第11話 幟を立てるソフィア


「さってと。今日は初めての駄菓子ね。楽しみだわ」


 ふくふくと零れる笑みを止められず、ソフィアは用意した駄菓子を並べた。

 そこには鮮やかな赤色をした大量の飴。二センチサイズの三角をしたイチゴ飴は彼女の御気に入りな駄菓子である。

 二十センチほどの糸の先につけられた小さな飴の中には数個の大きな飴が交ざっており、それぞれオレンジとレモンと青リンゴ味。形もそれに似せてあった。

 二センチていどのイチゴ飴の中に交じる五センチ大の飴はすごい存在感である。

 それぞれの糸は纏めて軽く捻られ、幅広の紙で包まれていた。どれがどの糸と繋がっているか分からないようにだ。俗にいう『糸引き飴』

 今日はサービスとして、訪れた御客様に引いてもらうつもりのソフィア。

 これからこういった駄菓子を増やして、銅貨一枚で販売する予定である。


「ふふ、反応が楽しみね」


 砂糖をつかう飴は高価なため、彼女は試行錯誤して固めなグミのような物を代用品として作った。周りに軽く砂糖をまぶせば完成。

 果汁で練ったゼラチンに混ぜ込む甘味は蜂蜜。外側だけ砂糖なら大した量も使わないし、直接舌に砂糖粒が当たる方が強い甘みを感じられる。


 わくわくを隠せぬまま開店したソフィアだが、彼女は思わぬ展開に眼を回した。




「これっ! この菓子をくれっ! 十回だっ!」


 最初はサービスで引いてもらっていた糸引き飴。しかし、それを口にした御客様らから突然販売を求められたのである。

 銅貨一枚の予定だと答えたソフィアに驚きつつも、眼の色を変えて真剣に糸を引く大の大人達。


「うあーっ、またイチゴかっ! このオレンジのが欲しいのにっ!」


「やった、レモンだっ!」


「うわ、取られたっ? う~っ!」


 悲喜交々な百面相を繰り広げる男ども。

 呆気に取られるソフィアの目の前で、五十本×二十束用意されていた糸引き飴は、午前中で完売した。


 .....え~? こんなはずじゃあ.....? あれ?


 軽食兼雑貨屋な『フィーの店』。その片隅で開いた駄菓子屋は瞬く間に王都の噂になる。




「ここで菓子が買えると聞いた」


「銅貨一枚なんですって? 子供に買ってやりたいの」


「これっ! この飴を引きたいっ!」


 ほくほく顔で引きもきらない御客様。

 困惑顔で接客をするソフィアだったが、彼女は貴族であるがゆえに知らなかった。

 お菓子というモノが、非常に高価であることを。


 いや、知識としては知っている。砂糖は高価だ。なので駄菓子の甘みに蜂蜜を使用していた。だがその蜂蜜とて、本来なら平民には手が出ない代物なのである。

 薬草繋がりで仲良くなった魔物からタダ同然でもらえるのと、本人が御貴族様であったため、妙なところで常識知らずなソフィア。


 ひーっと嬉しい悲鳴をあげながら、彼女の駄菓子屋ライフがスタートする。




「糸引き飴は外部に頼んであるから良いとして..... 塩煎餅やきな粉棒も受注先を探さないとなぁ」


 これらも人気のある駄菓子だ。千枚引きのクジでもらえる数が決まる単純なモノ。

 一等から五等まであり、五等は一個、一等は五個という等数によって数が変わる分かりやすいクジ。

 御菓子が日常的でない平民には物珍しいらしく、フィーの店は連日子供で溢れかえっていた。.....髭の生えた大きな子供がまじっているのも御愛嬌。

 基本的な雑貨屋営業は従業員に任せてあり、駄菓子屋だけはソフィアが担当する。なので不定期、ランダム営業。学校もあるし、冒険者の仕事や薬品の素材採集もあるのだ。仕方がない。

 駄菓子屋が開く時は店先に幟が上がり、子供らは赤い駄菓子屋の幟が立つのを毎日楽しみにしているらしい。


「うちの子ったらね、駄菓子屋のためにお小遣い貯めているのよ? 今度こそ一等を当てるんだって楽しみにしていたの」


「うんっ! お姉ちゃん、きなこぼうを三回おねがいしますっ!」


 ちゃりっと渡される温かい銅貨。大切そうに握りしめられたソレを手にして、ソフィアは胸が一杯になった。

 そして男の子の引いたクジはハズレ三枚。

 しょんぼりと項垂れる幼児が気の毒すぎて、彼女はオマケで糸引き飴を引かせてあげた。

 途端に満面の笑みを浮かべる男の子。現金な子供に苦笑を浮かべ、一緒にいた母親がこっそりとソフィアに耳打ちする。


「こういう残念な経験も子供には大切なのよ? だから気を遣わないでね?」


 言われて同感なソフィアだが、それと同時に男の子の気持ちにも共感出来た。落ち込んだところに受ける喜びはたとえようもなく嬉しいものなのだ。

 ソフィアは前世の地球で、そんな優しさを受けたことは一度もない。だからこそ切実に欲しかった。たった一片でも良いから誰かの優しさを。

 なので彼女は誓う。今世では人に優しくあろうと。特に子供には。


 ここから、フィーの店に新たなルールが加わった。




「はーい、全部ハズレちゃた子にはもう一本サービスだよーっ、好きなクジを引いていってー!」


 わあっと花開く可愛い笑顔。


 ハズレても当たっても子供の笑顔が零れるお店。.....大きな子供にはサービスしません。御遠慮ください。


 そう心の中で呟き、今日も元気に幟を立てるソフィアだった。


 

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フィーの駄菓子屋さん♪ ~可愛いオバちゃんと呼ばれたい~ 美袋和仁 @minagi8823

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