第37話 世界樹

 宴の翌日、カルロスとナディアはマルコに挨拶を終えると、サルモンの街を去った。マルコは残念がっていたが、関所まで見送りに来てくれた。


 カルロスとナディアは、サルモンに到着して初めて湖を望んだ丘の上にやって来た。


「うーん!!遠くから見ても本当に綺麗ですね!」

「ああ、何とか元通りにできて本当によかったよ」


 遠目にからでも、湖の魚たちが跳ねる水飛沫が輝いて見えた。


 しばらくアスル湖を眺めていたが、意を決したようにカルロスは手のひらを宙に掲げた。そして、いつかナディアのために図鑑を取り出したように、空間から鍵のようなものを取り出した。古びてはいるが、不思議な力を放つ鍵だ。


「それは?」


 ナディアが尋ねると、カルロスは困ったような、懐かしむような複雑な表情で答えた。


「世界樹へ向かう鍵さ。これを使って世界樹がある里へ転移する」

「ほあー!何か凄いですね!ワクワクします!」


 ナディアが興味深そうに鍵を突いたり、匂いを嗅いだりしている。その様子にカルロスの緊張も幾分かほぐれてきた。そして、深く息を吐き出し、覚悟を決めたように鍵を何もない空中に突き出した。ゆっくりと右に回すと、空間が切り取られたように白く眩い光を放った。


「行こう」

「はいっ!」


 カルロスはナディアに声をかけ、二人は揃って白い光の中に身を投じた。




◇◇◇


「っ、ここは…?」


 光を潜ると、そこは鬱蒼と木々が生い茂る深い森であった。ぱちぱちと目を瞬かせてナディアは目を慣らす。カルロスも光の中を潜って来たために目を細めながら手庇を作って周囲を確認している。


 森は不思議なぐらい静まり返っている。木の葉が空を覆い、辺りは薄暗い。所々、枝葉の隙間から日が差しており、まるで光の柱のようである。

 鳥の囀る声や、木々の擦れる音などがかなり遠くに聞こえる。今いる場所が周囲から隔離されているような、そんな奇妙な感覚だ。


「うん、無事に着いたみたいだな。久しぶりに使うから少し心配だったが、問題なかったようだ」


 カルロスは出した時と同様、鍵を空間転移で収納する。そして、方角も分からないような深い森の中を、迷いなく進んでいく。

 ナディアは何かを感じているのか、キョロキョロ辺りを見回しながらカルロスの後を追う。はぐれてしまうと、二度と会えないような、そんな不穏な気配がする。


 しばらく歩くと、ようやく開けた場所に出た。


「はわ…大きい木…」


 そこには見上げるほどの巨木が聳え立っていた。

 その幹は見たこともないほどの太さだ。ナディアが両手を広げて何人必要だろうか。樹齢は百年ではきかないだろう。もしかすると、数千年にものぼる悠久の時をこの地で過ごしてきたのかもしれない。

 ナディアが巨木に圧倒されて言葉を失っていると、カルロスが静かに口を開いた。


「これが世界樹だ。この木の真下に、根でできた空洞があるんだが、そこに世界樹を守護する一族の里があるんだ」


 そう言って世界樹に近付こうとしたカルロスが、ふと歩みを止めた。


 いつの間にか、世界樹の根の上に黄金に輝く髪の女性が立っていた。

 腰ほどにまで艶やかに伸びた髪、カルロス達を見定めるように細められた瞳は、鮮やかなエメラルドグリーンであった。そして、その耳は鋭く尖っている。


 カルロスは、見知った人物なのか目を見開いて、数歩後退りをした。


 黄金の髪の女性も、じっとこちらを見定めていたが、次第に宝石のような目を見開いて行く。


 そして、ゆっくりと唇を開くと、頭の奥に染み渡るような不思議な声音で言った。


「…カル、ロス?」

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