第2話命の緑茶
題は緑茶ですが、それた話を先にさせて下さい。
ゲームや冒険小説を読まれる方には分かりやすいかと思いまして。
万能薬や、エリクサー、エリクシール等など。
これらは作品の中では希少品で店舗で買えなかったりして入手機会が限られるかわりに、死者を生き返らせたり、瀕死のキャラクターをその一本で復活させる…まさに夢のあるアイテムやフレーバーとして登場します。
エリクサーの登場するゲームが人気となり、「エリクサー病」等という、貴重品をクリア迄使わずにエンディングを迎えてしまう…勿体ない病の別名のように友人が言っていました。
更に2千年代に飲料メーカーがゲームとコラボし、「あのゲームのエリクサー」が発売されるに至りました。
人気はあったそうですが、問題があったりコラボが終わったりして清涼飲料水エリクサーは終売しました。
そんなこんなで独り歩きしていった「エリクサー」と言う有名人?
「彼」は何者だったのでしょう。単なる空想物?
実はエリクサーは名前を変えて…いや、此方が歴史が古いので生みの親でしょうか。実際に存在しています。
シャルトリューズ
ハーブリキュール。お酒です。
このリキュールの歴史は古く、中世のシャルトリューズ修道院の限られた数人の修道士に口伝でレシピを伝えて、彼等は日の目をみるかも分からないリキュールを作り続けて現在にまで命脈を繋げています。
薬効があるという野草やハーブを様々な方法で配合して、医療の発達していなかった中世、気付け薬や軽い不調に処方されました。
そしてその時代は人に厳しく、命を賭けて旅をしていた人々もいました。
彼等が路端で崩折れ見向きもされない様な世の中。
ですが中には運良くシャルトリューズの薬酒を知る者に担がれ、修道士は度数の高いその薬酒を気付け薬には強すぎる…そう思ったとき。
貴重な砂糖に少しだけ垂らして旅人の活力とした…と言う話を読んだことがあります。
今のリキュールは甘い物が多いですが、試行錯誤されていた当時は苦いだけのお酒だったのかもしれません。
それで運良く一命をとりとめた旅人は、その口に少しずつ運ばれた薬酒の味をきっと忘れないでしょう。
今では酒類専門店で「シャルトリューズ」を見かけます。瓶には修道院の刻印が。この世の中になってもリキュールシャルトリューズはシャルトリューズ修道院でしか作られていないそうです。頭が下がります。
ご興味のある方は調べてみると面白いかもしれません。
話が長くなりましたが、今記そうとしている私の経験した事は、人によっては全くの無価値な物でしょう。ですがその差し出された物が私の命を今日迄長らえさせている事には変わらないのです。
私はお金も時間もありませんでした。
学歴がなく、だけれどもやりたいことがあった。
私の父はたまに言います。「お金があれば…大抵の苦労から離れられる」
私は地方から都会に出てきて、勉学するお金を工面するのに新聞奨学生制度を利用しました。
簡単に言えば、私は労働力を提供する。会社は決められた金額を学費として貸し付ける。借金です。ですが労働の対価として少ない月給は支払われ、仕事の合間の隙間時間に学校に通う…という感じです。これをもし進学を考えている若い方が見ていらっしゃったら、言っておきます。
学業優先で仕事は対価ではなく、仕事の合間の数時間…隙間時間が仕事の対価。その数時間に齧りついて勉学をすることになります。
そして学業を達成して卒業すると貸付金の返済義務は失効します。返済義務が発生する条件は途中で仕事や勉学を諦めて退職したならば、返済義務が発生しますのでご注意を。
私は新聞社のアパートを卒業するにあたり、雀の涙の給与から貯めたお金で、安いアパートを契約しました。実家にお金はなく、私は全て自分で稼がねばならなかった。
就職氷河期世代にあたる私は働き口等選んでられません。契約社員、パート、バイト、目標に向って少ない給与からまた資金を貯めていました。
ですが睡眠3時間で毎日掛け持ちで働いていたら人それぞれの限界が来ます。
東京砂漠とはよく言ったものです。
同級生がお金の無心に来ることもありました。隣室の住人が顔も合わせない私に古本を高値で買ってほしいと言うときも有りました。
「金があれば大抵の苦労から離れられる」
自己憐憫が過ぎると思われるかと思いますが、肉体労働や接客調理等行っていたのですが…身体に激痛が走ります。頭から爪先迄。
内科で三食食後痛み止めを飲むよう言われ、寝るときはハサミで処方された湿布を切りそろえ、熱を持ち痛む体に貼って3時間。寝れる訳が無い。
整形外科にかかると、院長先生が
「若いのに…四十肩と、恐らく線維筋痛症だね」
「あと○○内科さんは同じ医師会だけど無茶な投薬…するからね。言い辛いけども。」
そう言われ、内科の痛み止めは禁止となりました。そして院長先生は近日耳鼻科に行くように…と忠告を私にしました。
耳鼻科
「貴方、聴力検査したけど、普通の人の半分しか聴こえてないです」
確かに職場で、聞き返したり、無視したのか!と突っかかられたりもされていました。
「半年も強力な痛み止めを飲んだ薬害です。痛み止めの多用は痛みの増幅と内耳の劣化を起こして聴力低下を起こすんです…」
数ヶ月治療しましょうと言われて耳鼻科を出たときに、職場で潰された右足から力が抜けて転けた。
私の心身は私の限界などとっくに超えて溢れ、生存本能を殺していました。
深夜の職場でギックリ腰をおこしました。
上司に報告すると、特別に座っていいから仕事に戻れ…でした。
休養もなく、上司はお前今日の深夜もシフト入ってるんだから休んだら査定下がるぞ。
有休も使えない様にされていたので、仕事明け眠らずに午前中に整形外科に連絡して診てもらう事になった。
「労災だろう」
整形外科の先生には右足を潰された時にも勤め先が早退させてくれず、真っ黒になった足を見て、会社と交渉してくれて労災で一ヶ月の休みをもぎ取ってくれた。
それを会社に目の敵にされ、給与を下げられた事…言えずにいた。
院長先生は私をうつ伏せに寝かすと、背骨を圧迫する汚血を注射器で抜いて、ブロック麻酔をしてくれた。こんなことしたくない…院長先生は呟いた。
「職場での傷病なのだから今日もし行かなければならないなら上司に言いなさい」
もう様々、体は不調だらけで、初めに目標として貯金していたお金を治療に使わねばならなくなった。
そして私は昨日から何も食べていない事に気がついた。
整形外科の近くに商店街があったので腰を庇いながらチェーンの格安スーパーに入った。
病院代、薬局での薬代。財布には数百円。
特売で五十円だったパサパサなおにぎりを四つ買い、迷惑だと今なら思うがスーパー前のポールに腰掛けてビニール包装のおにぎりを海苔で包み、齧りつく。
海苔は好物なので米から匂う薬品臭さを誤魔化して一個、二個と機械的に口に入れていく。
そこで普段では起こらない事が起こった。
「あんちゃん。そんな急いで食べたら喉詰まっちまうよ」
そこにはポットと大ぶりの湯呑みを持った六十代位のおじさんが立っていた。
「早く食べないと寝る時間がないので…」
「でもお茶位は飲めるだろう」
そう言っておじさんはポットから湯呑みに温かい緑茶を注いで私に差し出す。
「ゆっくり飲みな。俺はあそこの八百屋やってるから飲み終わったら湯呑み返してくれな」
私の返事を待たずにおじさんは背を向けて歩いて言ってしまった。
手にはおにぎり二つと温かい緑茶。
正直体中痛くて食べるのに難儀したが、お金がなくて飲み物も買えなかったので素直に有り難かった。
お茶の味は…おにぎりとどっこいどっこい。
新しい茶葉で淹れたわけでなく、味はどこか抜けていた。
おにぎりは食べ終えた。最後にその薄めの緑茶をゆっくり飲んだ。
喉が潤っただけではない。
自分が見ないで封印していた色々が緑茶の水鏡にうつっている。
薬でもやってるのか…みたいなすごい目の下のくま。
私なら避けて通る。
心が解れてくる。
時間は無いのに、そのお茶をゆっくり飲み干して。
言われた八百屋に行く。
「あんちゃん。そこ置いといてくれ」
別に特別でない様に。誰にでもしてるように自然におじさんは言った。
「ご馳走さまでした」
「気にするない」
私は体を引きずり棲家に向う。
あのぼけた味の緑茶は今迄のどの薬より「からだ」に染みている気がした。
何年も経った。これは過去の私の復活薬。
今この歳になると外野から、とっとと逃げるべきだ。訴える事も出来たろう。労働監督署知ってる?
等と目上の人に自業自得だと責められてしまいます。
でも私は確かにそのお茶で救われたのです。「死んでいた心」を。
別段羨ましがられる高級品ではありません。ですがそのお茶には確かに私を…心を生き返らせる妙薬が入っていたのです。
長くなりましたが、この世は何が死を招くか、逆に命綱になるか分かりません。
未だに「美味しい」と心から思う物に出会えてはいないので、私はまた自分の記憶を辿ってみようと思います。
皆様が活力を得られるエリクサーの様な食事に巡り会えます様に。
私のエリクシル 太刀山いめ @tachiyamaime
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