第68話 波乱が去って刻まれた爪痕
暴れる和春を組み伏せてから、3分くらいは経っただろうか。馴染みの薄いメロディが流れ、愛華さんが自身のスマホを覗いた直後、気まずそうな視線がこちらに向く。着信がお母さん達の眠る霊園からとのことで、受けるべきか悩んでいた彼女だが、旦那が一瞬
「でも、あとで折り返しても……」
「警察が来たら、先に俺が対応しとくんで大丈夫です。重要な用件じゃなかったら後にしてもらってください」
渋々といった様子で通話を始めた彼女は、さっきから青白い顔をしてたのに、輪をかけて血の気が引いていく。遂には両目から涙が溢れ出し、ただ事じゃないのは明白だった。
隙を見て逃げようとする男なんて腕を
和春はうつ伏せのまま手錠を掛けて逮捕され、俺は怪我に構わず愛華さんの肩を抱いた。警官も彼女が落ち着くまでトランシーバーで状況報告をしてたものの、次の瞬間、激高した涙声に表情を一変させる。
「なんで………なんでこんな酷いことするのさ!? 蒼葉くんにしたことも最低なのに、お母さんにまで!!」
「……はぁ? てめぇらへのイライラが収まんねぇから、思い知らせただけだバーカ。素直に戻ってくりゃ直してやったのになぁ?」
「ふざけないでよ!! 直すとかそういう問題じゃ——」
「愛華さんストップ。まずはお巡りさんに事情を説明しましょう」
珍しく本気で怒ったかと思えば、止まらない涙を両腕で必死に拭い、胸が潰されそうな嗚咽を漏らしている。とりあえず俺がさっきの出来事を細かく話し、内容を書き記した警察が、愛華さんにも丁寧な口調で詳細を求めた。
この場で起きた事件に彼女の視点が加えられた後、電話越しに聞いた話が打ち明けられ、俺まで脳みそが沸騰しそうになる。それは霊園の管理人が今朝の見回りを行ったところ、明月家の墓石が壊されていたという衝撃の事実だった。
「傷害罪の他に器物損壊罪……と。お墓を破損させたとなると、道具を予め準備してた可能性が高いですね」
「……石をぶつけたような傷と、ハンマーか何かで叩いて角を砕いたらしいと言ってました」
「分かりました。乗ってきた車は我々が調べますので、明月さんは石切さんのお宅で待機していてください。石切さんは救急車が到着次第、怪我の処置を」
警官と愛華さんが会話してる頃、公園の周囲には人が集まっていた。それを掻き分けて来たのは父ちゃんと陽葵であり、ほぼ同時に二種類のサイレンが間近に迫る。
連行されていく和春とすれ違うように救急隊員が目に映り、来るまでの間に家族に愛華さんのケアを頼んだ。彼女は病院まで付き添うつもりでいたが、まだ事情聴取も済んでないので断るしかない。代わりに妹と共に病院まで運ばれ、部分麻酔と数針縫う程度で事なきを得る。
手術後、それまで無言だった陽葵が目に涙を浮かべた顔は、脳裏に焼き付いて消えそうにない。
「無茶しないでって言ったのに、ホントに信じらんない……」
「ごめんな。こっちから手を出すわけにもいかないし、他の方法も思いつかなかったんだ」
「だからって、凶器持った相手に素手で挑むとか正気じゃない! 万が一兄貴が殺されてたら、私、明月さんまで許せなくなってたよ……」
「……本当にごめん」
迎えに来た父の車に乗って帰宅中、小姑みたいに説教を続けるJKに繰り返し謝罪して、運転手が終始失笑してたのは結構しんどかった。
肩身の狭い思いで家に着くと、包帯でぐるぐる巻きの左腕に家族は騒然とし、陽葵が「自業自得の軽傷だから」と吐き捨てて即刻一蹴。唯一の救いは愛華さんに抱き締められ、安堵しながらしきりに謝られつつも、「守ってくれてありがとう」と感謝されたことである。被害が色々あって大変だった反面、彼女が無事だったことは何よりも嬉しい。
すでに正午を軽く過ぎてた為、母ちゃんが用意した昼食を全員で囲むも、イマイチ喉を通らなかった。人間の醜悪な一面が背筋を這いずる不快感となって消えないことと、あまりに
そんな中、箸を止めて立ち上がった陽葵に廊下まで引っ張り出され、階段に座るよう命じられる。わけがわからないまま一応従うと、突然顔面を両手で固定されて、真顔でじっと覗き込まれた。数秒後には瞳が潤んでおり、困惑して何も言えずにいた俺の頭は、妹の腕の中にギュッと包まれていた。愛華さんに比べればささやかなものだが、胸の感触が顔に密着していて少々気まずい。
「ねぇ……全っ然分かってないでしょ。今はもっと自分のことを心配してよ! 兄貴に何かあったら、悲しむのは明月さんだけだとでも思ってんの!?」
「いや、ブラコンの妹も悲しむな」
「うっさい、そんなんじゃないし!! 恋人の為に意気込むのは勝手だけど、ダサくても元気でいてくれた方が嬉しいって言ってんの! 私の言葉じゃ伝わんない!?」
髪にポタポタ水滴が落ちてくるのを感じるし、陽葵がこんな必死に泣くのはいつ以来だろうか。兄妹として逆の立場だったらと考えたら、きっと俺も心が引き裂かれそうになって、全力で止めようとするはず。堅実で安定志向な妹を賢い奴だと思っていたが、こんな兄を見て成長したら、そうならざるを得なかったのかもしれない。
頭部を締める圧力が強まる中、ぼんやりとそんなことを考えつつ、湧き上がる罪悪感が声の中に漏れていた。
「ごめん。俺は臆病だから、大切な人が傷付きそうなときに黙って見過ごせないんだ」
「……バカじゃん。それのどこが臆病なのさ?」
「怖いんだよ、目の前で苦痛や恐怖に歪む姿を見るのが」
「そう……結果的に家族や恋人が泣いてもいいんだ」
「………ごめん」
「いいよ、私はもう慣れたから。でも明月さんは違う。あの人、本当は強いんだろうけど、いつも兄貴の心配ばかりしてる。兄貴が彼女の弱みになってるの、そろそろ気付きなよ」
不満だらけの声音で告げた陽葵は、ゆっくり力を抜いて腕を離す。
薄々感じてたとはいえ、改めて実感させられると胸が痛い。
バイト先の激カワJKに二股されたら美人すぎる人妻に迫られてるんだけど、これって俺のせい!? 創つむじ @hazimetumuzi1027
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