第36話 復活の宴
湖が元通りになった翌朝、街は喜びの声に包まれていた。
「あっ!!!ここにいましたか!!探しましたよ」
額に汗を滲ませながらカルロス達の元にやって来たのは、役場職員のマルコであった。
「ああ、そんなに慌ててどうしたんだ?」
街のカフェで少し遅めの朝食を楽しんでいたカルロスは、エッグトーストの最後の一口を口の中に放り込み、しっかり味わってから尋ねた。
「そりゃ…慌てもしますよ。ご存じだと思いますが、アスル湖が…アスル湖に水が戻ったんですよ!魚達も元気に泳いでいて、元通り美しい湖に…うっ、すみません」
マルコは話しながら感極まったように声を振るわせた。ナディアがそっと紙ナプキンを差し出すと、頭を下げて受け取った。目頭を軽く抑えながらマルコは続ける。
「あなた方に湖の案内をした翌日に元通りになるなんて、どう考えてもおかしいです。街の皆は奇跡だと騒いでいますが、カルロスさん、あなた達ですよね?」
「さあ、何のことだか」
マルコは赤い目でカルロスとナディアを見比べる。カルロスは知ったか振っているが、ナディアは鼻の穴を広げて得意げに胸を逸らせている。二人が何かしたのは自明であった。
「はぁ…ともかく、本当にありがとうございます。何があったのかは、できたらお伺いしたいところですが…是非アスル湖の本来の姿を見て行ってくださいね。私は色々と仕事がありますので、ここで失礼しますが…準備が整ったらアスル湖復活の宴を街を上げて行う予定なので、そちらもよければ参加してください」
「そうなのか、それは楽しみだ」
では、と深く頭を下げて、マルコは慌ただしく役場へ戻っていった。
「よかったですね」
ナディアはニコニコと笑いながらカルロスに言った。
「ああ、そうだな。慌ただしい一日だったが、宴の日まではのんびり過ごさせて貰おうか」
そして、食後の紅茶で喉を潤した二人は、アスル湖へ向かった。
◇◇◇
「ほあー…改めて見ると本当に綺麗ですね」
「ああ、圧巻だな」
陽の光を反射して多彩に輝く雄大な湖面。対岸が見えないほど巨大な湖だが、その水質は素晴らしく、離れた位置からでも煌めく魚の鱗が見て取れた。
そんなアスル湖の湖畔には、すでにたくさんの人が集まっていた。
満面の笑みで湖の水を確かめる者、涙を流して天に祈る者、早速船を出して漁業に取り掛かる者。そして水際を裸足で走り回る子供達。子供達が走った後には跳ねた水がキラキラと陽の光を反射して輝いている。いつの間にかナディアも子供達の輪に混じって走り回っていたが、触れないでおこう。皆口には出さなかったが、やはり湖が心配だったのだろう。
そんな人々の様子を見て、カルロスも頬を緩めた。
「それにしても、やっぱりあちこちで瘴気の影響が出ているんですね…心配です」
「ああ、そうだな」
すっかり足元を濡らしたナディアが戻ってきた。
ナディアの言う通り、カルロスもそのことを懸念していた。エスメラルダ王国は広大だ。どこでどのような規模の影響が出ているのか全てを把握するのは難しい。通常であれば。
「これから、どうしますか?」
カルロスの微妙な感情の揺れを感じ取ったのだろう。少し心配そうにカルロスを見上げるナディア。
カルロスは安心させるようにナディアの頭に手を置いた。
「ああ、実は次に向かう目的地は決めてある」
「!どちらへ?」
「…世界樹へ行こうと思う」
カルロスは遠くの空を見て、答えた。
世界樹?と首を傾げるナディア。流石のナディアも行ったことはないだろう。あの場所は許可された者しか立ち入ることができない、言わば聖域のような場所だ。
「とにかく、今はアスル湖の復活を祝おう。恐らく数日中には宴が始まる。それが終わったら、世界樹へ向かおう」
「はい!美味しい海鮮料理、楽しみです!」
そう言うと、ナディアは再び子供達の元へ駆けていった。すっかり溶け込んでいるようだ。そんな様子に微笑みながら、カルロスは再び空を見上げた。
「…久しぶりの
カルロスの呟きは、湖畔を撫でる爽やかな風に乗って、青く広がる空へと吸い込まれていった。
◇◇◇
それから僅か三日後、サルモンの街でアスル湖復活を祝う宴が催された。街中は色とりどりのランタンやガーランド、そして美しい花々によって彩られていた。すっかり漁業も元通りとなり、屋台の軒先には美味しそうな魚介類が並んでいる。街の人々の表情も明るい。
「はわぁ〜…あれも、これも!どれも美味しそうです〜」
涎を垂らしながら指を咥えてナディアがあちこちを見て回っている。その様子に苦笑しながら、カルロスは財布の紐を緩め、アスル貝のバター焼きと新鮮な刺身の串を購入した。
「ほら、こぼさないようにな」
「ありがとうございます〜!!!はむっ、んぅ〜〜〜おいひいれす!!」
出会った頃は食事をしたことがないと言っていたナディアも、カルロスとの旅ですっかり舌が肥えたようだ。口いっぱいに貝を含みながら、幸せそうに頬を緩ませている。口から垂れるバターの汁を拭ってやり、カルロスも串にかぶりついた。
「うん、うまい」
採れたての魚の身は新鮮で、歯を立てるとしっかりとした弾力を感じるが、口の中で溶けるようにとろけていく。
一日中催されている宴は、日がすっかり暮れてからも続いていた。空には無数の星々が瞬き、その輝きまでもが宴の装飾のようである。
「あっ!あっちで何か始まるようですよ!ご主人様、行きましょう!」
「わっ、待て待て引っ張るな。慌てなくても逃げやしない」
派手な格好をしたパフォーマーが広場で何やら芸を始めたようで、ナディアは目を輝かせてカルロスの袖をぐいぐい引いた。困ったように笑いながらも、カルロスはナディアに着いていく。
幾つもの手のひらサイズの玉をジャグリングしたり、何にも立てかけずに梯子を昇り降りしたり、多様なパフォーマンスで場が沸いていた。子供達は目を輝かせ、大人達も皆幸せそうに笑っている。
カルロスは、こんな幸せな日常を守っていきたいと心に強く誓ったのだった。
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