「ち・ょ・こ・れ・い・と」幼馴染の彼と私をつなぐ恋の言葉……

kazuchi

誰にも言えない想い……

「じゃんけんぽん。あいこでしょ!!」


「俺と紗菜さなの勝ち!

 香菜かなはじゃんけんが弱いな。続けてパーを出す癖、

 バレバレだから直したほうがいいと思うぜ」


 掛井祐太かけいゆうたは日に焼けた腕を差しだした。

 左手をチョキの形のままで、指先が私のおでこにそっと触れる。


「……そんなことを言ったって、パーを出しちゃうの。

 癖なんだから仕方がないよ」


 玉砂利が敷かれた境内前の敷石を使い、

 私、花井香菜はないかなはじゃんけん遊びをしていた。


「あっ香菜、生意気を言ったな。年下のくせに!!」


 祐太が指の形をチョキからデコピンの体勢に変えたのが、

 私の視界に写る。私はおでこの痛さを覚悟して固く目をつぶった。


祐太ゆたちん、香菜をいじめちゃ駄目!!」


 紗菜お姉ちゃんの叫び声だけが夏の境内に響いた。

 

 


 デコピンはされなかった。


「紗菜がからいじめたりしないよ、

 逆に可愛がってやる、パーの形の刑に処す!!」


 ふわりと私の頭に触れる指先が心地良く感じる。

 あふれるような笑顔で、くしゃくしゃと髪の毛をなでた。

 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、優しい彼の手のひら。


「うりゃ、可愛いね香菜ちゃんは!!」


「子供扱いしないで。

 香菜はもう小学四年生だよ」


「まだ子供なの、背だって低いだろ!!」


「祐太のいじめっ子、香菜はもう知らない!!」


 頭を撫でられて本当は嬉しい癖に、わざを拗ねた振りをした。

 頬が赤くなるのが自分でも分かる。


 祐太が好きだ……。

 私がじゃんけんでパーを出す理由わけを彼は知らない。


 でもこの想いは誰にも言えない。

 祐太にはもちろん、そして一番の理解者である私の姉。

 紗菜にだけは知られてはいけないんだ……。


「紗菜、先に行くぜ、ち・ょ・こ・れ・い・と!!」


「香菜、大丈夫?」


「私は平気だよ!!」


「香菜のことが妹みたいに可愛いんだよ。

 だから絡んでくるんだと思う」


 紗菜お姉ちゃんの慰めに私は傷付いた。

 決して悪気はないのは分かっている。

 だけど今の私にはどんな言葉よりも刺さってしまう……。


「おーい紗菜、早くこっちまでこいよ!!」


「今、行くから待っててよ。ち・ょ・こ・れ・い・と!!」


 負けた私は、さびしく二人を見つめた。

 一緒に並んで敷石に立つ姿。悔しいけど良くお似合いだ。


 この辺りでは歴史のある天照寺てんしょうじの境内。

 同じ敷地内に私たちの家もある。花井香菜はないかな、小学四年生だ。

 一つ年上のお姉ちゃんは、祐太と同じ小学五年生。

 家が隣同士でクラスも一緒、私と同じクラスのませた友達から、

 二人は付き合ってるのって聞かれる位の仲の良さだ。

 みんな私の存在を忘れてない?

 私も二人の隣にいるのに。


『香菜ちゃんは何て言うかな、存在感が薄いんだよ。

 お姉さんの影みたい……』


 小学生は平気で残酷なことを言う。


『すべて同じってこと時には残酷なんだよ。紗菜お姉ちゃん……』


 八つ当たりしても仕方のないことは分かっている。

 でも幼い私は、大好きなお姉ちゃんを悲しませてしまった。


「ごめんね香菜、そんな風に思っていたなんて……」


 双子みたいに仲の良い紗菜。

 子供の頃からいつも一緒。お洋服も一緒、大好きなお人形も一緒。

 好きになる物全てが一緒。なぜなんだろう?

 きっと私たち姉妹は一つの人格だったんじゃないかな……。

 生まれるときに、神様の気まぐれで別々に分かれたんだ。


 ねえ、紗菜お姉ちゃん。

 どうして好きになる人も、私たち一緒なんだろう。


 だけど今の関係を壊したくない。私の気持ちを知られて、

 お姉ちゃんの屈託のない笑顔を曇らせたくなかった。


「……私がこの想いを封印してしまえば。

 明日から二人の可愛い妹として振舞うんだ」


 私は決心した。

 誰にも言えない言葉をそっと呟いた後、

 裕太への気持ちを封印した。



 *******



「ええっ、紗菜お姉とお出かけって。

 それも双子コーデで行くの!?」


「何を驚いてるの、香菜が言ってたのに。

 双子コーデしてショッピングしたいって……」


「ううっ、そんなこと言った記憶がない……」


「香菜も中学三年生なんだから、もう少しおしゃれに興味を持たないと。

 いつも私のお下がりばかり着て、お化粧だって最低限しかしないし」


「うちら女子中学生は、すっぴんでも通用するから大丈夫だよ。、

 な紗菜お姉とは違うから……」


「こらっ、誰がオバンだ、私と一歳しか違わないでしょ。

 そんなことを言うなら、もう服を貸さないよ!!」


「ごめん、言い過ぎた。それでどこに行くの?」


 あれから五年が経過した。

 私たちは近所でも評判の美人姉妹で仲も良い。

 評判のほとんどは紗菜のお陰だ。

 双子みたいなのは変わらないけど、紗菜は女子力の高さ、勉強、

 特に語学は通訳を目指しているので英語も堪能だ。

 私が得意なのは陸上競技くらいしかない。


「ワオンモール木更津、今度の日曜お弁当を持ってね」


「お弁当って、モールなら必要なくない?」


「香菜つべこべ言わない。その後で赤い橋公園でお弁当食べるの」


「赤い橋って、恋人と一緒に渡ったら別れるって言う!?」


「香菜、言ってることが古い。テレビドラマの舞台に使われてからは、

 恋人の聖地だよ。二人で橋を渡ると恋が叶うの」


 中の島大橋。通称赤い橋として市民から愛されている。

 日本一高い歩道橋だ。


「なんで紗菜お姉と行かなきゃいけないの。

 それも双子コーデで……」


「そ、それは、いいじゃない恋人じゃなくても!!」


 ますます怪しい。こんなに取り乱すお姉は何か隠しているに違いない。


「香菜と一緒に出掛けたいだけ……」


「……そうだった。一緒に出掛けられるのも最後だもんね」


 私は大事なことを忘れていた。普段はわがままを言わないお姉が、

 私とのお出かけにこだわる訳が……。


「そうと決まれば張り切っていくよ。

 スーパーにお弁当の買い出しに出掛けなきゃ!!」


「……あっ香菜のメイクも忘れないでね!!」


 しんみりした空気はお互いに苦手らしい。

 私たち姉妹は週末にむかって動き出した。


「香菜、お姉ちゃんはお弁当の下準備をしておくから、

 邦丸くにまるの散歩行ってきてくれる!!」


 邦丸とは花井家の愛犬の名前だ。とても愛らしい柴犬で、

 カールした尻尾がチャームポイントだ。


「ワンワン!!」


 庭に出ると邦丸は散歩に行きたがって騒ぎだ。

 首にリードの紐を付けようと手を伸ばす。

 その瞬間、うっかりして庭に繋いである鎖を外してしまう。


「あっ、邦丸逃げないで!!」


 一気にお寺の庭先から見えなくなってしまった。


「……どうしよぉ、逃がしちゃった」


 茫然ぼうぜんとして後を追うが、家の前の道には姿が無い。

 この辺りは田んぼ道が多いが、一本表通りに出たら車の往来も激しい。


「もし車に轢かれたら……」


 最悪の事態が脳裏に浮かぶ。そんなのは絶対に嫌だ!!


「くにまるっ……!!」


 表通りに向かって走り出す。得意なはずの短距離走なのに、

 足がもつれて上手く走れない。呼吸も乱れてしまう。

 もっと早く走らなきゃ!!


「……ああっ!?」


 表通りまであと少しの所で、私はつまずいてしまった。

 受け身を取る暇がない。

 思いっきり地面に叩き付けられる自分を想像した。


「危ないっ!!」


 私は柔らかい物に包まれた、これは誰かの腕!?

 宙に浮いた身体ごど抱きしめてくれた。大きな手のひらが首筋に触れる。

 この懐かしい手の温もりを私は知っている!!


「……祐太くん!?」


「香菜ちゃん、大丈夫。

 どこも怪我してない?」


 高校のブレザー姿の彼だった。小学生の頃よりずっと逞しくなったけど、

 サラサラな髪と精悍な顔立ちは昔のままだ……。


「……く、邦丸が大変なの。鎖が外れて逃げだしちゃって」

 

「邦丸ってペットのワンちゃん!?」


「ううっ、うわ~ん!!」


 私は祐太くんに会った安心感と、邦丸への心配がない交ぜになり、

 思わず泣き出してしまった。

 彼の学生服の胸に顔をうずめて思いっきり泣いた。


 ……懐かしい夏の匂いだ。


 彼は何も言わず抱きしめてくれた。

 あの夏の日のじゃんけん遊びを思い出す……。



「ワンワン!!」


「邦丸どこに居たの。心配したんだよ!!」


 邦丸が道路脇の草むらから顔を出して、

 私たちの近くまで寄ってきた。


「……良かったね香菜ちゃん、邦丸が無事で」


「あ、はい、祐太先輩ありがとうございます」


「昔みたいに祐太でいいよ。紗菜ちゃんみたいに祐太ゆたちんにする?」


「……」


「あっ、ごめんね、つまらない冗談言って。

 もう子供じゃないもんね」


 私はまともに祐太くんの顔を見れなかった。

 今、彼の顔も見たら気持ちが揺らいでしまう。

 封印したはずの想いが溢れ出してしまうから……。


「……失礼します!!」


「……香菜ちゃん!?」


 邦丸をしっかりと抱え、家に向かって走り出す。

 やっぱり祐太くんは紗菜お姉ちゃんにお似合いなんだ。

 私の出る幕なんかない。私は影のままでいい!!


『……出来の良いお姉さんがいていいよね。

 全部お下がりが貰えて。彼氏もお下がり貰っちゃえば。キャハハ!!』


 品の無い友達の言葉が、頭の中で繰り返される。

 洋服や化粧品じゃないんだ。彼氏までお下がりなんて絶対に嫌!!


 家に帰った後のことは覚えていない。

 ご飯も食べずに部屋にこもってしまった。

 壁越しに、電話で話す紗菜お姉ちゃんの声が漏れ聞こえてきた。

 きっと祐太くんと話しているんだ。二人は私に言わないけど、

 付き合っていると思う。よく電話で話しているのを私は知っている。


「……私って性格が悪いな。何で二人を祝福してやれないんだろう」


 自分で自分が嫌になる、その夜は無理やり寝てしまった。



 *******



「……ひどい顔」


 お出かけの日曜日がやって来た。

 私は鏡を見て、ほうぜんとしていた。


「香菜、入るよ!!」


「……お、お姉ちゃん、ごめん」


「何で謝るのよ、香菜」


「だってこんな顔じゃ、お出かけなんて無理……」


 顔を上げ、泣き腫らした顔を向ける。


「全然大丈夫だよ、修正可能!!

 女の子は泣いてデドックスするの。私だって日常茶飯事だよ」


「……紗菜お姉ちゃんも泣くの?」


「人を冷血漢みたいに言わない」


「だってお姉ちゃんが泣いているの見たことがないよ」


「乙女は人知れず泣いてるものよ香菜。

 だから涙の後のメイクも上手くなったの!!」


「……お姉ちゃん」


「こら、また泣くな。メイクが出来なくなるでしょ。

 始めるから椅子に座って」


 紗菜お姉ちゃんの言うとおり、私の泣きはらした顔は見事に復活した。


「……これが私!?」


「もとが良いから腕の振るい甲斐があったわ。さすが私の妹よ!!」


 鏡の中には見知らぬ女の子が居た、紗菜お姉ちゃんにそっくりだが、

 違った魅力がある、驚きで思わず髪を触る、鏡の中の女の子も、

 同じ動きをする、本当に私なんだ、お化粧でこんなに変われるなんて!!


「香菜、綺麗よ、だけとお化粧だけじゃない。

 もともと、あなたの持っている物なの、私と同じなんかじゃない。

 自分だけの才能があることを知ってほしいの」


「……紗菜お姉ちゃん」


「あっ、また泣きそうになる、香菜は泣き虫さんだね。

 でもその涙は取っておきなさい。本当に嬉しいことが待っているから」


「……本当に嬉しいことって?」


「もうすぐ分かるわ。さあ時間が無くなるから、

 今日のコーデを始めるよ!!」


「双子コーデのこと。それなら紗菜お姉ちゃんも一緒に着ようよ」


「準備は香菜が先。お姉ちゃんは後。子供の頃からそうだったでしょ。

 今日の為に用意したの。あなたに似合う白いワンピース。

 どう気に入った?」


 手提げ袋から取り出した白いワンピ。

 お下がりじゃない。私が欲しかった服だ!!


「すっごく可愛い。でもガーリーすぎない、私に似合うかな?」


「平気よ、恋する女の子は無敵だから!!」


「ええっ、恋する女の子って誰が!?」


「香菜、私が何年やってると思ってんの。

 あなたが考えていることは何でもお見通しよ。

 だから姉妹なの」


 紗菜お姉ちゃんにワンピースを着せられながら考えた、

 恋する女の子が私!? 


 そしてその恋する相手の名前は。


 「……ねえ香菜、双子コーデでお出かけは、留学から帰ってくるまで、

 お預けにして貰えるかな」


「う、うん、三年間と言わず、早く日本に帰ってきても良いんだよ、

 紗菜お姉……」


「……だからウルウルするなって。何も二度と会えない訳じゃないんだし」


「……うん」


「私が格好いい外国人の男の子、彼氏にして帰ってきたらお父さん腰抜かすかな?」


「そうだね、絶対に腰抜かす。それにお寺の跡取りに出来ないって」


 私の家はお寺だ。後継問題は避けて通れない。


「それはイマドキの考え方じゃないよ。わが天照寺もグローバルに行かなきゃ。

 でも絶対に駄目だって言われたら、香菜がお婿さん取って跡を継いでよ!!」


「わ、私がお婿さんを取るって!?」


 その時、玄関のチャイムが鳴った。


「香菜、お婿さん候補のお出ましよ。さあ早く行きなさい!!」


「……私、紗菜お姉ちゃんの妹で良かった。離れても気持ちは一緒だよ」


「涙は赤い橋を渡った後で流しなさい。もちろん嬉し泣きしか認めません。

 祐太ちんに今日のデート電話でお願いしたから。

 大事な妹をお願いって」


 何を勘違いしていたんだろう、お姉ちゃんは私の恋を応援してくれたんだ!!

 

「紗菜お姉ちゃん、私、祐太くんのことが大好き!!」


 やっと言えた、封印していた本当の想い。


「香菜、幸せになりなさい……」



 *******



 玄関を開けると、そこには誰も居なかった。

 慌てて庭に飛び出す。靴の下で白い玉砂利がキュッ、キュッと音を立てた。

 お寺の境内。本堂の前に祐太くんが立っていた……。


「……祐太くん」


「……香菜ちゃん、待たせてごめんね。

 俺ともう一度、あの頃みたいにじゃんけん遊びしてくれないか?」


「じゃんけん遊びって、あの?」


「そうだよ、じゃんけんの弱い香菜ちゃん!!」


 そう言って彼は私の大好きな笑顔を見せてくれた。

 こぼれるような優しい笑顔。


「……あの頃の私と違うよ」


「……うん」


「……香菜、お姉ちゃんと違って頭も良くないし、綺麗じゃないよ」


「……うん」


「それに嫉妬深いところもあって、面倒くさい女の子だよ」


「香菜ちゃんだからいいんだ。子供の頃、妹扱いしてごめん。

 あの頃から君のことがずっと好きだった……」


 駄目だ。お姉ちゃんとの約束を守れそうにない。

 涙で視界が滲み始める。


「……祐太くん、じゃんけんの掛け声は私に言わせて」


「いいよ、真剣勝負だ」


 祐太君と私の距離は庭の敷石六個分。

 あの幼い日、二人を眺めていた距離と同じ。

 絶対に手が届かないと諦めていた歩数だ。


「じゃんけんぽん!!」


 私はチョキを出した。

 祐太くんの指は!?


 大きく広げられた手のひら。

 じゃんけん遊びでパーばかり出した理由わけ

 私の大好きな手がそこにあった。


「……香菜ちゃんの勝ちだね」


 祐太くんが、私に向かって大きく両腕を広げた。


「ち・ょ・こ・れ・い・と!!」


 幼馴染みと私を隔てる恋の距離は六歩。

 お姉ちゃんが選んでくれた、白いワンピースの裾が跳ぶ度に揺れる。


「……祐太くん、やっと届いた!!」


 そして私は、大好きな彼の胸に思いっきり飛び込んだ……。










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