離れ…」
カルロスに金髪美女が抱きついたことに、ナディアが絶叫する。そんなナディアにお構いなしにカルロスは口を開いた。
「リ、リーニャ…その、久しぶりだな」
「ばかっ、何が久しぶりだな、よ!100年近くも私を放っておいて!…会いたかったわ」
ただならぬ雰囲気にナディアは右往左往する。
100年!?会いたかった!?ま、まさかこの方はご主人様の…いい人なのでは!?
サァっとナディアの顔から血の気がひく。これまでカルロスから恋人がいるという話は聞いたことがなかった。ナディアに黙っていただけで、心に決めた女性がいたということか。
何だかすっごく胸がモヤモヤするナディアである。
「あー…すまん。とりあえず離れてくれないか」
「えー、いやよぉ。せっかく大好きなカルロスちゃんに会えたんだもの。離れたくないわ」
「その呼び方はやめてくれと言っているだろう…」
「うふふ、照れなくてもいいのよ」
カルロスちゃん!?ナディアは開いた口が塞がらずに顎が外れるかと思った。
すっかりカルロスの腕に絡みついた女性は、体重をカルロスに預けるようにして密着している。諦めたように一つ溜息をつくと、カルロスはナディアに向き合って、こう言った。
「驚かせてすまない。この人は、俺のーーー…母だ」
「おっ、お母様…!?」
「うふふ、お母さんって呼んでよ。もしくはママでもいいわ」
「絶対嫌だ」
二人のやり取りから、近しい関係だとは感じられたが、まさか親子であったとは。
ナディアが驚くのも致し方なかった。なにせリーニャは、見た目はカルロスとそう変わらない若さに見える。そもそも、先程カルロスと100年ぶりという話もしていた。
ナディアは思わず、彼女の特徴的な耳に視線を移す。
「ん?ああ、そうよ。私はエルフの母を持つハーフエルフなの。外観的特徴はほぼお母様から引き継いだのよ」
ナディアの視線を感じてか、リーニャはナディアの疑問に答えてくれた。そして今度はナディアに問いかける。
「ええっと、あなたは…?はっ!もしかして!!久しぶりの帰省に女連れ…分かったわ!!結婚の挨拶ね!?」
「けっ!?!?」
「違う」
1人盛り上がる母に、ぴしゃりとカルロスは否定するが、すっかりナディアは顔を真っ赤に染め上げてモジモジしている。
「こいつはナディア。ランプの魔神で俺がその主人になる」
「はっ、はじめまして!ナディアと申しますっ!不束者ですがよろしくお願いします!」
「ナディア、結婚の挨拶じゃないんだから気楽にしてくれ、頼むから」
「あらあら〜うふふ。やっぱり魔神さんだったのね。すごく変わった魔力を感じたから何事かと思って警戒しちゃった。改めて、よろしくね。私はカルロスのお母さんのリーニャって言うの」
ニコニコと楽しそうに魅力的な笑顔を向けるリーニャ。
「はぁ…人の話を聞かないのは相変わらずだな…」
カルロスはそんな母を半ば呆れた様子で見ている。
「何よう。ま、こんなところで立ち話もなんだし、里におりましょうか。着いてきて、案内するわ」
リーニャはぷうと頬を膨らませるも、カルロス達を手招きして世界樹の根まで歩いていく。カルロスとナディアは顔を見合わせると、静かにリーニャの後に続く。
リーニャが世界樹の根に触れると、根と根の隙間が眩い光を放ち、地下へと続く階段が現れた。リーニャは躊躇うことなく階段をズンズン降っていく。
「ご、ご主人様?」
「ああ。この下が世界樹の民の里だ。行こう」
少し及び腰のナディアを安心させるように、カルロスはぽんと頭を撫でた。そして、光の階段を下っていった。
階段を包む空間は不思議な様相だった。転移に使った鍵の中に似ている。白い何もない静寂な空間をリーニャに続いて降り続ける。しばらく下っていくと、不意に視界が開けた。
「っ!」
「さぁ、到着よ。私たちの里へようこそ。そして、カルロスちゃん、お帰りなさい」
そこは緑に覆われ、美しい花々が咲き乱れる小さな里であった。世界樹の太い根が四方に伸びており、所々にできた巨大な
人口は少ないようだが、里に住む者は皆、輝く金髪に、尖った耳をしている。
「世界樹の民の里。別名、エルフの里よ」
「エルフ…」
ナディアが目を瞬かせて周囲を観察する。エルフとは聖なる森の奥でひっそり暮らすと言われている種族だ。魔力が強く、長命で有名だ。
ナディアは気になってはいたが言ってはいけないかと、ずっと我慢していたことをカルロスに尋ねた。
「ご主人様は…エルフの血族なのですね?」
「…ああ、俺の母であるリーニャはハーフエルフで、俺の父は人間だ。つまり、俺は4分の1エルフの血を引く、言わばクォーターエルフだ」
カルロスは眉根を下げ、困ったような表情で答えた。カルロスが魔法に秀でているわけだ。エルフの膨大な魔力を受け継いでいるのだろう。
だが、カルロスの髪は栗色で、耳も少し尖っていると言われれば尖っているように見えるが、エルフのそれほど特徴的ではない。
父親の外観を引き継いだのだろうか。そうナディアが考えていると、その疑問に応えるようにリーニャが口を開いた。
「うふふ、カルロスちゃんはパパに本当にそっくりだわ…本当に…若かりし頃のパパがここにいるようね…」
愛おしそうにカルロスを見つめるその瞳には、じわりと涙が滲んでいる。ちろ、とナディアは思わずカルロスを見上げた。カルロスは少し寂しげな笑みを浮かべていた。
「俺の父は、すでにこの世にいないよ。寿命を全うして亡くなった」
「ふふ、私はエルフの血が濃いから、人間であるあの人と同じ速さで老いることができなかったわ。でも、一緒になるって決めた時から覚悟はしていたし、最後まであの人の前では美しい私でいられたわ。それも、幸せなことだったと思っているの。エルフの血が濃い分、カルロスちゃんよりも長生きしちゃいそうで、それが少し辛いかな。長生きできるっていいことばかりじゃないのよ」
少ししんみりとした空気になったが、その空気を振り払うようにリーニャが明るく言った。
「だから、たっくさん会いに来て欲しいのに!カルロスちゃんったら本当に会いに来てくれないんだからっ!!私がどれだけ寂しい思いをしてきたことか…」
再びカルロスの腕にぎゅうっと抱きつくリーニャ。カルロスはため息をつきながらも振り払うことはしなかった。
「悪かったよ。たまには顔を出すようにする」
「約束よ?あなたの言葉は頼りにならないんだから」
そう言って笑うリーニャは、まるで少女のようであった。
「ん?そういえばご主人様っておいくつなんですか?それにお母様も…」
「女性に年齢を聞くものじゃないわ」
「ひっ、す、すみません!」
ナディアがふと疑問に思ったことを口にすると、リーニャは低く冷たい声音で言葉を返し、ナディアは縮み上がってしまった。
「こら、ナディアを怖がらせるな。俺もリーニャの本当の年齢は聞いても教えてくれないから知らないな。俺は…120歳だったかな?100年生きて以降はきちんと数えていないな」
「120歳…なんだか色々と腑に落ちました…」
カルロスと出会った、ベルデの町でのバルトロとの会話。
数十年では到達し得ない魔法の知識に技術。
レオンが混血と言った時のカルロスの様子。
これまでナディアが違和感を感じていたことが、ようやく繋がった気がした。
「それで、そんなあなたがここに来たってことは、何か目的があってのことなんでしょう?」
さすがカルロスの母というべきか。リーニャは、カルロスの心中を見通しているかのように悪戯っぽい笑みを浮かべた。カルロスも、ふっと笑みを漏らした後、真剣な面持ちで答えた。
「ああ、瘴気について聞きたいことがあって来た」
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