第17話

 ナイトメアゴブリン36匹に対して、騎士分隊はわずか11人。人数差は3倍以上にあたる。


 約10万の数を持つ帝国騎士団の中で、帝都や皇帝の執務に関する仕事を行う第1師団。彼らは、その第1師団の第1大隊第3中隊第2小隊第6分隊に所属している。正式名称では長すぎるため、大隊以降の全階層が持つ数字部分だけを取り、1326分隊と呼ぶ。分隊以外の階層も同じルールで呼称する。


 アイリス捜索は騎士団第1師団第1大隊、総勢798名で行われているが、この広いゴーヌ山脈を捜索するには分隊ごとの距離は離れている。つまり、1326分隊に増援は見込めない。


 そんな分隊の騎士一人に、ナイトメアゴブリンが五匹まとめて襲いかかる。数で優位なナイトメアゴブリンは、互いを邪魔しない最大の数を相手一人ずつにぶつけることで、確実に各個撃破で全員を殺そうとしていた。それは、分隊長と同じ作戦である。


 ナイトメアゴブリンの頭のキレに舌を巻く余裕もなく、錆び付いた五本の鉄剣が騎士を襲う。襲われた騎士は感覚を研ぎ澄まし、全身の筋肉に力を込めて剣を振って応戦する。


「うおらあああああああああああああっ!!!!」


『ゴガガガガガガ!?』


 ナイトメアゴブリンたちが持つ五本の剣を、同時に一本の剣で弾き返した。両腕に痺れが来ないよう、剣が持つ魔石の力で衝撃を外へ逃がす。一方、一撃で全員の剣が弾かれると思っていなかったナイトメアゴブリンたちは、唖然の表情を浮かべていた。


 この機を逃す気の無い騎士は、二の太刀でナイトメアゴブリンの胸元を切り裂いた。本来ならば急所である首を掻き切るつもりだったが、ナイトメアゴブリンがすぐに騎士の思惑に気付いて対処したため失敗した。


 傷を負ったナイトメアゴブリンはすぐに退き、他のナイトメアゴブリンが代わりに前へ出てくる。このようにして、前衛と後衛を切り替えることが出来るだけの知性も持っているのだ。


 さらに分が悪い事に、ナイトメアゴブリンの後方にはゴブリンドルイドが一匹いる。ゴブリンドルイドは、自然を操る魔法を使うことが可能なゴブリンであり、魔物の中でも知性が高いゴブリンで、さらに飛び抜けて知性が高いゴブリンしか進化することが出来ない特殊なゴブリンだ。


 厄介なのは天候操作や植物操作の魔法を使うこともあるが、何より回復魔法を使うことが出来る。人間は骨が折れたり切り傷を負えば、栄養を取り休息を取って癒す必要があるが、回復魔法はそれらを一瞬で治してしまう。


 ゴブリンドルイドが一匹いるだけで、戦力は2倍以上増えると試算されることが多い。人間では、良くて応急処置が可能な医療班がいる程度だ。どんな医者も、骨を砕かれたり肉を切り裂かれた者をすぐ元に戻して戦地に送り返すという芸当は出来ない。それが出来るというだけで、持久戦という手法がまったく取れなくなってしまうのだ。


 分隊長は焦った。先ほど傷を受けて本来ならば出血死させられたはずのナイトメアゴブリンが、ゴブリンドルイドの支援により戦いに再度参戦している。ゴブリンドルイドの魔法も個体差はあるが、今回のはその中でも優秀な個体が敵集団にいるようだ。


 そもそも、普通のゴブリンと昼に戦闘したとしても、ゴブリンドルイドが1匹いればこの数の差なら撤退を考えるレベルだ。撤退できず、相手はナイトメアゴブリンで、しかも夜の戦闘となればかなり厳しい戦いになることは容易に想像できる。


 となれば、初めに狙うのはもちろんゴブリンドルイドだ。


「総員、縦隊行動!形成完了後、ゴブリンドルイドに突撃する!」


『はっ!縦隊、とります!!』


 全員でナイトメアゴブリンたちを一時的に退かせると、今まで円の形を描いていた陣を、縦一列の陣に変更する。これは守りを突破することに重きをおいた陣であり、今までの円形の陣は持久戦を行う時にとる陣だ。

 本来は槍と盾で突撃するのがオーソドックスだが、今回は捜索時に邪魔になるという理由で縦を誰も持っていない。先頭に立つ騎士が、己の体と剣一つでナイトメアゴブリンをなぎ倒す必要がある。


「総員!!突撃いいいいい!!」


『うおおおおおおおおお!!』


 分隊長の叫びとともに、騎士達は剣を振り上げながら走り出した。ナイトメアゴブリンたちは、ゴブリンドルイドの重要性を理解しているため絶対に通そうとしない。


 分散していては突破されてしまうため、ナイトメアゴブリンたちは5匹ずつ壁になるように立ちはだかった。壁を突破するため、先頭の騎士は剣を構える。5匹並んでいようが、自分たちが通れるだけの穴を開ければ良いのだ。腕に力が入る騎士。


 しかし、今は夜で山の中だ。夜はナイトメアゴブリンの味方をし、山はゴブリンドルイドの味方をする。そして、その両方が人間に敵対してしまう。


「うぷっ!?」


 ゴブリンドルイドが発動した植物操作の魔法により、騎士の足元にあった木の根が急速に成長し不規則に動いた。その根は騎士の足を絡め取ると、その足を地面に縫い付けて転ばせた。


 縦一列の陣を取った場合、先頭が倒れれば後方の邪魔になってしまう。転ばされたことを瞬時に理解した先頭の騎士は、ナイトメアゴブリンを切るために構えていた剣を木の根に振り下ろす。しかし、魔法で強化された太い根は硬く、剣が刺さりはしたものの切れることは無かった。むしろ、中途半端に奥まで刺さった剣は抜けなくなり、根が剣を飲み込んでしまう。


 その事に気付いた時には既に、すぐ後ろを走っていた騎士が自分を飛び越えた。さすがにドミノ倒しのように倒れるほど、ヤワな訓練はしていない騎士たち。


 しかし、見通しも足場も悪い夜の山で、敵の目の前にジャンプしてくればどうなるか。飛んだ勢いでナイトメアゴブリン一匹の体を縦半分に切り裂いたその騎士は、着地した隙を狙っていた他四匹のナイトメアゴブリンに襲われる。


「ぐああああああっ!?」


 ナイトメアゴブリンの錆び付いた鉄剣で切られてしまう騎士。その叫び声を聞きながら、三人目以降の騎士はまだ編成が上手くいっていないナイトメアゴブリンの箇所へ進路を変更した。少数で敵の包囲を突破する場合、先頭にいる者ほど犠牲になってしまう。最初からその覚悟があった彼らは、一人目が動けなくなり二人目が攻撃されていても歩みを止めない。


 まずはゴブリンドルイドを撃破しなければ、勝機が訪れることは無い。それが分かっているからこそ、彼らは迷わないのだ。


「行けええええええええ!!!!」


「ゴガアアアアアアアア!!!!」


 騎士は走る。叫ぶ。ナイトメアゴブリンも走る。叫ぶ。騎士たちは、生き残りアイリスを探すために。ナイトメアゴブリンたちは、餌となる人間を手に入れて生きるために。


 騎士たちが叫び突撃した直後、雷鳴が轟いた。


「!?なんだ!!?」


 突然の出来事に分隊長が焦ったのも束の間、雷が落ちたであろう木が燃える。そこには、黒焦げで倒れたゴブリンドルイドの姿が見えた。


 その直後には、周りの木が突然燃え始める。月が見えているのに落ちた不自然な雷、自分たちから安全な距離だけ離れているが周りを照らしてくれている都合の良い炎。何が起きているかは分からないが、ここが間違いなく勝機だ。


「今のうちだ!!進めえええええ!!」


 分隊長の言葉と共に、騎士は正気を取り戻し再度駆け出す。ナイトメアゴブリンたちも負けじと叫ぶが、何やら苦しみだし普段の力を出せていないようだ。


 何かしらの魔道具によるものかと思ったが、状況が状況なだけに冷静に考える暇が無い。何はともあれ、目が見え相手が弱っているうちに殲滅するのが一番だ。


 騎士が振るった剣は、ナイトメアゴブリンたちの脳天を叩き割り、心臓を抉りとる。ナイトメアゴブリンは数で押そうと集団攻撃を仕掛けるが、力が入っておらず4匹で騎士1人相手に力負けする始末。


 約3分間の戦いの末、突然訪れた好機により騎士たちは勝利を収めた。


「この勝負、私たちの勝ちだ!!!!」


『うおおおおおおおおお!!』


 分隊長は喜ぶ騎士たちをその場に残し、序盤で足を持っていかれた騎士と斬られた騎士の元へ駆ける。もう間に合わないかもしれないが、急いで処置すれば間に合う可能性に賭けたい。

 しかし、分隊長が二人の元に着いた時には、元気な姿でピンピンしている二人の姿があった。


「ど、どういう事だ?お前たちは⋯⋯」


「わ、分かりません⋯⋯私は、足を縛り付けていた木の根の力が弱まり、自力で脱出を」


「私は先程まで意識を失っていて、今しがたコイツに起こされたのですが⋯⋯起きた時にはゴブリンたちの首が飛んでいて、傷も初めから無かったように」


「何が起きているのだ⋯⋯」


 分隊長は、先程から頻発する摩訶不思議な現象に恐れ慄いた。他分隊の増援なら良いが、姿を表さないのは不自然だ。それに、このような魔道具が存在するなど聞いた事がなかった。


 そんなことを考えていると、近くの茂みで音が鳴った。ナイトメアゴブリンの増援かと思い、分隊長はそちらに目をやる。目の先には、火の光が灯っていた。


「松明⋯⋯?人間か?」


 どんどん火の光は強くなっていく。万が一に備えて剣の柄に手をやる分隊長だったが、そこに現れたのはずっと探していた人物だった。


「皆さま!ご心配をおかけしました、申し訳ありません!!アイリス・ジ・キャレット、ただいま戻りました!」

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