第31話 水の精霊・ウンディーネ
水の精霊・ウンディーネ。
清らかな水源に生息し、聞いたものを魅了する歌声を持つ美しい女性の姿をした精霊である。気高く凛とした佇まいで優雅に漂う姿は、カルロスもよく知るものであったが、その瞳はキツく吊り上がり、敵意を持っていることは明らかであった。
ウンディーネは胸の前で両手を構えると、手の中で発生させた水を高濃度に圧縮し、キィィンと甲高い音を立てながら水球がその質量を増していく。
「まずい、ナディア下がっていろ!」
「はっ、はい!」
ウンディーネが勢いよく両手を突き出すと、高濃度の水球が目にも止まらぬ速さでカルロス達に襲い掛かってきた。
カルロスは勢いよく杖を振り、水球を真っ二つに断ち切った。
おかしい。ウンディーネはプライドが高く、気難しいことで有名な精霊であるが、分別があり知能も高い。そのため、このように問答無用で襲いかかってくるような話は聞いたことがない。
「待ってくれ!俺たちは君の敵じゃない!」
カルロスが声を張り上げて訴えかけるも、ウンディーネは攻撃の手を止める気配がない。今度は両手にそれぞれ水球を作り出し、続け様にカルロス達目がけて放ってきた。
「くっ、やはりダメか」
水球を弾きながら、内心カルロスは焦っていた。
本来、精霊と対話をするためには、信頼関係を築き、相互に契約を結ぶ必要がある。この世界で精霊というのはそれほど高位の存在なのだ。そのため、普通の会話を望むことは無謀な試みであった。
かといって反撃するわけにもいかない。せめてウンディーネの怒りの原因がわかればいいのだが…
ナディアを後ろに庇いながら、動きが制限されて苦戦するカルロス。焦るカルロスの一方で、ナディアはウンディーネをジッと見つめながら何やら考え込んでいた。
次々と水球を放ちながら、耳をつん裂くような声で威嚇するウンディーネ。
「…………なるほど、それで怒っているのですね」
「お、おい!ナディア、危ないぞ!」
ウンディーネの叫び声を聞き、ナディアは一人合点がいったようにうんうん頷いている。そして、ふわりと宙に浮かぶと、水球を器用にかわしながらウンディーネのところまで飛んでいってしまった。
カルロスはナディアの想定外な行動に吃驚して目を見開いた。カルロスにしては珍しく動揺を隠しきれておらず、ナディアに手を伸ばそうにも水球の攻撃が止まずにその場から動けずにいた。
ナディアはというと、そのままウンディーネの前まで飛んでいくと、何やら身振り手振りで話し始めたではないか。
「な、ナディア…?」
次第にウンディーネは水球の放出の手を止め、キュウゥンとカルロスには聞き取れない声でナディアと話し始めた。
目をパチパチと瞬かせ、ポカンと口を開きながらその様子を見守るカルロス。
ナディアはうんうんと頷きながらウンディーネの話に聞き入っている様子だ。ウンディーネも対話をすることで少し落ち着いたようで、すっかりナディアと話し込んでいる。
「そうだったんですね!分かりました!私たちに任せてください!…ご主人様〜〜!」
ウンディーネとの会話が終わったようで、ナディアは何やらどんと胸を叩いた後、カルロスの方を振り返り、満面の笑みで手を振ってきた。
「あ、ああ…」
何が何だか分からないカルロスは、力無く手を振り返したのだった。
◇◇◇
「それで、何が分かったんだ?」
カルロスとナディア、そしてウンディーネの三者は円を描くように向かい合っていた。カルロスが話を促すと、ナディアはウンディーネに目配せをしてから話し始めた。
「このウンディーネさんは元々ネグラ山脈の例の泉に住んでいたそうなんです。ですが、ある日ミノタウロスの群れがやって来て、住処を奪われてしまったようで…岩で水路を堰き止めたのもミノタウロス達の仕業だそうです。元々の泉は、細い小川や少しずつ噴き出す湧き水で満ちたものらしく、それだと群れの飲料水の確保には
「そうだったのか」
ナディアの説明に、カルロスは神妙に頷く。やはりあのミノタウロス達はどこか別のところからやって来たのだ。であれば、ミノタウロスが元いた場所に何か異変が起こり、彼らも住処を追われてあの泉に流れ着いた可能性がでかい。
「ウンディーネさんは泉を追われて新しい住処を求めてアスル湖まで降りてきたそうなんです。ですが、アスル湖は観光客も多く、静かに暮らすことは難しそうだと湖を彷徨っていたところ、小さな割れ目を見つけたようで、湖の地下に大きな空洞があるのを見つけたらしいです。それがこの場所ですね。ここだと静かに暮らせると思ったウンディーネさんは…その、湖の割れ目を大きくして、湖の水を丸ごと地下へと落としてしまったようです。落ち切らなかった水は夜人影が無い時に、地下に移したと言っています」
「そ、そうか…」
湖への水路はミノタウロスが、湖の巨大な割れ目はウンディーネが原因だったようだ。一先ず湖から水が消えた原因は分かった。のだが、カルロスはどうしてもナディアに聞かずにはいられなかった。
「それで、どうしてナディアはウンディーネが言っていることが分かるんだ?普通は契約関係にないと精霊との対話はできないはずなんだが…」
「…さあ、なんででしょうか?」
カルロスの疑問に、ナディアはキョトンと首をかしげるばかりだ。
「まぁ、私がすごーく優秀で有能な魔神だからですかね!」
そして鼻高々に仰け反りながら無い胸をふふんと張った。
「はは…今回は本当にナディアがいて良かったと思っているよ」
カルロスは苦笑しながらナディアとウンディーネの顔を交互に見たのだった。
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