第18話

「すみません、アイリス殿下⋯⋯。思ったより距離が遠く、暗くなってしまいました」


「気にしないでください。命がけで私を帰してくださる時点で、この命を差し出さなければならないほどの音を受けております」


 ウィリアムとアイリスがエトランゼ王国を飛び立ってから、はや6時間が経過している。完全に太陽は沈み、辺りは暗くなっていた。


 地図の縮尺が甘かったのか、魔法の出力調整をミスしたのか、予定より約1時間遅れてしまった。暗闇の中で、ゴーヌ山脈の麓辺りが大量の松明で照らされている光景が見えており、ウィリアムはそちらへ急いで飛んでいく。

 あの一帯にノブレス帝国の騎士がアイリスを捜索していると予想し、あとは近くでアイリスの透明化魔法を解除すれば引き渡せるはずだ。


 ウィリアムがアイリスと共に灯りの元へ向かうと、何やら男たちの叫び声が聞こえた。


「行けええええええええ!!!!」


「ゴガアアアアアアアア!!!!」


 何事かと、ウィリアムは暗視の魔法を急ぎ構築し発動する。


『光よ、闇の中で全てを暴け』


 暗視能力を向上させる魔法を使用してから声の方へ目を向けると、ノブレス帝国の騎士と思われる集団が特殊な紋様を身につけたゴブリンたちへ突撃していた。


 ただのゴブリン相手に騎士が遅れを取るとは思えないが、ここは闇夜の山の中だ。普通の人間では、些か不利な条件だろう。


『光よ、彼女に全てを見通す瞳を』


「わっ、急に周りが良く見えます⋯⋯」


 ウィリアムは、アイリスにも暗視と視力強化の魔法をかけてから質問する。勝手に他国の事情に手を出してしまっては、後々問題になる可能性があるためだ。


「アイリス殿下!あれはノブレスの騎士ですか!?手助けした方がよろしいでしょうか!?」


「えっ!?は、はい!よく分かりませんが、お願いします!」


 アイリスはナイトメアゴブリンとゴブリンの違いがわからないため、なぜ騎士がゴブリン程度に決死の姿勢で立ち向かっているか理解出来ない。それでも、自国の騎士が危機に陥っていて、それを助ける手段があるなら手を借りない選択は有り得ないだろう。


 アイリスの言質を取ったウィリアムは、まず思考加速の魔法を使い周囲を観察することにした。もちろん、姿を見られると厄介なため透明化のままだ。


『我に流れる時間よ、世界を置き去りにしろ』


 ウィリアムが帰る時のオドは一旦無視だ。思考加速は時間を操る魔法であるため、そこそこのオドを使うが気にしない。


 周囲を見渡したところ、足が植物に絡まれ動けなくなっている騎士が1人、ゴブリンたちに襲われて瀕死の騎士が1人、他の騎士は9人で剣を片手にゴブリンの群れへ突っ込んでいるようだ。

 ゴブリンは37匹、1匹は魔法を使う特殊なゴブリンで、他の36匹でその1匹を守っているようだ。魔法を使うゴブリンの厄介さを知っているウィリアムは、まずゴブリンドルイドを倒すことにした。


『雷よ、敵の心臓を貫きその活動を停止させよ』


 雷魔法で最も速くオドを節約できる魔法、雷撃。その魔法を素早く構築すると、完全に死角となっている場所からゴブリンドルイドに放った。


「ゴガアアアアアアッ!!?」


 雷はゴブリンドルイドを一瞬で感電させ、心臓の鼓動を停止させた。後方で起きた異変に気付いたゴブリンたちが、突如としてパニックになる。


『炎よ、燃えろ』


 その隙に、周りの木に弱い火を放った。弱いといっても、木の延焼効率を引き上げるため簡単に燃やすことが出来る。ウィリアムは、軽い山火事を起こして周りを照らすことにしたのだ。


 突如周りが明るくなった騎士たちは、パニックに陥っているゴブリンたちを次々と切り倒す。ウィリアムは騎士たちの注意が散漫している隙に、瀕死の騎士にトドメを刺そうとしていたゴブリンの首を風魔法で跳ねる。


『風よ、切り裂け』


『肉体よ、再生しろ』


 すかさず瀕死の騎士に回復魔法を施す。他人の体は構造が分からないため、基本的に自然治癒力を短期間で激増させる魔法になっている。本人の回復能力が無ければ回復出来ないが、幸い若く鍛えているノブレス騎士は瞬く間に傷が治っていった。


 ゴブリンドルイドが死んだことで、植物を操作する魔法も自動で停止した。足を掴まれていた騎士は、植物による拘束が解かれた事を確認して抜け出す。


 騎士たちの方を確認すると、ナイトメアゴブリンたちと戦闘を繰り広げている最中だった。木々が燃え視界が良好とはいえ、身体能力が強化されているゴブリン相手に楽勝とは言えない。

 ウィリアムはナイトメアゴブリンを見たことがなかったが、高度な身体強化の魔法が施されている事に気が付いた。ならばと、更に魔法を構築する。


『呪いよ、敵の足を止めよ』


 呪詛魔法。闇魔法の派生系であり、世界各地をマーリンと共に旅していた際、一風変わった人間たちが使っていた特殊な魔法だ。一定のオドを持っているなど対抗策は多岐に渡るが、一度通してしまえば甚大な効果を持つのが呪詛魔法だ。


 他者の身体強化魔法の解除や、身体弱体化魔法などは存在しない。つまり、身体強化魔法は打ち破られない魔法としても有名だった。その歴史を塗り替えたのが、他者を弱体化させたり最悪即死させる呪詛魔法であった。


 呪詛魔法を受けたナイトメアゴブリンたちは、突如として体が重くなった事に気が付く。しかし、気がついた時には既に騎士がナイトメアゴブリンをバラバラに切り裂いていた。


 騎士がナイトメアゴブリンを倒している間、ウィリアムは他のナイトメアゴブリンとゴブリンドルイドの魔石を回収した。騎士たちが突然起きた不思議な現象に疑問を浮かべながらも、各々を讃えている隙にウィリアムとアイリスは茂みの方へ行く。


 長いようで短かったウィリアムとアイリスの出会いも、ここで終わりだ。


「アイリス殿下、お別れのようです。今から透明化の魔法をアイリス殿下だけ解きます。あとはここまで来る最中に考えた内容を説明すれば、恐らく怒られないで済むと思います」


「分かりました。本当にここまでありがとうございます。本来なら、ノブレス帝国を挙げて盛大にお礼したいところですが⋯⋯」


「ははは、気にしないでください。私は元より敵国の王子。このまま消え、恐らく今後アイリス殿下と会うことはっ————」


 そこまで言ったウィリアムの言葉は、アイリスがウィリアムの唇に人差し指を押し当てたことで止まった。


「必ず⋯⋯必ず会いに行きますから。今度は、きちんと胸を張って堂々と、正式にエトランゼ王国へ訪問します。だから、そんな事言わないでください⋯⋯」


「————分かりました。アイリス殿下が来た時は、必ず全身全霊をもって歓迎いたしますよ」


 そう笑うウィリアムに、アイリスも笑顔をこぼす。


「さぁ、早く行ってあげてください。あの騎士たちは、間違いなく命をかけてでもアイリス殿下を探しているのでしょうから」


「はい!⋯⋯今日のこと、絶対に絶対に忘れません。ウィリアム殿下も、私のこと忘れないでくださいね」


「えぇ、勿論ですとも」


 そう言うと、アイリスに掛けられた透明の魔法が解かれる。松明を片手に、アイリスは騎士たちの元へ駆けていった。


「⋯⋯さようなら、アイリス殿下」

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かつて魔導師と呼ばれた男、魔法が使えなくなった1万年後の世界で第三王子として転生する 百香スフレ @MokaSufure

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