第34話 ミノタウロス転送大作戦
「くっ…」
カルロスは、額に汗を滲ませつつ、魔力を放出する。
『あら、少しムラがあるわよ。私の魔力をもっと意識して』
「ああ、分かった」
レムに指摘され、カルロスはより集中して瘴気の靄に魔力を注ぎ込んだ。
二人の浄化の光が、沼の瘴気を包み込む。ナディアは一歩引いたところからハラハラとその様子を見守っていた。手を貸したいのは山々なナディアだが、主人に願われていないのに勝手なことはできない。見守ることしかできない自分が歯痒い。
浄化の光に抗うように瘴気が蠢くが、次第に靄が小さくなっていき、光に飲み込まれるようにして消滅した。
「っ、はぁっ、流石に疲れたな…」
「あっ!ご主人様っ」
深く息を吐き、カルロスがその場に座り込んだ。ナディアが慌てて駆け寄り、手巾でカルロスの汗を拭う。そんな様子を微笑ましそうに見ていたレムが、カルロスの側に寄る。
『ふふ、頑張ったわね。久しぶりに頼ってくれたからサービスしておいてあげる』
そう言うとレムは、カルロスの顎に手を添え、頬にチュッと唇を寄せた。
「むぎゃーーーーー!!!!!?何してんですか!!!」
ナディアは顔を真っ赤にし、怒りと動揺で髪を逆立てた。が、レムが口付けをした箇所が淡く暖かな光を放ち、カルロスに吸い込まれていくのを見て、怪訝な顔をした。
「…ありがとう。幾分か力が戻ったようだ」
カルロスが拳を握ったり解いたりして、レムが回復させた魔力の循環を確認する。
『いいえ〜、カルロスったらあんまり呼んでくれないんだもの。またいつでも頼ってちょうだいね』
レムは満足そうに微笑むと、上空にふわりと浮かび上がり、次の瞬間には光の中に消えていった。役目を終え、精霊界に帰ったようだ。
「わざわざチューしなくても良くないですか?良いですよね」などと、ナディアは未だにブツブツと文句を言っているが、すっかり消費してしまった魔力を回復してもらったカルロスは、心の中で改めてレムに礼を言った。
そして、改めて沼の状態を確認する。靄が覆い尽くしていた沼は、濁った水で満ちており、禍々しい気は感じられなかった。無事に全て浄化できたようだ。ホッと息を吐く。
「さて、次はミノタウロス達だな」
住処の異常は解決した。ミノタウロス達をここに帰してやれば、ウンディーネも元の泉へと戻ることができるだろう。だが問題は…
「でも、どうやってミノタウロスをここまで連れて来るんですか?話が通じるとは思えませんが…」
カルロスの考えを先取りしたナディアが首を傾げる。
「そうだよなぁ………強制送還しかないか」
ミノタウロスの群れにノコノコ出向き、元の住処へ帰るよう伝えたところで、奴らは襲いかかってくるに違いない。
カルロスは肩を竦めると、杖で地面に何かを描き始めた。
「なんですか?あれ、これって…」
流石は魔法に精通している魔神といったところか。カルロスが描く模様を見て、すぐにピンときたようだ。
「ああ、転送用の魔法陣だ。これで向こうのミノタウロスをまとめてこっちに転送してしまおう」
魔法陣を描き終えると、カルロスは杖を地面に突き立てた。すると、ぼんやりと赤い光を放ち、魔法陣が輝き始めた。
「よし、これで準備は整った。効果が消えないうちに、泉へ戻って向こうにも魔法陣を描かなくちゃな」
「うまくいくと良いですが…」
「大丈夫さ、ナディアも手伝ってくれるだろう?二人で掛かればなんてことはないさ」
「ごっ、ご主人様〜〜〜」
カルロスに頼られて、歓喜のあまり瞳に涙を浮かべるナディア。
そして二人は再び空を滑空し、泉へと向かった。
◇◇◇
「よし、これで大丈夫だ」
ミノタウロスにバレないよう、気配を消して魔法陣を描き終えたカルロス。先ほどと同じく、杖を突き立てて魔法陣を発動する。これでこの魔法陣に入った対象を、もう一方の魔法陣へと転送することができる。
「さて、抵抗されたら力づくで、ミノタウロスを転送してしまうぞ。ナディア、頼んだ」
「おー!!行って来まーす!!」
空を移動中、ナディアはカルロスからとある指示を受けていた。
ミノタウロスの間を縫うように飛び回り、奴らの注意を引き付ける。そして上手くいけばそのまま魔法陣まで誘導出来るというシンプルな寸法である。万一の事態があれば、カルロスが魔法で無理やり魔法陣に放り込む手筈となっている。
ナディアが、泉でくつろぐミノタウロスの群れに向かって勢いよく飛んでいく。
一番体が大きな、群れのリーダーと思しきミノタウロスが、真っ先にナディアに気づいて威嚇のために吠えた。
「ヒィッ」
空気を揺らす咆哮に、ナディアは少し怯みながらも、ミノタウロスの群れの中を飛び回る。ミノタウロス達は、縄張りへの侵入者に対し、怒りに任せて手持ちの斧を振り回している。
「はわわわっ」
慌てたように手をばたつかせながら、ナディアが魔法陣へ向かう。数頭がその後を追って来る。ナディアは、転送されないように魔法陣の直前で急上昇した。ナディアを仰ぎ見ながらも、勢いが止まらないミノタウロス達は、予定通り魔法陣の上を通過した。そして魔法陣を踏んだ瞬間、その巨体は光の中へと消えていった。
「ナディア、いいぞ!残りも頼む!」
「任せてくださいー!」
カルロスは木の陰に隠れて様子を伺い、何かあればすぐに飛び出せるように身構えている。ナディアは気合十分で再びミノタウロスの群れに突っ込んでいった。が、仲間が消えたことに異変を感じたミノタウロスは、先ほどよりも警戒している様子だ。仲間同士、背を預けてナディアを睨みつけている。
「うーん、やっぱり力づくで行くしかないか…」
このままでは日が暮れてしまうと思ったカルロスは、木の陰から飛び出すと、ミノタウロスに向かって走り出した。警戒心剥き出しのミノタウロス達は、すぐにカルロスを視認すると、手近な岩を持ち上げて放り投げてきた。
「おっと、危ないじゃないか。《
カルロスは杖を翳すと、鋭い水の刃を生み出し、岩を真っ二つに断ち切った。ミノタウロス達が怯んだ隙に、大きな水牢を作り出し、まとめてミノタウロス達を捕らえた。暴れながらもゴボゴボと口や鼻から空気を漏らすミノタウロス。カルロスは大きく杖を振りかぶると、水牢を魔法陣に向かって放り投げた。捕われたミノタウロス達も水牢と共に宙を舞い、あっという間に魔法陣で転送されて行った。
「ふぅ、こんなもんか」
「………私が飛び回る必要ありました?」
満足げに一息つくカルロスに、フヨフヨと宙に漂いながら近づいたナディアが言った。
こうして、無事にミノタウロス達は元の住処に戻され、泉は静けさを取り戻したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます