第35話 アスル湖の復活

「さて、もう日が暮れるな。湖を元に戻すには夜間の方が都合がいいし、このままウンディーネに会いに行くか」

「そうですね。人が見ていないうちに終わらせましょう!」


 カルロスとナディアは、再びウンディーネの住まう池底湖へ向かった。


 道中、ミノタウロスにより堰き止められた水路に立ち寄った。高く積み重なった岩を難なく粉々に砕くカルロス。それを見て頬を引き攣らせるナディアはもはや見慣れた光景となっていた。




◇◇◇


 アスル湖の割れ目にたどり着いた二人は、前回同様に風を纏って割れ目に潜り込んだ。今回は警戒不要なため、杖で周囲を明るく照らしながら地底へと降り立った。


「ウンディーネ!いるか?」

「ウンディーネさーん!戻りましたよ〜」


 カルロスとナディアの呼びかけで、池底湖の水が細波を立てた。そして水が渦を巻き、その中心から美しい水の精霊が現れた。そしてゆらりと流れるような動きで、カルロス達の周りを一周回った。


 話が通じるナディアが、事の顛末をウンディーネに伝えてくれる。カルロスは側でその様子を見ていた。

 やがて、ウンディーネが嬉しそうにキュウゥゥンと声を上げると、ナディアをふわりと包み込んだ。感謝の意を伝えているのだろう。ナディアも満更では無いようで嬉しそうに照れ笑いをしている。微笑ましい光景に、カルロスの頬も自然と綻んだ。


「泉に戻る前に、ここの水を湖に戻すのを手伝ってくれないか?」


 話がついたようなので、重要なことを伝えた。流石にこの水量を地上の湖に戻すのは骨が折れる。できれば助力して欲しいところだ。

 カルロスの問いにナディアが頷き、通訳してくれる。ウンディーネがこくりと頷いたため、快諾してくれたようだ。


 ナディアを介してウンディーネと話し合った結果、池底湖の水はウンディーネが割れ目を通して地上へ戻し、それと同時にカルロスが割れ目の穴を塞ぐこととなった。


 一足先に地上へ戻ったカルロスは、割れ目の側に立ち、魔力を集中させる。ナディアは合図を送る役割を担ってくれている。


「ご主人様〜!ウンディーネさんの準備が整いました!行きますよ〜!!」

「ああ!頼む!」


 返事と同時に、割れ目から勢いよく水が噴き上がった。巨大な湖を満たすほどの水量である。中々に圧巻であった。

 水の塊の中にウンディーネの姿が見え、カルロスに目配せをしたように見えた。

 そのタイミングで、カルロスは杖を地面に突き立てた。

 丁度地底湖から水が出尽くしたところで、割れ目から再び地下へ流れ落ちないように穴を塞ぐ算段となっていた。突き立てた杖から、割れ目に沿って勢いよく地面が盛り上がっていく。そのまま土が波のように割れ目に覆い被さり、瞬く間に巨大な割れ目は地面と同化した。


「ふぅ、こんなものかな」


 割れ目が塞がったのを確認すると、カルロスは即座に風を纏い、上空へと退避した。と同時に、先ほどまでカルロスが立っていた場所を激しい水の流れが襲った。水の塊を維持していたウンディーネが、魔力の放出をやめ、支えを失った水が一気に湖に落とされたのだ。水は激しくぶつかり合いながら、次第に流れが緩やかになり、静かに落ち着いていった。


 ちなみに湖の魚達は、池底湖でその生態系を維持して生きていたらしく、地上に戻れて心なしかイキイキとして見える。これでサルモンの漁業についても活気を取り戻すだろう。


 月明かりの下、アスル湖は元の美しい姿を取り戻したのだった。


「ありがとう。お陰で助かったよ」

「キュゥゥン」

「泉の礼だから気にするなって言ってます」

「ふ、そうか」


 月光を反射する湖を上空から見下ろし、カルロス達は言葉を交わす。


 ウンディーネは優雅にカルロス達の周りを漂っている。そしてカルロスとナディアの頬をひと撫でし、一際大きな声で鳴いたかと思うと、泉の方角へ向かって飛んでいってしまった。


「元気でなー!」

「また会いましょう〜!!」


 ウンディーネの背中を見送り、その背が見えなくなってから、二人は物陰へ降下し、サルモンの宿屋へと向かった。



 その翌日、すっかり元の姿を取り戻したアスル湖の様子に、街が歓喜に湧いたのは言うまでもない。

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