第32話 ミノタウロスの住処
「とにかく、ウンディーネはミノタウロスに住処を追われたために、湖の水を使ってここに住みやすい池底湖を作ったってことなんだな」
「はい!そのようです」
カルロスの言うことは、逐一ナディアが翻訳してくれている。ウンディーネは、キュゥゥンと空気を震わせる声を出し同意している様子だ。
「恐らくだが、ミノタウロスも元の住処から追われてきたんだと思うんだ。理由は行ってみないことには分からないが…ウンディーネはミノタウロスの元の住処に心当たりはないか?」
「キュゥン」
カルロスの問いかけに対し、ウンディーネはこくりと首を縦に振った。その言葉をナディアが通訳する。
「恐らくネグラ山脈の奥地にある沼地だろうと言っています。かつて住処探しで山を彷徨った時に、ミノタウロスの群れをその辺りで見たことがあるそうです」
「なるほどな。ウンディーネを泉に戻すには、まずミノタウロスたちをどうにかしなければならない。とにかくその沼地まで行ってみるか。場所の詳細を教えてもらえるか?」
神妙に頷いたカルロスは、再びウンディーネに問いかけた。
「キュィン!」
すると、ウンディーネはナディアのナディアの両頬を包み込み、自らの額をナディアのそれにくっつけた。
「え?おでこをですか?…はわわわわっ!?」
されるがままキョトンとしていたナディアだが、自分のおでこに光が集まってくるや否や慌てた声を上げた。
「どうした!?大丈夫か?」
流石のカルロスもナディアを心配するが、額の光からは悪意や害意を感じない。ナディアも驚きはしているものの平気な様子だ。
「頭の中に映像が流れ込んできます…あ、ここがもしかして?分かりました!」
どうやらウンディーネが自らの記憶を映像としてナディアへ流し込んでいるようだ。ウンディーネが静かに額を離すと、光も小さくなり霧散した。
「そんなこともできるのか…ありがとう。必ず君の住処である泉を取り戻してみせるよ。俺たちを信じて待っていてくれるか?」
驚きを隠し得ないカルロスであったが、ウンディーネに向き合い、言葉を投げかけた。ナディアを介して意味を理解したウンディーネは、柔らかく口元を緩めるとこくりと小さく頷いた。
そして、ふわりと宙に浮かぶと、数周カルロスの周りを旋回すると、ふわりとカルロスを抱き締めるように包み込んだ。
「あーーーーーーっ!?何してるんですかっ!?」
ナディアが発狂しているが、ウンディーネの言葉が分からないカルロスでも、ウンディーネの言わんとしていることは伝わった。申し訳なさそうに眉根を下げる彼女は、恐らく見境なくカルロスを攻撃したことを詫びているのだ。
カルロスは、フッと口元に笑みを浮かべた。
「ああ、気にするな。ようやく手に入れた新しい住まいを守ろうとしたんだろう。問題ない」
ウンディーネも、カルロスの言わんとしていることが理解できたのだろう。見惚れるほど美しい笑みを浮かべると、ふわりとカルロスから離れた。
「ご主人様?鼻の下伸びてませんか?」
ジトーっと訝しげな視線をカルロスに向けるナディア。
「何言ってるんだ。そんなわけないだろう」
「ふーーん」
いつも通りなカルロスであるが、ナディアはご機嫌斜めなようだ。
「そんなこと言ってないで、さっきウンディーネから教えてもらった場所まで案内してくれるか?」
カルロスは苦笑しつつも、ナディアに道案内を頼んだ。すると、ナディアも本題を思い出したようで、あっ、という顔をした。
「そうでした!任せてくださーい!」
「さて、ともかくまずはここを出ないとな。ウンディーネ、騒がしくして悪かった。全て片がついたら迎えにくる。それまでここで待っていてくれ」
カルロスが笑みを向けると、ウンディーネは甲高く鳴き声をあげると、勢いよく水の中へと潜っていってしまった。
「来た時と同じように飛んで行くか」
カルロスは上を見上げて言うと、全身に風を纏い、勢いよく地上へ向かって飛び上がった。
「え、ちょっ!置いていかないでくださいー!!」
ナディアも一呼吸遅れてカルロスを追う。二人は、入ってきた時とは違い、あっという間に地上へと舞い戻ってきた。
先ほどまで暗闇の中にいた二人は、外の明るさに耐えきれず目を閉じた。次第に目が慣れてきた頃、薄めを開けながらナディアは口を開いた。
「あの、ご主人様」
「ん?なんだ?」
「ウンディーネに教えてもらったルートのことなんですけど…その、空から見た場合のルートしか分からなくてですね…ど、どうしましょうか?」
おずおずと上目遣いで尋ねるナディア。カルロスは顎に手を当てて少しの間逡巡すると、一つ息を吐いてこう言った。
「仕方ない。のんびりもしていられないし、今回に限って空からその場所へ向かうとしよう」
「えっ!?」
「何を驚いているんだ?さっきも飛んでただろう」
再び風を纏ったカルロスは、地面から数センチ浮かび上がった。ナディアは苦笑いを浮かべながらも頷き、カルロスと共に上空へと飛び上がった。
「あまり低空飛行だと、人に見られるかもしれないからな。極力上空を移動しよう」
ナディアの案内で、カルロス達はあっという間に該当の沼地へと到着したのだった。
◇◇◇
「こ、これは…」
沼地付近に降り立ったカルロス達は、その場所の様子を見て愕然とした。
もしかするとと予想はしていたが…
「こ、これって…瘴気、ですよね?」
ナディアも顔を青ざめさせている。
二人が立ち尽くすその場所からは、沼であろう窪みがよく見渡せた。
そこからは、禍々しい黒い靄が立ち上っていたのだった。
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