第33話 カルロスの契約精霊
おどろおどろしく立ち上がる黒い靄。
沼の周りは元々植物が少なかったのだろうが、今では雑草の一本も生えていない。
「ナディア、分かっていると思うが、あの靄には絶対に触るなよ」
「はっ、はい。気持ち悪くて近付きたくもありません…」
ナディアはカルロスの外套を掴み、背の後ろに隠れるようにして沼の様子を見ていた。
カルロスも予想以上の瘴気の規模に、額に冷や汗を滲ませている。
「とにかく、まずは立ち上がる靄を閉じ込めてしまおう」
そう言うと、カルロスは杖を高く掲げた。杖から発せられた赤い光が瘴気の靄を包み込み、沼の水面付近まで靄を抑え込んだ。
「さて、これで下に降りても大丈夫だろう」
周囲を注意深く観察しつつ、カルロスとナディアは沼の近くへと降り立った。
「ざっと見たところ、近くの岩場や地面の割れ目からは瘴気は漏れ出ていないようだな」
ウーゴの時同様、カルロスが《
自分一人の力で浄化し切れるのだろうか。カルロスはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「…って、弱気な考えでどうする。ウンディーネを元の住処へ返すと約束しただろう」
カルロスは、手に余る大きさの瘴気を前に、弱気になっている自分を嘲るように笑った。
「ご主人様…?」
そんなカルロスを心配そうにナディアが見ている。
「大丈夫だ。ここの瘴気を浄化して、ミノタウロス達を元に戻してやろう。それからウンディーネを泉に…」
ナディアを安心させるように語りかけたカルロスが、はたと何か思い至ったように口元を手のひらで覆った。
「……ウンディーネ?そうか、その手があるな」
カルロスは一人納得すると、おもむろに両手を天に掲げて目を閉じた。
すると、キラキラと光の粒子がカルロスを取り巻き、次第に一箇所に集まったかと思うと、竜巻のように粒子が勢いよく渦巻いた。
やがて、眩い光を放つ光の渦が霧散すると、中からこの世のものとは思えぬほど美しい女性が姿を現した。宙に浮かぶその姿は神々しく、黄金に光りなびく髪は、地面につくほどの長さである。周囲と隔たるその輪郭は光そのものであった。
『…珍しいわね。あなたが私を呼ぶなんて、私の力が必要になる程
静かに目を開いた女性が、凛と透き通るような声音でカルロスに話しかけた。その瞳も黄金に輝いており、ナディアは思わず見惚れてしまう。
「ああ、お前の力を貸して欲しいんだ。レム」
カルロスが召喚した神々しく光り輝く女性は、光の精霊・レムであった。
「ひ、光の上位精霊…私初めて見ましたよ…」
ハッと我に返ったナディアはあんぐりと口を開けている。
『あら?私以外の女性を連れてるなんて…妬けちゃうわね』
クスクスと妖艶に微笑むレム。流れるようにナディアの前へと移動すると、まじまじと観察を始めた。
「ナディアはランプの魔神だ。ランプの所有者が俺だから、一応俺が主人ってことになる」
カルロスは簡潔にナディアとの関係を説明した。そして、今度はナディアに向き合った。
「ナディア、こいつは光の精霊・レムだ。俺の契約精霊になる」
『うふふ…よろしくね』
レムは、頬に手を添えて妖艶な笑みを浮かべると、するりとカルロスの腕に絡みついた。その様子に絶句したのはナディアである。
「ちょ、ちょっと!ご主人様から離れなさーい!!」
『あらぁ、カルロスは私の主人でもあるのよ?あなたよりもずぅっと長く契約関係で繋がってるんだから…ねぇ、カルロス?』
「ん?まあそうだな」
「ムキー!!」
何やらバチバチと女性陣二人の間に火花が散っているようだが、女性の気持ちに疎いカルロスはその様子には気が付かない。空気も読めずに本題へと移った。
「レム、あれを見てくれないか」
『なぁに?…やだ、あれって…』
「そうだ。瘴気だ」
声をかけられたレムは、気だるそうにカルロスが指差す方へ視線を向けた。視線の先では、赤い光に閉じ込められながら、瘴気の塊が尚も不気味に蠢いていた。
そして、レムは何やら合点がいったように意地悪な笑みを浮かべた。
『ふぅん。一人じゃ難しいから浄化を手伝って欲しい、ってところかしら?』
「………そうだ」
カルロスは、一人じゃ難しいと言われ、少々唇を尖らせつつも頷いた。
『うふふ、仕方ないわね。手伝ってあげるわよ。私にうまく合わせてね?』
レムはカルロスの反応に可笑そうに肩を揺らしつつも、瘴気の沼へと両手をかざし、静かに瞳を閉じた。髪と同じく黄金に煌めく長いまつ毛が、レムが練り上げる魔力の影響で優雅に揺れている。
カルロスも、レムの隣に並ぶと、同様に沼へ両手をかざした。レムの魔力に自らの魔力を織り交ぜるように、魔力を練り上げる。
そして二人は同時に呪文を唱えた。
「『《
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