第9話 ソフィアの本領 ~中編~
「んじゃ、この渓谷で採掘だ。各々、好きなやり方で集めてこい」
翌日、子供六人を連れ、ジムサは森の中心にあたる渓谷へやって来た。
そこは縦横無尽に亀裂の入った岩山。結構広い範囲である。上空から見たら、きっと干ばつでひび割れた池の底のように見えることだろう。
「規定はありますか?」
薬草採取ではポーションの素材というお題があった。今回もあるのではないか。
そう考えたバースの問いを聞き、ジムサは首を横に振る。
「規定はない。ただし、ガラクタは採るな」
ガラクタ?
思わず顔を見合わせる子供らにジムサはほくそ笑んだ。
「金にならないモノは採るなということだ。つまり、知らない鉱物を手当たり次第にって訳にはいかない。そういったモノが二割以上あった場合、研修修了証は与えないからな」
にぃぃ~っと愉快げに笑みを深めるベテラン冒険者を見て、ガックらは、ざーっと血の気を下げた。
ジムサの説明どおりなら、知らない鉱石や、それらしいのを適当に集めるとかは通じない。
ガックでも知ってるような鉱石となると、店でもそれなりの値のつく鉱石だ。
そんなの、こんなポピュラーな場所にゴロゴロあるわけもなく、逆に知らないけど高価な鉱石とかもあるかもしれない。
だが、それが見分けられなくば、クズ石の可能性が高く、二割のパーセンテージを越えたらアウトである。
「不明瞭な石を混ぜられるのは二割.....」
「残りは知っている石でないとヤバいわけで.....」
「五個集めたとしたら、チャレンジで混ぜられるのは一個?」
「きっつ.....」
アレコレ相談するチビッ子達の耳にパンパンっと手を叩く音が聞こえた。
「ほらほら、制限時間は一刻だぞ? フラワーボアの討伐もあるんだ、昼を食べたら移動だからな、頑張れ♪」
にっとサムズアップするジムサの声で、子供らは蜘蛛の子を散らすように駆け出す。
研修に直接は関係ないソフィアも一緒に探索だ。研修過程を無料で体験出来るなんて、本当に幸運だったと彼女は思った。
煮こごりや果物バーが商品になりそうだし。この保冷バックや寝袋もジムサさんが興味を持っていたからお金になるかもだし。
ふふっと笑みの零れるソフィア。
この一年ほどで彼女の貯金は金貨五百枚近くなっている。金貨五百枚あれば、王都の片隅に店を持てるだろう。
クレメンス伯爵の領都でなら、金貨三百枚くらいで一等地に店を出せるが、王都の地価は高い。
しかし、この先、貴族学院に入学すると卒業までの六年間、王都で暮らすことになる。その間の管理を考えると王都に出すのが一番なのだ。
もう良い縁談とかも望めないだろうしと、一生の住み家として王都の片隅で静かに駄菓子屋を商いたいソフィア。
小さくても良いの。暮らしに困らないだけの収入は薬剤調合で稼げるだろうし。子供達が楽しく過ごせる隠れ家みたいな御店にしたいなぁ。
くふりと笑みを深め、岩山を探索していたソフィアは、ふと崩れ落ちたような岩盤を見つける。
他とは違う、風化されていない生新しい断面。それを見て、まさかと思いながらも、彼女は、つと視線を上げた。
「..........」
無言で固まるソフィアだった。
「おーしっ、時間だぞーっ!」
ジムサの声に反応して、わらわらと集まるガック達。
「あーっ! 微妙な石も沢山あったんだけどなぁっ!」
「.....うん」
「二割はキツい」
子供達は、がらがらと石を出してジムサに鑑定してもらう。
「.....これ、ガラクタ。錫の含有率が高い」
七個中、一つがダメ出しされたガック。冷や汗をかきつつも、セーフのようで、彼はよっしっと両手を握り締めた。
逆にラナは八つ中、二つにダメ出しをくらい、大地に懐いて頽おれる。
「.....二割越えた」
「どんまいっ!」
落ち込むラナを慰めるシャノンだが、シャノン本人は五個中、二つにダメ出しをもらって、笑いつつも涙目である。
意外なことに今回はマグナが優勢で、ダメ出し0の七つ採掘。
「.....なんとなく」
マグナの答えにジムサは眼を据わらせた。
.....おまえもか。
どうやら今回の研修は若者独特の勘が強い者が揃っているようで、今のところ《なんとなく》を口にしていないのはガックとシャノンのみである。
そんな悲喜交々が交わされている処にソフィアがやってきた。ふうふう息を切らせて。
「これ、御願いっ、しますっ!」
重そうなカバンを持って、ふらふらと歩くソフィアに、慌ててガックが駆け寄る。
そしてバックを支えてやると、その重さに眼を見張った。
「おっもっ、え? 何持ってきたんだっ?」
え? は? と眼をしばたたかせるガックからカバンを受け取り、ジムサはその中身を出す。そして顔を凍りつかせた。
「フィー、これを何処で?」
「少し奥の亀裂です。どうも地殻変動があったようで、百メートルくらい上に新たな剥がれがありまして」
そこに波打つ断層を見つけ、水魔法でこそいできたと彼女は説明する。
「いや、待って? 水魔法だよね? 水魔法はその質量で相手を押し潰す、あるいは弾き飛ばす魔法だよねっ?」
シャノンの土魔法も攻撃方法は似たようなモノだ。防護に特化した魔法だが攻撃に転じることも出来た。しかしそれは、焔や風ほど殺傷力のあるモノではない。
それをよく知るシャノンが、岩盤を水魔法で削ったと聞き、思わずソフィアに詰め寄る。
「え? 圧縮すれば水でも岩を切れますが?」
当たり前のように宣うソフィア。彼女は論より証拠とまでに、持ってきた鉱石の一つを地面に投げると、細い何かを出して、その石を撫でた。
ヂっと鈍い音がし、件の鉱石が綺麗に真っ二つになり、ガック達が一斉に眼を剥く。
真一文字に飛び出した糸のようなモノはソフィアの水魔法。圧縮された水は、鋭利な刃物の如く見事な断面を残して鉱石を斬った。
俗に言うウォータージェット。水圧カッターだ。細かい理屈はわからないソフィアだが、前世で見たテレビ番組で、水の粒子を揃え圧縮する原理が簡単に説明されていたのを思い出しつつ、試行錯誤で成功させたのである。
我流で荒いため、何でもというわけにはいかなかったが、硬質なモノほど斬りやすい。逆に柔らかいモノは斬るのが苦手なソフィア。
なのでモンスターなどには殺傷力が低く、不向きな魔法である。
理屈としては斬れないモノはないはずなのにと、未だに修練を続ける彼女だった。
唖然とするチビッ子ズ。
「こんな感じです」
「「「「「いや、どんな感じだよ、それーっ!!」」」」」
揃って叫ぶチビッ子達に気圧され、ぴゃっと仰け反るソフィアをチラ見し、ジムサは己の手にある鉱石を鑑定する。
《上質な孔雀石》
赤を含む複雑な色目の石。これは宝石だった。
この渓谷は雑多な鉱石の塊。今では採掘され尽くして大した石は採れないと放置され気味で、新人の目利きを鍛える場所でしかない。
百メートルほど上..... 何故、それに気づいた?
標高五百メートル、半径三キロほどにおよぶ岩山だ。採掘され尽くしたと言っても表面上のこと。中には新たな鉱石や鉱脈が眠っていてもおかしくはない。
ただ、岩山全面の何処かなので、あたりをつけられねば徒労に終わる。そのため誰もやらないだけ。
鉱脈があると分かれば、目の色を変える者も現れるだろう。
「フィーは、これをどうやって見つけたんだ?」
わちゃわちゃしている御子様らにジムサが声をかけた。ソフィアは天の助けとばかりに彼へと顔を向ける。
「ああ、剥がれた岩盤が落ちていたんです。ほんの少しでしたけど。断面が新しかったので、最近割れたみたいでした。で、上を見たら斑な緑の断層が見えて削ってきたんです」
ソフィアは、地面に落ちていた岩盤も拾ってきており、ポケットから出してジムサに渡す。
彼の親指ほどの大きさな石の欠片。聞いておらねば、その断面になど気づかなかったに違いない。
よくよく見れば、確かに断面が滑らかで新しい感じがする。
よくぞ、こんな欠片一つで..........
もう何も言うまい。そう心に誓い、ジムサは遠い眼を空に馳せた。
彼女の感覚は鋭いどころではなく、人智を越えている。これに答えや理屈はないのだろう。それこそ、チビッ子ズではないが、《なんとなく》で、ケリをつけてしまうに決まっている。
こういうのを天才肌というのだろうな。あるいは慧眼か。
なるべくソフィアが危ない目に遭わぬよう、これからも御説教を続けようと、深く心に刻むジムサだった。
採掘の結果は番外のソフィアが断トツの勝利で幕を下ろし、一行は昼食のあと、ボアの生息圏へ向かう。
「孔雀石って話は聞いたことあるけど現物を見るのは初めてだなぁ」
「これは翠色が基本なんだが、中には色の混ざったモノがある。その中でも赤色は珍しい。良い値段になるな」
賑やかに鉱石談話を交わしながら進むチビッ子一行だが、マグナのみが無言でソフィアの斬った鉱石の断面を見つめている。
これなら..... アレも加工出来るかも。どれだけ切れるんだろうか。精巧な加工も可能なのだろうか。
普段無口な彼だが、頭の中では、えらく色々考えていた。
実のところマグナは寡黙なだけであって無口ではない。言いたいことは沢山あるのだが、上手く纏められないため、その全てを呑み込んでいるに過ぎない。
そんな彼が思いきって聞いてみようと思うくらい、ソフィアは不思議の塊だった。
今では子供らの中心となっている彼女に、ジムサも呆れ顔。
今のうちに若手と交流させておけば、彼女の店の上客になると思い同伴させた彼だが、思わぬ展開である。悪いことでもないが、頭が痛い。
こうしてジムサの思惑を軽く半捻りして斜め上を飛び越える伯爵令嬢。
最後のクエストに向かう一行の背中に滲む、そこはかとない哀愁。
各々思うところがあるのだろうが、あえて尋ねずにソフィアを見つめていた。
何気に仲間に恵まれるソフィア。
この時のメンバーが、この先ずっと頼りになる仲間になってくれるのだとは、今は知らない彼女である。
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