謎解きに五分もいらない

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】

第1話 ハリカルナッソスのディオニュソス

 時間とは、時の流れの二点間の長さを言う場合、時刻そのものを言う場合、空間と共に認識される哲学的概念としての時間の三つに大きく考えられる。ある時間の長さを五分間、とした場合それは一番目に挙げた『時の流れの二点間の長さ』が該当する。ボタンを押してから再度ボタンを押すまでの時間。砂時計をひっくり返してから、すべての砂が落ちるまでの時間。二点間を具体的に言えば、このようになる。



 さて、今ここに一つの謎があったとしよう。謎についての話を聞いてから、その謎が解決されるまでにどれぐらいの時間がかかるか。この二点間の場合、答えは五分以内という回答に収まります。ええ、わたくし、自称探偵の躑躅森斗希靉つつじもりときあいがご覧にいれて差し上げますよ。謎解きは五分以内で。何かと忙しない現代ですからね。謎を解くのにあまり時間を掛けていられないのはよくわかります。謎はなんでもかまいませんよ。私の名前のように複雑怪奇な難問でも構いません。喜んでお受けいたしましょう。さて、本日のご依頼人はどなたでしょうか。ご来店お待ちしております。




 ※ ※ ※




 北の試された大地の繁華街を見下ろすタワーマンションより歩いて五分。都心に自然と現れたその自然地帯は地元じゃ有名な池のある公園。その公園の入り口付近に地下へと続く階段があり、そこを下ること十数段。喫茶&BAR【ハリカルナッソスのディオニュシオス】は午前中喫茶店を営業、午後を準備中とし、夜間カクテルバーとして営業を行っている。午後と夜間に関しては又の機会にはなすとして、今回メインは午前中の喫茶店の時間帯。ここのマスターが知る人ぞ知る謎解き探偵として有名なのだ。かくいう僕も暗号という謎を抱えて困り果てた末に噂程度に聞いたこの話を半信半疑で辿って来ただけで、本当にお店を見つけたときには小躍りしそうになった程には信じていなかった。重たい木の扉を押し開けて、店の中に入る。



「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」



 初老の、背筋がやたらとピンと伸びた男性がグラスを磨いていた。店員も客も他には見当たらず、どこに座ろうか逡巡したが、やがて意を決してカウンターのマスターの目の前の席に座った。



「いらっしゃいませ。マスターの躑躅森斗希靉と申します。以後お見知り置きを」


「あ、はあ。ご丁寧に、どうも」



 名刺を渡された。あまりにも予想していなかったその不意を付かれた動作に挙動不審になってしまったが、しかしなんとか平静を保とうと取り繕った。まずはメニューだ。そして注文だ。どうするかな、ええと、コーヒーかな。



「ブレンドコーヒー一つ、おねがいします」


「かしこまりました」




 するとマスターがお湯を沸かしつつ、コーヒーの粉を用意し始めた。お湯が沸くと珈琲の粉をペーパーに入れ、お湯を入れ始めた。少し蒸らす時間。うん。フワリと珈琲の香りがする。何回かに分けて抽出された珈琲は、やがて僕の前に運ばれてきた。



「ブレンドです。砂糖とミルクはお好みでどうぞ」


「ありがとうございます……」



 砂糖を一欠片入れてスプーンで混ぜる。一口飲む。うん、芳醇な香り? とフルーティーな感じ? と、後味が少し酸味? が残って爽やか? だと思います、はい、よくわかりません。美味しいです、はい。



「それで、本日はどのような謎解きをご依頼に?」


「えっ…………ええと、」



 謎解き。確かに僕は謎解きをお願いしに来たわけだけど、だけどまだそのことは話していない。やはり、そのような依頼人が多く来店するのだろうか。だから僕もそうだろうと見当をつけられたのか。たぶん、おそらくそうだろう。そうなのだろう。ここはやはり探偵のいる喫茶店で間違いない。



「はい。実は暗号を受け取っていまして、その答えがわからないのです」


「暗号、ですか」



 僕は暗号の書かれた紙を取り出すとマスターに渡した。マスターは一通り読み終えると、ニヤリと、少し嬉しそうに笑った。そう。嬉しそうに。



「なるほど、面白い暗号です。しかし、私にかかれば五分もかからないでしょう。お安い御用ですよ」


「ほ、本当ですか!」



 僕はそんなにも簡単に解ける暗号だとは思っていなかった。なぜならば、その暗号は単純なことしか書かれていないが、それが故に意味がわからない文字の羅列だったからだ。僕も知り合いやら大学の先生やらに聞いてみたりしたんだけど、さっぱりだった。自分でもインターネットを使って調べて捜してみたけど、だめ。そもそもこれが暗号なのかすら怪しい。ある友人がここをオススメしてくれなければ、これが暗号かもしれないという疑問すら持たなかったに違いない、相違ない。



「あけにせとな」


「はい『あけにせとな』です。そうです、その手紙には書かれている文字は六文字だけなんです。これでは全く意味が成しません。僕にはもう、さっぱりで……」


「この紙をよくご覧になりましたか?」


「ええ、それはもちろん」


「この紙質も?」


「紙質?」


「はい。この紙質です。この紙はおそらくパルプ。植物の繊維によってできているでしょう」


「パルプ?」


「はい。草木や藁、竹などから植物の繊維を用いて作られた紙のことです。トイレットペーパーの多くはパルプが原料であることが多いですね。再生紙が混ざっていることもありますが、基本原料はパルプ。石油が原料だと思われている方もいるようですが、それは真っ赤なウソ。原料は植物なんですよ」


「へぇ」


「少し話が脱線しました。この紙をよくご覧になってください。植物の繊維がよくわかるほどしっかりとしたパルプ紙です。この繊維の特徴から使用された植物はおそらくケナフでしょう。ケナフは二酸化炭素を多く吸収する非木材紙としての役割を期待されています。この紙は見るからにケナフ100%に近い使用率だと言えるでしょう。そして、それこそが暗号を解く鍵なのです」


「ケナフが、鍵」


「はい。Kenafと英語では書きますが、これをkとenafで考えます。つまりkとenaf、日本語で糸という意味になります」


「なるほど」


「K糸、毛糸? と一瞬連想しますがそれでは、答えにたどり着きませんでした。よって鍵は毛糸ではない。Kと糸である必要がある。ここまで推論したときに私は答えがわかったのです」


「えっ、本当に?」


「はい。あけにせとなのけをKと置き換える。Kはつまり糸なのですからあいとにせとなとなります」



 ai とniseとna



愛と偽と名



「答えは愛という名前が偽名ということですよ、佐藤愛さん」


「僕?」


「ええ、そうです。僕と自分のことを呼称していますがあなたは女性だ。ボーイッシュな女性。名前は佐藤愛。なぜ名前がわかるのかって? 被っていらっしゃる帽子に佐藤の直筆文字が見えましたので。愛さんという名前は暗号からの推測です。あなたが普段お使いになられているその名前が偽名ではないかとその差出人は見抜いた。この暗号はそういうことになりますね」


「……なるほど。そうか。僕のことはすべてお見通しってわけか。さすが探偵さんだ」


「お話伺っても?」


「はい。この手紙をもらったのは僕の友人からです。特に何も言われずに貰ったので、本当に意味がわからなかったんです。でも、その答えを聞いてようやくわかりました。彼も探偵だったんだな、と」


「そのご友人が」


「おそらくそうだと思います。佐藤愛というのは確かに偽名です。本名は別にあります」


「そこから先のプライベートに首を突っ込んだりはしませんので、ご心配なく」


「ありがとうございます。探偵さん」



 彼女はそう言うとコーヒーを飲み干し、お会計をしてから神妙な面持ちで帰っていった。謎解きとは大抵がこのような場合が多い。その人の人生やバックボーンに迫るようなことが。しかし、その真相の全てまで解明したいわけではない。それは当事者間で行われるべきことで外野の私の出る幕ではない。謎とご来店いただき、解いてお帰りいただく。謎解きのマスターは一日に何問も解くのだから。



「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」



 今度はどんな謎なのか。楽しみですな。






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謎解きに五分もいらない 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima

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