第10話 ソフィアの本領 ~後編~
「おー、いるいる」
折り返しの森にたむろう猪達。
この世界では魔物にも種別がある。狩猟種と討伐種の二種。中には変わり種な友好類もいるが、これはその種別の中にいきなり湧く突然変異なので種として認定されていない。
たとえばホーンラビットの群れがあったとする。これは臆病で人を恐れて逃げ出すため、狩猟種にカテゴリーされるが、根底は魔物だ。場合によっては反撃もしてくる。
そんな中で、稀に反撃もせず人間に興味を持ち近寄ってくるような好奇心旺盛な個体がいる。これが友好類だ。
こういった友好類は、仲良くなると人間に味方もしてくれるため、あながち敵とも言い難い。
そんなこんなで、けっこう複雑に分かれている魔物。狩猟種は、大抵レベルが低く人海戦術でなんとかなるような魔物達。
ガチ戦闘の死に物狂いで戦わねばならないようなのを討伐種という。この場合、皮もズタズタ、肉もボロボロという有り様になり、獲物として取得出来る部位がほとんどないため、狩猟的な旨味がない。稀少な素材ばかりなのだろうが、人命優先。
それが正しいとフィーも思う。
ここは異世界だが、下手な地球世界の常識よりも地に足をつけた民度を感じられた。
前世で読んだラノベのように超のつく主人公らがいたなら話は別だが、現実は地味なものだ。
異世界転生を果たして、現代知識を持った自分にだって出来ることは知れている。転生特典なんてモノはない。
地道にコツコツ生きていくほかないのである。伯爵家に生まれられただけ儲けモノだ。あとは努力で己の人生を切り拓かねば。
そう肝に銘じながら、ソフィアはボアの群れを見つめた。
地球のとは違い、体長三メートル近い猪。それが五匹と小さめなのが二匹。子供だろうか。彼女は微かに首を傾げる。
なんか変な違和感が?
ソフィアの疑問も知らずに、ジムサは子供達を見渡した。
「.....いるな。分かるか?」
どうやらボアの群れのなかに、フラワーが交じっているらしい。ジムサの眼が楽しそうに弧を描く。
どれかしら.....
違和感はあった。しかし、じっと眼を凝らしても、ソフィアにはどれも同じに見える。
そんなチビッ子ーズのなかで、二人が異口同音を呟いた。
「「右から二番目、奥の小さい奴」」
ばっと声の主を振り返ると、そこにはガックとシャノン。二人は薄くすがめられた炯眼が、一匹のボアを凝視していた。
「.....当たりだ。なぜ分かった?」
驚嘆に眼を見張るジムサを見て、二人は軽く顔を見合せつつ、あっけらかんと口を開く。
「「なんとなく?」」
おまえらもかぁーっ!!
盛大に歯茎を浮かせ、ジムサは苦笑い。
「なんというか..... アレだけ、妙に浮いて見えるんだよな」
「それそれ、なんかボヤぁっとしてるっていうか」
二人の会話を聞いて、他のチビッ子ーズも腑に落ちた顔をする。
「あ.....、分かる。アタシも、薬草見てたとき、そんな感じ」
「うん、なんとなく他と違うんだよね」
「だな。俺もだ」
子供らの口にのぼるアレコレを聞きながら、ジムサはふとソフィアの様子が変わったのに気がついた。
ぼやんと眼を胡乱げにした不思議な姿。そして少女は、あーっと小さな声をあげる。
「分かったぁ、魔力だわ」
「「「「え?」」」」
「俯瞰するように薄ーく眼を泳がせてみて?」
ボアの群れを指差して、ソフィアは薄く眼をすがめる。
「視線を一ヶ所に固定しない。眼に入る全体がぼんやり視界に入るように.....」
フィーに言われるまま、薄くぼんやりと視界を拡げる子供達。すると誰もが、あっ! と声をあげた。ジムサすらだ。
彼は信じられない面持ちでボアの群れを見つめる。
.....なんてこった。
ソフィアの言ったとおり、意識を俯瞰させると魔力の通りが良くなり、周囲の魔力を感じやすくなる。
そして高い魔力を持つモノを浮かび上がらせるのだ。
フラワーが美味い肉なのは魔力の含有量が高いから。それが霜降りな肉になる。だから他の猪よりも魔力が多いのだ。
それをこのように識別に使うとは。これは身体強化でもある。視界を薄くすることで眼に魔力の膜を張り、フィルターをかけた状態。
戦闘のために身体全体の身体強化をかけることは珍しくもないが、ジムサは、こんな極地的な使い方が出来るとは知りもしなかった。
「あああっ、もうっ!! 全員合格だっ! 予想外も良いところだが仕方ないなっ!」
これは最終試験だった。フラワーを見分けられてはどうしようもない。フラワーに当たるまで、何頭か倒させて経験を積ませるつもりでいたジムサもお手上げである。
わあっと歓声を上げる子供達。それぞれがどこかしらでで落第を食らっていたので、その感激もひとしおだ。
きゃあきゃあとはしゃぐ声に気がついて、はっとしたボアらが逃走を始める。
「あ、逃げたっ!」
「ふざけんなっ、貴重なフラワーはおいてけっ!!」
「任せて」
蜘蛛の子を散らすように四方へ駆け出したボアらをシャノンが指差す。慌ててガック達が駆け出したが、それより早く、ラナが弓をつがえた。
そして一瞬の間をおいて放たれた矢は、見事に一頭のボアを足止めする。
右の後ろ足踵を貫かれ、フラワーボアは軽くつんのめった。そこに追い付いたガックが剣を一閃させる。
「イケるぞっ!」
「「「おうっ!!」」」
はっちゃけるチビッ子ーズ。おろおろ支援するソフィア。
わあわあとボア討伐に勤しむ子供らの姿を見守りつつ、ジムサはソフィアをどうすべきか考えた。
変わった少女だとは思ったが、あの閃きは異常だ。
実用化に足るアイテムや道具類。講習中にも、みるみる成長していく凄まじさや、飲み込みの速さ。まさに天性の冒険者としか言いようがない。
ひょろりとした、ただの薬師だと思っていたのに、予想外の拾いモノだった。
しかし、これを知れば多くのギルドや権力者が黙っていないだろう。力ある冒険者を放っておくまい。
さらに彼女は優秀な薬師でもある。利用価値は計り知れない。
どうしたものか。
ジムサは酷い葛藤を覚えるが、その杞憂は後日現れた人物によって、すぐに晴れた。
「御嬢様が御世話になっているようで.....」
ソフィアの父親からだという心付けが、伯爵家の家令によりジムサに届けられたからだ。
下町に不似合いな燕尾服の紳士を前にして一瞬怖じけるジムサ。
.....伯爵令嬢? フィーが?
真ん丸目玉で唖然とするジムサだが、次には安堵に破顔した。
どうやら父親である伯爵は娘の動向を把握しているらしい。秘密裏に護衛もついているとかで、前に悪辣な薬屋の店主がフィーを脅したことも知っていた。
その時にかばったジムサの事も報告として上がっていたらしく、今回の講習と併せて心付けを持ってきたのだという。
「御嬢様のしたいようにさせるというのが旦那様のお望みでございます。なので、これからも貴方様の助力を請いたいと」
家令の言葉から、娘と上手く意志疎通のならない不器用な父親象が浮かび、思わず軽く笑うジムサ。そして彼は伯爵家の申し出に快く頷いた。
貴族家という逃げ場があるなら彼女は安心だ。好きに暮らせば良い。
こうして何も知らぬまま、フィーは己の夢に爆進していく。
頼りになる兄貴分や、気の合う仲間に囲まれて、不器用親父の愛に見守られながら。
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